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バカの異世界転移 後編

「おかしい」


 あれから、あっという間に5年の歳月が流れた。安太郎は相変わらず登校を続けているが、結論から言うと、状況は5年間でほぼ何も変わっていない。変わったことといえば、安太郎が歳をとったこと。もう一つは母校の男子用の制服が途中で学ランからブレザーに変わったことだ。



 制服が変わったせいで、登校中の安太郎はえらく目立つ存在になってしまった。ブレザーの学生の中に、一人だけ学ランを着た生徒でもなんでもない謎の男が、毎朝校門にいるのだから当たり前だ。


 今では「学ランのバカ」「地縛霊」「留年マン」「校則違反男」「過去からの逃亡者」など高校生の間で安太郎はさまざまな蔑称で呼ばれている。



 両親は何も言わなくなった。しかし、夜な夜な彼らが「更生施設」「夜逃げ」「勘当」「生命保険」と不穏な言葉が飛び交う会話をしているのを安太郎は知っている。


「一体どう言うことだ?そろそろ体が光に包まれてもいい頃なのに……」


 着続けた愛用の学ランは、光り輝くどころか色がくすんでしまっている。高校の制服なんて、本来三年間しか着ないものなのに、三年プラス五年の計八年間も着ているのだからボロボロになって当然だ。



 進歩しない現状に苛立ち、流石の安太郎も徐々に気力を失っていった。そして、ある日の夜。床に着いていた安太郎はいきなり飛び起きて叫んだ。


「もしかして!5年間の行動は全くの無意味だったのでは!?」


 とうとう真理に気づいた安太郎。正気に戻ったとも言える。もっとも、気がつくのが五年遅いが。


「そんなバカな!オレはなんて無駄な五年間を過ごしたんだ……」


 安太郎は己を呪い、恨み、そして号泣した。


「バカか! 異世界転移なんてできるわけないだろ! オレのバカ! バカ! バカァ!」


 自業自得であり、今更どうしようもないことだとしても、安太郎は嘆かずにはいられなかった。二十代の貴重な五年間を無駄に過ごしてしまったという事実はあまりにも重い。ひたすら泣き、叫び続けた。



「……喉が痛い。水でも飲もう」


 嘆き疲れた安太郎は、水を飲むため、とりあえず台所へと向かった。


「あれ、台所から声がする。なんだろう?」


 深夜なのにも関わらず、台所がやけに賑やかだ。安太郎は警戒しながら近づいたが、原因はすぐに分かった。テレビがつけっぱなしだったからだ。


「なんだテレビか……アニメ?」


 テレビに映っていたのはとあるアニメ。新番組の第一話らしい。


「そういえば最近のアニメなんて見てなかったな。せっかくだから見てみるか」



 彼はしばらくそのアニメを視聴することにした。そして、30分後。



「これだ!!」


 深夜にも関わらず、安太郎は絶叫する。安太郎が視聴したアニメは、


『ブラック企業に勤めていたオレがトラックにはねられて死亡してチートスキルを持った魔導師として異世界に転生した件』


というタイトルだ。


 内容はタイトルの通りで、トラックにはねられて死亡した主人公の会社員が異世界で最強の魔導師として生まれ変わり、大活躍するというものだ。安太郎が注目した点は、このアニメの主人公は異世界へと転移したのではなく、一度死んで転生をしたという点だ。


「オレはどうやらとんでもない勘違いをしていたらしい! 異世界に転移する時代は終わったんだ! これからは転生の時代だったんだよ、うん!」


 何故か一人で納得する安太郎。


「よーし、善は急げだ! 今からトラックにはねられて来よう!」


 彼はこういう時の行動は早い。




 30分後、彼は国道沿いにいた。深夜だからか交通量は少なかったが、御目当てのトラックは時々走っているようだ。


「よーし! 異世界転生しちゃうぞ!」


 ちょうど、いい大きさのトラックが右からやってきたので、安太郎は早速道路に飛び出そうとした。しかし、彼の意志に反して足が動かない。


「ど、どういうことだ? 足が動かない! ビビってるっていうのか? このオレが?」


 足が動かないのはビビってるというよりも、彼の生物としての生存本能がそうしているのだ。狂った脳に必死に体が抵抗して、生きようとしているのだ。彼の言う異世界転生など、要するに単なる自殺なのだから。


