呪われ公子様に、「呪われてるんだったら、仕方ありませんね!」と返し続けた結果
呪われものに挑戦しました。
シルフォード公爵家の長子、アデルは呪われている。その噂がまことしやかに囁かれ始めてから、既に十年近くたとうとしていた。呪いがいったいどういうものであるかは明らかでない。だが、さぞやおぞましいものであるのだろう、というのが人々の間の通説だった。
そんなアデルに嫁ぐことになったのが、伯爵令嬢ミーティア・レモリグレだった。
その日、ミーティアはアデルの住む屋敷を訪れた。アデルは公爵邸から隔離され、小さな別邸でずっと暮らしている。それにしても、ひどく質素な屋敷だ。使用人も、年老いた執事が一人だけ。
さて、ミーティアが屋敷に到着しても、アデルは彼女を出迎えないどころか、顔すら見せようとしない。
「申し訳ございません。アデル様は、人前にお出になることを嫌われておりまして……」
執事は頭を下げる。
しかし、
「大丈夫です。呪われてるんだったら、仕方ありませんね!」
と、ミーティアは笑顔でそう言った。
そして、執事にアデルの部屋の前まで案内してもらうと、
「初めまして、アデル様。今日からお世話になります、ミーティアと申します!」
と、扉を勢い良く開け放ったのだった。
そこは薄暗い部屋だった。カーテンは閉め切られ、空気はひどくよどんでいる。
「なぜ入ってきた!?」
この声の主がアデルなのだろう。しかし、その姿は目視できない。おそらく彼がいると思われるベッドは、厚い布でぐるりと囲われているからだ。
「アデル様がお部屋から出てこられないとのことだったので、こちらから行くしかないと思いました」
と、ミーティア。
「そうか、今ので分かった。君は物分かりが悪いんだな」
「物分かり、ですか?」
「僕が君を歓迎していないことなど、普通分かるだろう? 挨拶なんて求めてない。僕たちは一応の体裁を取り繕うために結婚させられただけ。僕は君を妻として扱うことはないし、愛するつもりもない。分かったら、さっさと出ていって、二度と入ってくるんじゃない!」
「はあ……」
その言葉に押されるようにして、ミーティアは退出した。
「すみません、ミーティア様。アデル様はその、性格の方がややひねくれているというか……。決して悪い方ではないのですが……」
初対面で、夫にここまで心無い言葉をぶつけられたのだ。さぞ傷ついていることだろう。執事は必死にミーティアをフォローしようとする。しかし——
「まあ、呪われてるんだったら、仕方ありませんね!」
執事は驚いた。ミーティアの表情が、あまりにもけろっとしていたからだ。決して強がって言っているようには見えない。この方は、アデル様の対応の悪さを、心底仕方ないと思って、気にかけていないのだ。
それからも、ミーティアはアデルの部屋の扉を叩き続けた。
「ご一緒にお食事はいかがですか?」
「僕と食事をとりたいなんて、本当は思ってないだろ。なんたって、僕がいるだけで空気が不味くなるもんな。だが、僕だって君と一緒などごめんだ」
「そうですか。だったら、仕方ないですね!」
「一緒に街に出かけませんか?」
「呪いのせいで、外には出られないと言っているだろ。それに、呪われた僕が出歩いたら、人々に何をされるか分かったものじゃない。きっと槍で刺されたり、火であぶられたりするんだ。君は僕がそうなることを望んでるのか」
「そうですか。だったら、仕方ありませんね!」
「アデル様、今日は……」
「何回言えば君は覚えるんだ! 僕に構わないでくれ!」
そして、どれほど邪険な対応をされても、「呪われてるんだったら、仕方ありませんね!」と、けろりとして戻っていくのだった。
そんなミーティアに、執事はますます驚きを隠せないでいた。やってきたご令嬢は、アデル様に耐えられず、数日で逃げ出してしまうだろう。執事はそう予想していた。しかし、一月が経っても、ミーティアは屋敷に残っていた。
「ミーティア様は明るい方ですね」
部屋に食事を運びながら、執事は厚布越しのアデルに言った。
「そうだな」
アデルは答える。
「心根の素晴らしい、とても素敵な方です」
「ああ、そうだな」
「そう思われるのなら、なぜ、こうもあの方を拒まれるのです? あの方なら、きっとアデル様の呪いも……」
「分からないのか?」
