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3.婚約者

 クレイン様との噛み合わない会話に四苦八苦しつつ、なんとか最低限のおもてなしをして、無事にお帰りいただいてから、数日後。


「エステル、その方は……」

 困惑したような声に、わたしは頭を下げた。

「申し訳ありません、サミュエル様」


 わたしの目の前に立っているのは、短いブラウンの髪に淡い水色の瞳をした、人の好さそうな青年、サミュエル・リード様である。リード子爵家のご次男であり、わたしの婚約者だ。本日は、婚約が決まってから付き添いなしでサミュエル様とお会いする初めての機会であり、はっきり言えばデートなのだが、


「ふむ、リード子爵家の次男か。領地経営、実家の資産も問題なし、と」

 なぜかわたしの背後に、グルィディ公爵クレイン様がおり、手に持った分厚い冊子を繰っては、独り言のように何やらつぶやいている。


「あの、クレイン様。わたくし、本日はこちらのサミュエル様とお会いする予定が……」

「ああ、わかっている」

 わたしが振り返って遠慮がちに言うと、クレイン様は鷹揚にうなずいた。


「そのサミュエル・リードとやらが、そなたの婚約者としてふさわしい人物かどうか、私が勝手に調べているだけだ。私のことは気にしなくてよい」

 そんな無茶な。

わたしは顔を引き攣らせた。サミュエル様も困惑している様子だ。


 どうしよう……。今日はサミュエル様と貴族街のカフェでお茶した後、劇場で話題の演劇を鑑賞する予定だったのだが、なんか広場中の注目を集めてしまっている。

 ていうか、隣国の王族を、男爵家の娘が連れ回すなんて、常識的に考えてありえない。いや、わたしが連れ回すんじゃなくて、クレイン様がわたしをストー……、ついて回っているだけだけど。


「エステル」

 サミュエル様が、困ったようにわたしに言った。

「その、どうしてアヴェス王国のクレイン殿下が君と……。ハーデス男爵家は、アヴェス王国となにか繋がりがあるのかい?」

「そういう訳では」

 わたしは、背中にイヤな感じの汗がつたうのを感じた。


 どうしよう。

 サミュエル様に『実はわたしは前世、王子の命の恩人で』っていうあの与太話をしなくちゃならないの? これだけ衆目を集めている、日曜昼間の王都の広場で?

 それってどんな罰ゲーム。

もういっそ、サミュエル様もクレイン様も放り出して、馬車に乗って屋敷に戻ってしまいたい。


 でも、隣国の王族を放り出して家に帰ったりしたら、色々まずいことになるだろうなあ。いや、勝手にわたしの後をつけてきたクレイン様のほうが悪いと思うけど、なにかあったら国際問題になってしまうだろうし。


 ちらりと背後をうかがうと、ページを繰っていたクレイン様が、ふとその手を止めた。

「これは……」

 クレイン様は顔を上げると、厳しい表情で言った。

「サミュエル・リードとやら!」


 びくっ、とサミュエル様とわたしが飛び上がった。

「は、はい!」

「ど、どうなさいましたの、クレイン様」

 クレイン様は、眼光鋭くサミュエル様を睨みつけると、わたしをそっとクレイン様の背後へと押しやった。

「え、クレイン様……?」


 クレイン様はわたしを背に隠すと、サミュエル様を糾弾するように声を荒らげた。

「サミュエル・リード。きさま、婚約者のいる身でありながら、一週間前の日曜日午後九時三十八分、平民街の『ピンクエンジェル』なる店に友人三名とともに来店し、そのまま一晩を過ごしたようだな!」

「……えっ……」

 絶句するサミュエル様に、わたしは首をかしげた。

「ピンクエンジェル?」

 なんだろう、聞いたこともない店名だけど。ていうか、サミュエル様は平民街のお店にも出入りされているのか、知らなかった。


「サミュエル様、『ピンクエンジェル』って何のお店なんですの?」

 わたしの問いかけに、サミュエル様がさっと視線をそらした。

「サミュエル様……?」

「エステル、そなたは知らなくてよい。……まったく、見下げはてたヤツよ。きさまの行いは、婚約者に対して誠実であるとはとても言えぬ!」

「そ、それは……」


 サミュエル様は顔を青くしながら、必死な様子で言った。

「ち、違います、それは、その……、友人に誘われて、断れなくて……」

「ハッ!」

 クレイン様は顔を歪めた。


「断りきれずと言うが、きさま、この店に毎週通っているようではないか。馴染みの相手に指輪やら宝石やら、いろいろと貢いでいるようだが? そこまでしておいて、言い訳に友人を使うとは、卑怯の上塗りも甚だしい! せめて正直に、己の性的欲求に抗えずとでも白状しておればまだしも、友人に罪をなすりつけるとはな!」

「べつに罪では……」

「あ゛?」

 クレイン様にすごまれ、サミュエル様は口を閉じた。


「エステル、行くぞ」

 なぜかクレイン様に手を取られ、引っ張られる。

「あの、でも、サミュエル様は」

「あのような男、気にかける必要はない」

「そういう訳にはまいりません」

 わたしがクレイン様と押し問答をつづけていると、


「……よくわかったよ、エステル」

 小さな声でサミュエル様がつぶやくのが聞こえた。

「サミュエル様?」

「婚約解消について、後ほどハーデス男爵家に家令を遣わすことにする。……僕が至らなかったのは確かだが、でも、何もこんなやり方で婚約を解消しようとしなくてもいいじゃないか。見損なったよ、エステル」

「え」

 わたしは驚きのあまり、表情を取り繕うこともできずにサミュエル様を見た。


 え、え、どういうこと。

 婚約解消って、見損なったって、どういうこと!?


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