「……勇気を出せ! オレなら……オレならできる!」


 安太郎はゆっくりと、一歩ずつ前に進みはじめた。本能の抵抗虚しく、安太郎の体はクソみたいな理性に支配されてしまったのだ。そうしているうちにまたトラックがやってくる。


「行くぞ!」


 勢いよく、安太郎はトラックの前に飛び出した。こうして彼はトラックにはねられて死亡……するはずだったが、幸か不幸か奇跡が起きた。トラックの急ブレーキが間に合ったのだ。車体は安太郎に衝突する直前のギリギリのところで止まった。その後、トラックの運転席から頭にタオルを巻いたイカツイ風貌のおっちゃんが出てきて叫んだ。


「バカヤロー! 死にてぇのか!」


 トラック運転手のおっちゃんはカンカンだ。無理もない。彼が咄嗟にブレーキを踏まなかったら安太郎はおそらく死んでいたのだから。しかし、当の安太郎はその場にうずくまったまま反応しない。


「おい! なんとか言ったらどうだ! バカヤロー!」


 度重なるおっちゃんの罵倒で、ようやく安太郎は顔を上げたが、その表情は怒りと悲しみに満ち溢れていた。


「バカヤロー、だと? それはこっちのセリフだ! バカヤロー!」


安太郎の叫びが、深夜の国道にこだまする。


「なっ?」


 おっちゃんが面食らったのも無理はない。この場面では安太郎から感謝されたり、謝罪されることはあっても、バカヤローと言われるなどとは考えもしていなかったからだ。おっちゃんが訳もわからず混乱していると、さらに安太郎が叫び続ける。


「どうしてくれるんだよ! 台無しだよ! せっかくありったけの勇気を振り絞ったのに! なんで! なんでオレを轢かなかったんだよ! バカヤロー!」


 安太郎は泣いている。おっちゃんは訳がわからないながらも、安太郎の言動から必死に意図を読もうとした。


(『勇気を振り絞った』『なんでオレを轢かなかった』……まさかこのボウズ……自殺を?)


 おっちゃんがそういう結論に至ったのも無理はない。安太郎がやろうとしていたことは、側から見ると単なる自殺なのだから。異世界転生しようとしていたと推測できる人などいない。


「なあ、ボウズ」


 おっちゃんは、さっきとは打って変わって穏やかな口調で安太郎に話しかけた。


「怒鳴って悪かったな。よかったら、これから一緒に飯でも食わねえか?な?」


 そう言っておっちゃんは安太郎の肩に手を置く。おっちゃんの眼は優しかった。




 その後、おっちゃんのトラックに乗せられた安太郎は、24時間営業のファミレスへと連れて来られた。入店した二人は、店員に案内され窓際の席に座った。


「ほら、何か頼めよ」


 そう言っておっちゃんは安太郎にメニュー表を手渡した。


「いや、でもオレお金あんまりないから」


 安太郎が元気なくそう言うと、おっちゃんは笑った。


「オレの奢りだよ。遠慮するな。好きなの頼め」


 それを聞いた安太郎は、しばらくメニューを眺めていたが、店員を呼んで注文をはじめた。


「じゃあ、このチーズハンバーグ」


「そうそう、遠慮するな」


「それにライスとスープをつけて。後若鶏の唐揚げとチキン南蛮とローストンカツ。それと肝吸い付きうな丼ダブル。ミックスピザとマヨコーンピザを一枚ずつ。ミートソーススパゲッティとペペロンチーノ。シーザーサラダと和風大根サラダ。あとドリンクバーで」


「……おう」


「あ、あとチョコレートバナナパフェも」


「…………おう」


 おっちゃんはドリンクバーのみを注文。その後運ばれてきた大量の料理を、安太郎が平らげた頃には、もう夜が明けようとしていた。


「うまかったか?」


「うん!」


 安太郎は元気よく答える。


「そうか、ならよかった。なあ、ボウズ。これは話したくなかったら、話さなくてもいいんだが……一体なんであんなことしたんだ?」


 安太郎の表情がまた暗くなる。


「いいんだ、嫌なら言わなくて。ただな、ボウズみたいな若い奴がさ、わざと車に轢かれようと道路に飛び出すなんて、オレはどうも気になってな。学生服着てるってことはお前学生だろ?」