アデルは心底苦々しげに吐き捨てる。
「だから、嫌なんだ」
*
転機が訪れたのは、思いがけない時だった。
ミーティアは、庭の外れにある、小さな湖を訪れた際、手袋を落としてきたことに、布団に入ってから気が付いた。そして、それが気になって、次の日の朝早く、再び湖に向かったのだった。
しかし、ミーティアが湖にたどり着いた時、そこには水を浴びている人影があった。
「……アデル様?」
ミーティアは直感的にその名を呼んでいた。男は振り返り、そしてミーティアを見た。それが、ミーティアが夫であるアデルと顔を合わせた瞬間だった。
髪の毛は漆のように黒く、反対に、日に当たったことのない肌は、雪のように真っ白。しかし、それらの特徴など、まるで二の次になってしまう。
アデルの姿を見た者なら、視線は必ずその右腕に引きつけられるはずだ。その腕は、爬虫類のような銀色の鱗で覆われていたからだ。とても人間のものとは思えない腕は、まさに異形と呼ぶにふさわしかった。
「見たな……」
アデルは腕を隠しながら、顔を歪めた。それは怒っているというよりも、むしろ怯えているようだった。
しかし、
「はい。見ました。で?」
と、ミーティアはきょとんとした表情を浮かべた。
「で? じゃない! 怖がるとか何とかあるだろう? 呪いだぞ? 呪われた右腕だぞ?」
「呪われた右腕……」
そう呟いた後、
「え……ちょっと待ってください。アデル様が呪われてるのって、そこだったんですか?」
と、ミーティアはようやく驚いた表情を浮かべる。
「そうだ……って、君は僕がどんな呪いを受けていると思ったんだ?」
「そりゃあ、引きこもりの呪い、口が悪くなる呪い、卑屈の呪い、被害妄想の呪いなどなど、様々な呪いをかけられ、苦しまれているんだと思ってました」
アデルはようやく、「仕方ありませんね!」の真意に気付いた。ミーティアがなぜアデルの邪険な対応を気にしなかったか。それは、アデルにそういう——つまり、性格が悪くなる呪いがかかっていると、ミーティアが思い込んでいたからだったのだ。
「誤解しているようだから、言っておく。この呪いは、僕の性格には何も影響していない」
「性格に影響しない……」
ミーティアは、はっと息を吞んだ後、
「じゃあ、アデル様は呪い関係なく、ただ単に性格がひねくれてる……ってこと!?」
と、身体を震わせる。
「もうやめろ! 僕のライフはもうゼロだ!」
ミーティアのナチュラルな煽りに、アデルは絶叫する。
「なんだ。呪いって、ただ腕の皮膚が鱗になってるっていう、それだけだったんですね」
一方のミーティアは、にこっと笑う。
「私、ずっと勘違いしてました。アデル様は、何も仕方ないなんて諦める必要ないですよ。その心が呪われていないのなら、アデル様は普通に部屋から出られるし、人とも普通に話せるし、普通に生きられるはず……」
「それだけ、だと……?」
アデルの口から、氷のように冷たい声が漏れる。
「君に何が分かる!? この腕のせいで、僕が今までどんな目にあってきたか! 呪われたこともないくせに、分かったような口をきかないでくれ!」
そう怒鳴りつけた後、
「もういい。君とは分かり合えない。今すぐこの屋敷を出て、実家に帰ってくれ。夫婦ごっこはおしまいだ」
と、アデルはミーティアに背を向ける。
「……分かりました。私が悪いので、仕方ありませんね。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
そして、ミーティアの足音は小さくなっていった。
くそっ。アデルは右腕を地面に叩き付ける。
あの娘は知らないのだ。
八歳になるまで、アデルの日々は幸福そのものだった。公爵家の跡取り息子として、愛情深く、それはそれは大切に育てられた。しかし、あの時から全てが変わってしまった。
いきなり現れた鱗。理由も分からないそれは、呪いとしか言いようがなかった。解決方法がないと分かってから、周囲がアデルを見放すのに時間はかからなかった。
父は、アデルを一族の面汚し、恥、と蔑むようになった。母の愛情の対象は下の弟妹にしか向かなくなった。使用人たちにも、汚物のように避けられる日々。最終的に、家にいることすら許されず、アデルは都のはずれにある屋敷に追い払われた。
