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高校生の時のリメイク

作者:

 ここで速報です。俳優のaさんが大型トラックとの衝突により救急搬送され、その後都内の病院で死亡が確認されました。


 雑音とすら感じていたテレビの音声は恐ろしく鮮明に入ってきた。振り向いてからは固定されたようにテレビから目が離せなかった。トラックの運転手の不注意によるもので、aはまだ22歳だった。そこまで聞いて、反射的にそばにあったリモコンで電源を切る。今日は部活がお休み。早く帰ってお気に入りの漫画を読もうと意気込んで帰ってきた。だから、テレビでそれが流れていることは非現実的で夢の中にいるような気さえした。去年社会現象になるほどに流行っていたドラマで主演を務めていたa。画面では愛嬌たっぷりのaが未来の悲劇のことなどつゆ知らず、ふにゃっとした笑みを浮かべていた。彼が笑ったとき、細くなる目とハート型になる口元が私は本当に好きだった。思わず私も笑顔になってしまうような微笑み。そして死亡という2文字。   



「タイムセールだから急いで準備して!」帰ってきた母が開口一番に捲し立ててきたので、気乗りしなかったが付いてことにした。こういう時の母は絶対なので、問答無用で人数要員として連れて行かれるのだ。定期的に卵のタイムセールをやっているいつものスーパーはトンネルを抜けた先にある。

 昨晩の大雨でぬかるんだ土が靴にまとわりついてきて鬱陶しかった。その上、まだ5月末だというのに車内には熱気が溜まっていて、早速付いてきたことを後悔した。

「助手席おいでよ、寂しいじゃない。」

「後ろのほうが広いから。」 

「ふーん。」

バックミラー越しに不服そうな母の顔が見えた。しかし次の瞬間、

「あ、タイムセールあと8分で始まっちゃう。飛ばすからね。」

エンジン音が鳴った。今日のトンネルはいつにも増して灰色で無機質だ。

 トンネルを抜けた先には薄暗い世界があった。それは憂鬱な私をさらに沈めていった。前の車に続き、ベルトコンベアに乗せられたように上り坂を行く。

 不意に右上にあかりを感じて、引き寄せられるように顔をあげた。期待などなく、ただ黄昏たかった。

 そこには水彩画のように淡い、桃色の夕焼けが広がっていた。この世界にはあまりにも不釣り合いなあたたかい色たちが灰色の世界を灯している。桃色といっても所々濃さが違い、紫や水色、黄色が混ざった色。天国を連想させるほどに幻想的で思わず溜息をついてしまった。それはまるで、小学校の図工の片付けのあの光景だった。絵の具によって染められた水たちを流し台に流す。大好きだった瞬間のひとつだ。ふたつの違う点を挙げるならば、染められた水たちは、ひとつひとつが綺麗な色でも混ざり合うと灰色になってしまう。しかし、この空は混ざることを知らない。混ざらなければずっとずっと私の好きな色。同じなのは、消えてしまうことだ。染められた水は排水溝に消え、夕焼けも気づいたら暗闇になっている。いつかは必ずこの世から消え、二度と同じものは生まれない。その儚さが一瞬の美しさを倍増させている。そのせいなのだろうか。私は、この景色を目に焼き付けようと瞬きを忘れた。私はこの小さな車の四分の一にも満たないが、それは、この車の窓では収まりきらないほどに広大だった。私は不覚にも私より遥かに大きく、美しい夕焼けと比べられた。私の心を虚しさが襲い、体をなにか熱いものが昇っていった。そのなにかでこの景色が霞んでしまうのはとても惜しく、膝に乗った拳に力を込めた。坂を下りてしまうと、灰色のビルたちに隠れ、空は見えなくなった。また暗闇に戻されたのだ。またもや私は暗闇に呑まれるだろう。しかし、私は坂を上る前と何か違った。いつのまにか私の体と心はあたたかさで満たされていた。

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