 この日、安太郎はいつも通り学ランを着ていた。


「ううん。学ランは着てるけど、オレはもう学生じゃないんだ」


「そうか、色々大変なんだなボウズも」


 何か、複雑な事情がありそうだと察したおっちゃんは、それ以上の詮索をしなかった。しかし、今度は安太郎の方から、ゆっくりと話をはじめた。


「オレさ、夢があったんだ……」


「そうか……」


 おっちゃんは安太郎の話を静かに聞く。


「でもさ、その夢が叶わないってわかって、どうしようもない気持ちになってさ。五年間も頑張ったのに……だからもうああするした方法がなかったんだ」


 安太郎は泣いていた。実際のところ泣ける要素など何もないのだが。


「そうか、頑張ってたんだなボウズも。それに辛かったな」


 なんと安太郎に釣られてか、おっちゃんまで少し涙ぐんでいる。


「でもな。夢が叶わなくたって、お前の全てが終わる訳じゃないんだ。また、新しい夢だってきっと見つかる」


「そうかな?」


「そうだ。まだ若いんだからいくらでもやり直せるさ」


「おっちゃん……オレやり直せるかな?こんなオレでもやり直せるのかな?」


「大丈夫だ。やっとやり直せる。……ほら窓をの外を見てみろよ」


 おっちゃんに促させて、窓から外を見てみるとちょうど朝日が昇るところだった。


「やり直せるさ、日が沈んでも、また必ず日が昇るようにな」


「おっちゃん……ありがとう」


 何か、良いように話はまとまった。




 ファミレスから出た二人は、その場で別れることになった。


「本当に家まで送らなくていいのか?」


「うん、大丈夫だよ。歩いて帰るから」


「そうか……おっとそうだ、これ渡しておくよ」


 そう言っておっちゃんは財布から、なんと一万円札を取り出して安太郎に手渡した。


「おっちゃん、これ?」


「これから新しい人生を歩んでいくお前への餞別だ。受け取れ」


「おっちゃん……」


「じゃあな、いつかまた会おうな」


「うん!それじゃおっちゃん!バイバイ!」


 おっちゃんに別れを告げた安太郎は、朝日に向かって元気よく走り出した。もはや異世界転生のことはすっかり頭にはない。


(今日がオレの新しい人生のスタートだ!まずはこの金で履歴書を買って……よし!頑張るぞ!)


 その時だった。


「ボウズ!危ない!」


「え?」


 色々考えながら走っていたためか、安太郎は周りが見えていなかった。彼は信号無視して道路の横断していて……大型のトラックが直ぐ近くに迫っていることに気づかなかった。


「ギャアアアアアアアアアア!」


「ボウズー!」


 トラックに撥ねられた安太郎の悲鳴と、おっちゃんの叫び声が早朝の道路にこだまする。


 安太郎の体は宙に舞う。


「だ、大丈夫か!?」


 急停止した大型トラックから、運転手が血相を変えて飛び出してきた。


「急いで救急車を……あれ?誰もいない?」


 不思議なことが起こっていた。先ほどトラックに撥ねられはずの安太郎の姿がどこにも見当たらない。


「な、なんで?オレは確かに……」


「……ああ、そうだ。あんたはあのボウズを撥ねた」


 混乱している運転手の元に、一部始終を見ていたおっちゃんがやってきた。


「あ、あんたは?」


「あんたが撥ねたボウズの知り合いだ。さっきの事故をオレは見ていた。撥ねられたボウズは宙に舞って……それで……」


「そ、それでどこに?」


「消えた」


「え?」


「オレも信じられないが、消えたんだ。スッと」


「そ、そんなわけ……」


「……とにかく救急車と警察を呼ぼう。見間違い……だと思う」


 しかし、おっちゃんの証言は間違いではなかった。警察の捜索にもかかわらず、安太郎の体は発見できなかった。


(ボウズ、一体どこにいっちまったんだ。まさか神隠しか何か?)


 おっちゃんの、その考えは間違っていた。安太郎は神隠しにあったわけではない。





 


 




 安太郎は異世界へ転移したのだ。

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