この腕のことを、「それだけ」とミーティアは言った。しかし、たったそれだけのことで、アデルの世界はまるで変わってしまったのだ。
今でも思い出す。人々のあの、汚れたものを見るような視線を。蔑む声を。それら全部が頭から離れない。
その結果、アデルは全てを諦めることにした。呪われているのだから、仕方ない。そう自分に言い聞かせてきた。社会に背を向け、幸福から目を逸らし、自分の呪われた運命だけを見つめ続けた。
『アデル様は、何も仕方ないなんて諦める必要ないですよ』
そういえば、あの娘は、そんな目で自分を見なかったな。余程心根がまっすぐなのだろう。本当に、底抜けに明るくて……。
そうか、自分はいつの間にか、彼女が扉を叩きにくるのが、楽しみになっていたんだな。アデルは口元に自嘲の笑みを浮かべる。その日常が戻ってこないと分かって、それに気付くなんて、皮肉なものだ。
だが、これで良かったのだ。彼女を家に帰して。あんなに無邪気に明るい娘を、自分の呪われた世界に引き込むわけにはいかない。
「アデル様、ミーティア様が……!」
アデルが自分の部屋に戻り、しばらくすると、狼狽した執事が、ミーティアが見当たらないと部屋に飛び込んできた。
「知っている。今朝方、実家に帰したんだ。ミーティア殿にはすまないことをしてしまった。だけど、これでいいんだ。彼女は僕と一緒にいてはいけない。彼女は普通の令嬢らしい、普通の幸福を得るべきなんだ」
「……普通の令嬢、ですか」
執事は重々しい口調でそう言う。
「呪われた公子の元に、普通のご令嬢が嫁いでいらっしゃると思いますか?」
「……どういうことだ?」
執事はミーティアのことを語った。今までのアデルは、妻のことなど知りたくないと言って、何も聞こうとしなかった。ミーティアの素性も、なぜ彼女がここに来ることになったのかも。
全てを知った時、アデルは自分がひどい思い違いをしていたことに気付いた。
「ミーティア殿を呼び戻してくれ!」
「しかし、ミーティア様はもう街に、もしかすると、もうレモリグレ領行きの馬車に乗られたやも……」
「ああ、もう、僕が行く!」
アデルは、重い厚布を引くと、ベッドから飛び出した。そのまま屋敷を出て、馬に飛び乗ると、街へと一目散に疾走する。
アデルは馬車の手配人にも、船乗りにも話しかけた。通りすがりの人々にも話しかけた。しかし、ミーティアを見た者は誰もいなかった。
彼女は街に来ていない。きっと、実家に帰るつもりがなかったのだ。では、彼女はどこに行こうというんだ? アデルは頭を抱える。
『アデル様、一緒に裏の森に行きましょうよ。この前、使われてない小屋を見つけたんです』
その時、ふとかつてのミーティアの台詞が頭に閃いた。藁にも縋る思いで、アデルは手綱をひく。
*
「ミーティア殿! ミーティア殿! どこにいるんだ! いるのなら、返事をしてくれ!」
運が悪いことに、森に入ってすぐ、黒雲が空に立ち込めてきた。そこからバケツをひっくり返したような雨、そして激しい雷が降り注ぐ。馬は雷鳴に驚き、逃げ出してしまった。まったく呪われたことだ。
こんなに歩き回ったのはもう何年ぶりだろう。森の中をさまよった挙句、アデルは力尽き、木にもたれかかる。
頼む。どうか、最後に……。アデルはそう願う。僕が悪かった。許してくれとは言わない。ただ、謝らせてくれ。
それからいくらたっただろう。
「アデル様が、外に出てる……」
その声に顔を上げると、目の前にミーティアが立っている。これは夢だろうか。
「名前を呼ばれた気がして来てみたら、まさか本当にいるなんて……。ここにいたら、風邪ひきますよ。私の新居に来てください」
ミーティアはアデルの手を引く。どうやら彼女は本物らしい。
そのまま、ミーティアはアデルをつぶれかけの山小屋に連れ込んだ。
「私、実は帰る場所がなくって。だけど、ちょっと前にちょうどいい小屋を見つけたんです。だから、ラッキーだな、と」
にこにこ笑うミーティアを前に、
「何がラッキーだ……!」
と、アデルは拳を震わせる。
「君のことを聞いた。僕なんかのところに嫁がされる。考えてみれば、普通の境遇なはずがない」
ミーティア・レモリグレ。彼女は双子の妹として生を受けた。この国では、双子の片方は、本来生まれるはずのない汚れた魂が、舞い込んだものとされていた。当然、妹だったミーティアは呪い子とされ、ずっと虐げられて育てられた。そして、最後には、呪われ公子の妻として、厄介払いも同然に体よく差し出されたのだ。
