これはよくある断罪劇の一幕
これはよくある断罪劇の一幕──の、はずだった。
煌めくシャンデリアの光が降り注ぐ大広間。
その中心には、王太子と貴族の子弟たち。
正義と信仰を掲げる若者たちが並び立ち、場はまるで神聖な裁きを思わせた。
前に立たされたのは、公爵令嬢ローザリア・フォン・クロイツ。
金の髪が波打ち、紅玉の瞳が静かに光を返す。
怯えも動揺もなく、そこにあるのはただ、威厳と美。
「ローザリア・フォン・クロイツ!
お前の数々の非道、もはや見過ごすことはできない!」
王太子の声が大広間に響き渡った。
張りつめた空気のなか、ざわめきが広がる。
「聖女リリエルを妬み、数々の嫌がらせを仕組んでいた。
──違うとは言わせない!」
王太子の断言に、視線が一斉に移る。
そこに立つのは、淡い金髪に光を宿し、エメラルドの瞳を凛と輝かせた少女。
可憐な花のように立つ彼女の肩が、かすかに震えた。
「可憐なリリエル……可哀想に、こんなに震えて」
王太子が彼女の肩を抱き寄せる。
それを側近たちが取り囲み、向かい合うように立つローザリア。
光と影が対峙するような、その光景はあまりに完璧な構図だった。
善と悪。
聖と罪。
光と影。
舞台の上ではそれぞれが役割を果たし、
観衆は息を詰めて“結末”を待つ。
それは、望まれた、予定調和。
だが──その夜、観衆の誰もが想像しなかったセリフが響くことになる。
「──お待ちくださいませ!」
澄み切った声が、大広間を切り裂いた。
一拍、時が止まる。
誰もが、今の言葉を聞き間違えたのではないかと顔を見合わせる。
「そのような事実は──一切ございません!」
観衆の間に、静かな波紋が広がっていく。
「なぜなら――」
誰もが息を呑み、次の言葉を待っていた。
張り詰めた空気を切り裂くように、リリエルは息を吸い込む。
「わたくしたち……お付き合いしているからですわ!」
――爆音のようなざわめきが広間を揺らした。
「お付き合い……!?」「そんな……!」「まさか聖女様が……!」
断罪のはずの場は、一瞬で混乱と歓声に包まれる。
「ば、馬鹿な……!」
青ざめた王子が叫ぶ。
「だが、その証拠が──」
リリエルは瞳を細め、冷静に告げた。
「わたくしは、何度もお伝えしたはずですわ。
ローザ様に何かされた覚えはない、と。
その証拠とやら──もう一度検証なさってくださいませ。
意図的に作られたものでいのならば」
観衆が息を呑み、囁きが奔る。
「証拠……?」「確かに……」「怪しいのは……」
──ざわ、ざわ、ざわ。
「こ、恋人……!?」「嘘だろ……聖女様とローザリア様が?」
「やっぱり!あの二人、いつも一緒にいたもの!」
「でも、王太子殿下は……」
憧れの眼差しと困惑の声が交錯し、場は混乱の渦に巻き込まれる。
「……な、なにを言っているのだ、リリエル!」
王太子が血相を変えて立ち上がる。
「そのようなこと、許されるはずが──」
「ふざけるな!ローザリアが仕組んだに違いない!」
騎士が声を荒げ、隣の魔術師は冷ややかに睨みつける。
「自らの罪を覆い隠すために、聖女を巻き込むとは……卑劣ですね」
当のローザリアは──赤い瞳を大きく見開き、言葉を失っていた。
「り、リリィ……!? ちょ、ちょっと……っ」
しどろもどろになり、頬を真っ赤に染めて俯く。
観衆が息を呑む。
誰かが小さく「照れておられる……」と呟いた。
その瞬間、広間の空気が一気に柔らかくなる。
「ご覧なさい、ローザリア様が……照れておられる!」
「いつも余裕を崩さないお方が……!なんて初々しい……」
「……でも、並ぶとあまりに絵になるわ」
──さきほどまで断罪を煽っていた空気が、音を立てて崩れていく。
リリエルは静かに微笑んだ。
「……こんな茶番、うんざりですわ。ローザ様、行きますわよ」
「優しい聖女」らしくない物言いに呆然とした様子の王子は、動揺のままそれを口にする。
「ど、ど、どうしたのだ……リリエル……!」
振り返った聖女は、柔らかくも鋭さを秘めた笑みを浮かべた。
「わたくしはどうもしませんわ。……昔から、こういった性格でしてよ」
ローザリアの腕を取り、二人は堂々と大広間を去っていく。
残されたのは、主役のいない断罪劇と、止まらぬざわめきだけだった。
ーーすべての劇には演者がいて、それぞれの思惑を抱えている。
これはそんな、舞台裏の、物語。
次話は断罪劇の舞台裏。聖女リリエルの視点から、もう一つの真実が語られます。
よければ、続きも覗いてみてください。