「君も……呪われているじゃないか」
しかし、
「いいえ、私は呪われてなんていませんよ」
ミーティアはそう首を振る。
「確かに、家族には呪い子と呼ばれてました。隔離もされたし、愛してもらった記憶もありません。はたから見れば、私はかわいそうな呪い子なのかもしれません。
だけど、私は自分が呪われてるとは、かわいそうだとは、思わないんです。おかげさまで、温室で育てられた令嬢だったらできないことが、たくさんできた。それに、ここに嫁ぐこともできた。
一番悲しいのは、自分は呪われていると、だから惨めな存在なんだと、そう思い込むことです。そうしたら、本当に心が呪われてしまうんです。心が自由なら、幸福になるチャンスは、どこにでもあるんですよ」
「……君は、こんな状況も幸福だと思うのか?」
「はい。だって、アデル様が私を探しに来てくれたんですもん。十年間、お屋敷に引きこもっていたアデル様が、私のために外に出てくれた。私はそれが、とっても嬉しいんです」
そう言って微笑むミーティアを前にして、アデルは今すぐ彼女を抱きしめたいような、そんな衝動に駆られた。
しかし、実際は、
「ごめん……。今まで、本当にごめん……」
と、アデルはただただ肩を震わせたのだった。
それからしばらくたって、アデルもある程度落ち着いてきた。
「しばらくは動けない。今夜はここで過ごすしかないな」
粗末な小屋には、薄い掛け布団が一枚あるだけだ。
「その……僕は向こうの隅で寝るから。君はこれを使って、ここで眠るといい」
アデルはミーティアに布団を渡す。
「一緒に入りましょう。アデル様、風邪ひいちゃいますよ」
「い、いや……それは……」
アデルは一気に挙動不審になって、目がぐるぐると泳ぎ始める。
「何を気にしてるんですか? 私たち、夫婦じゃないですか」
「き、君の隣でなど、僕が眠れないんだ! 君はなんだか寝相が悪そうだし……そう、僕は繊細だからな。君の隣など、こちらからごめん被る」
アデルはまたもひねくれた言葉を吐く。
「あれ、口が悪くなる呪いはやっぱり本物ですか?」
「君はまたそうやって……」
そう言いながら、アデルはぷっと吹き出した。それに、ミーティアも吹き出す。大雨に打たれる小屋の中で、二人は心底愉快そうに笑い続けた。
*
次の日の朝、雨が降りやんだ後、二人は屋敷に戻った。無事に戻った二人に、年老いた執事は涙を流した。
その日から、アデルの世界は着実に変わり始めた。自分は呪われてなどいない。仕方ないことなど何もないのだから。
そんな折、シルフォード家から、アデルの元へ手紙が届いた。それは、父親である公爵の誕生日パーティーへの招待状だった。
「本当は僕に来てほしくなどないくせに。毎度毎度、僕がどんな理由で断るのかを見て、楽しんでいるんだ」
アデルは、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「行きましょう」
そう言ったのはミーティアだ。
「堂々と顔を出して、アデル様は呪われてなんてないって、そう分からせてやりましょう」
力強く微笑むミーティアに、アデルもふっと笑う。
「そうだな。せいぜい嫌がらせをするとしよう」
*
さて、二人は会場に到着した。しかし、受付でアデル・シルフォードを名乗った時から、辺りには不穏な空気が流れ始める。
「あれが……」
「姿を現すのはいつぶりだ?」
人々はアデル、そしてミーティアを遠巻きに眺めている。そして、アデルがやってきたという知らせは、主催者の耳にも入ったらしい。
「誰だ、私のよき日に、こんなくずを呼んだのは?」
不機嫌な顔をした公爵が現れた。
「お久しぶりです、父上。お誕生日おめでとうございます」
頭を下げるアデルだが、
「父上だと? 貴様にそう呼ばれる筋合いはない。貴様はシルフォード家の汚点。二度とその顔を見るつもりはなかったのに、まったく、興が覚めたわ」
と、公爵はそれをにらみつける。
「招待状が届いたからって、まさか本気にしてやってくるとはね。図々しいにもほどがあるわ」
隣に控える夫人も、アデルに冷たい視線を向ける。
「嫌だわ、急に押しかけてくるなんて」
「ねえ、呪いがうつったらどうするつもりなんでしょう」
「呪い持ちは、せいぜい屋敷に引っ込んでいれば良いものを」
人々の視線が、言葉が突き刺さる。瞬間、ぶわっと汗が噴き出し、身体が震えるのをアデルは感じた。まただ。結局、自分は何も変わっていない。結局自分は呪われ公子のまま……。
「私の夫を侮辱しないでください」
そんな中、凛とした声が響き渡る。顔を上げると、隣のミーティアがまっすぐに公爵をにらみつけていた。
「アデル様は呪われてなんていません。ごみ屑でも、汚点でもありません。そして、あなたにそう言われる筋合いもありません」
「いいや、こいつは呪われている。人の身でありながら、そのような身体をして。神に見放されたのだ。前世は大量殺人者かそのたぐい。ああ、側にいるだけで気分が悪い。貴様は平気なのか、と言いたいところだが、そういえば、貴様も呪い子だったか。本来生まれるはずがないのに、まんまと人の腹の中に紛れおって。せいぜい汚物同士で傷をなめ合っているがいい」
公爵の嘲笑に、周囲もこびへつらうかのように笑い始める。
「行きますよ、アデル様」
ミーティアはため息をつくと、公爵に背を向ける。
「威勢が良いのは最初だけで、逃げるのか。とんだ腰抜けだな」
「違います。何を言っても無駄なようなので、見放しただけです。だってあなた、心が呪われているみたいなんですもん。呪われてるんだったら、仕方ありませんから!」
「この無礼者が!」
公爵は顔を真っ赤にして、腰から剣を引き抜く。本気だ。アデルは直感する。本気で殺すつもりだ。自分の権力をもってすれば、人ひとりの命など、どうにでもなると思っているのだ。
ミーティアの頭めがけて、剣が振り下ろされた、その時——
「やめろ!」
アデルが右腕でミーティアを庇う。その手が刃を握った瞬間、刃は砕け散った。破れた手袋の間からは、底光りする鱗が覗いていた。
「ば、化け物……!」
「なんておぞましいの……!」
公爵夫妻、そして来場者たちは、ばたばたと逃げ出した。誰もいなくなった会場に、アデルは立ち尽くす。
「やはり僕は呪われているみたいだ」
唯一残ったミーティアを見つめ、アデルは力なく笑った。
「こんな危険な腕を持って、いつ君を傷つけ……」
しかし、ミーティアは腕をひょいと持ち上げ、
「何これー! めっちゃかっこいいじゃないですかー!」
と、まじまじと見つめる。
「何をするんだ! 触ると危ない……」
「そんなことないですよ」
しかし、ミーティアは首を横に振る。
「アデル様は、私のことをこの腕で助けてくれた。だから、私にとっては、どんな腕よりも優しくて、かっこいい腕なんです」
その言葉に、アデルの視界が揺らいだ。
「ミーティア殿……君のことを助けられて良かったよ」
生まれて初めて、この腕があって良かったと、心からそう思えた。
「いや、助けてもらったのは僕の方だったな。まさか父上相手にあんなことを。君は本当に勇敢だ。まったく、胸のすく思いだったぞ」
「でも、私のせいで、家族仲がさらに悪化しちゃいました。公爵様は大激怒でしたし、これは後で絶対にお咎めがありますよ」
「別にいいさ、勘当されても。どうやら僕は腕っぷしが強いらしい。この腕があれば、騎士団に入ったとしても、団長クラスまでいくぞ。他にも、引く手数多に決まっている」
アデルは朗らかに笑った。
「アデル様、本当に呪いが解けたんですね」
アデルの晴れやかな表情を見て、ミーティアは優しく微笑んだ。
「それ以上さ」
アデルは言う。
「ミーティア殿。君は、僕の呪いを祝福に変えてくれたんだ。この腕だけじゃない。僕の人生全てを変えてくれた。君がいてくれれば、僕は何があっても大丈夫だと、そう思うんだ」
そう言って、アデルはその右腕で、ミーティアの身体を抱き寄せたのだった。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。まだまだ勉強中なので、アドバイスなどいただけると助かります!
追記を失礼します。2月3日に、あなたさえ美しいと言ってくれるのなら、という傷物ものを投稿しました。まだあまり読んでいただけていないので、よろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。