表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/47

2.王子様の特殊能力

「ここの庭園は素晴らしい」

 長い脚を組み、優雅にお茶を飲みながらクレイン様が言った。

「お褒めいただき、光栄です」

 そう言いながら、わたしは唇を噛みしめた。


 なぜこんなことに。


 本日、アヴェス王国第三王子グルィディ公爵クレイン様が、わがハーデス家を訪問されたのだ。

隣国の王子の突然の来訪に、父は混乱のあまり泣きそうになっていた。

「なぜ王子が我が家へ!?」

 父の悲鳴のような問いかけに「殿下の主張によれば、わたしは生まれてもいない二十年前、罠にかかった殿下を助けてあげたそうです」などと説明する勇気はない。


「先日の祝賀会で、殿下にお声をかけていただいたの。それで……」

「なぜ殿下がおまえに!?」

 そんなのわたしのほうが聞きたい。

「わたしにもよくわからないんです。とりあえず、王子様を庭園にご案内いたします。お茶の準備をお願い」

 執事に声をかけ、わたしはクレイン様を外庭へと連れ出した。


 わが家は男爵家としてはそこそこ裕福なほうだが、高位貴族や王族の財力とは比べるべくもない。庭園も小さくありふれたものだ(しかも放置気味)。

「小さく、あまり見どころもない庭ですが……」

「いや、自然のままの風情がとてもよい。あの木立のあたりなど、巣を作りやすそうだ」

「巣!?」

 思わず叫んでしまったわたしに、クレイン様は慌てたように言った。


「いや、私の話ではない。鶴が巣作りをするのは湿地だからな」

「そういう意味では」

 四阿につくと、緊張した様子の使用人が、震える手でお茶を入れてくれた。あー、王族クラスの貴人が我が家にいらっしゃるなんて、初めてのことだもんね。

クレイン様は長い脚を組み、まるで自宅にいるかのようにくつろいでお茶を飲んでいる。アポなし訪問した初めての場所なのに、なぜそんなにリラックスできるのか。


 しかし、本当に美しい。クレイン様の本日のお召し物は、祝賀会の時のような華美な礼装ではなく、飾りのない黒いジャケットに白いシャツ、細身のズボン、革のロングブーツという、上質だが簡素な装いなのに、まるで光り輝くような美しさだ。


銀髪はサラサラのツヤツヤで、日の光を反射してまぶしく輝いているし、瞳も冬の河に浮かぶ氷のようにキラキラしている。とんでもなく長い銀色のまつ毛が、その瞳に微妙な陰影を落とし、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

口さえ開かなければ、あまりに完璧な美貌のため、よく出来た彫像のように見える。

 こんな非現実的なほど美しい方(しかも王族)が、我が家の四阿でお茶を飲んでいるなんて、違和感しかない。


「われわれは、人工的な庭園よりも、このように自然を残した風情を好むのだ。ここの庭園は素晴らしい」

「……お褒めいただき、光栄です」


 わたしは覚悟を決め、クレイン様の顔を正面から見つめた。

「殿下、その、祝賀会でおっしゃっていた件ですが」

「クレインでよい」

 いきなりクレイン様が言った。


「そなたは、私の命の恩人だ。名前で呼んでほしい」

 えええ……、隣国の王子様を名前で……?

フツーに無理と思ったが、あまりにクレイン様の顔が良すぎて、わたしはうっかりうなずいてしまった。

「わかりました」

「うむ。私もそなたをエステルと呼ぼう」


 クレイン様は満足そうに笑い、わたしを見つめた。

顔が! 顔が美しすぎるんですけど!


 平常心を保とうと、深呼吸をくり返すわたしを、クレイン様は嬉しそうに見ながら言った。

「そなたとこのように親しく言葉を交わせるなど、夢のようだ。……二十年前からずっと、そなたを探していたのに、見つからなかったからな。そなたはいったい、どこにいたのだ?」

「いや、ずっとここにいましたけど」

 ハーデス男爵家の一人娘としてこの世に生を受け、十八年。外国へ留学もせず、ずっとこの国にいましたけど。


 しかしクレイン様は、なおも言った。

「どれだけ探しても、そなたを見つけられなかった。もしや、生まれ変わって妖精や神などの上位存在となってしまったのかと、半ばあきらめていたのだが」

 うん、なに言ってるのかわかりません。


 祝賀会でも思ったけど、この王子様、ちょっと個性的すぎるというか……。次にいったい何を言い出すのかと、わたしのほうがハラハラしてしまう。


 だがクレイン様は、わたしの不安を見抜いたように言った。

「鶴の一族には、人間にはない力がある。魂の形や色を見ることができるのだ。……だから、そなたのことも一目でわかった。おそらくそなたは、私を助けた後、何らかの事情で命を落としたのだろう。そう考えれば、私のことを覚えておらぬのも納得がいく」

「え」

 わたしは驚いてクレイン様を見た。


 たしかに、獣人は種族によって、それぞれ特殊な能力がある。たとえば、狼族は遠く離れた家族や恋人の心の声を聞くことができるし、蛇族は一度印をつけた相手なら、どんなに離れていてもその居場所がわかるという。

 しかし、魂を見ることができるなんて、そんなの初めて聞いた。


「これは天人族すべてが持つ力ではない。王族、つまりは鶴の一族のみが持つ力だ」

「へー」

 わたしは感心して言った。

「すごいですね、そんな能力、初めて聞きました」

 クレイン様は、ふっと自慢げな笑みを浮かべ、わたしを見た。

「鶴の一族の力は、それだけではないぞ」


 まあ、鶴は天人族の頂点に立つ王族だもんね。

他にもいろいろ、わたしの知らない特殊能力を持っているんだろーなー、と思ったら、

「鶴は、みな手先が器用なのだ! とくに、一生に一度、婚姻相手のために織る反物は、それはそれは見事な仕上がりでな」

 まさかの手芸自慢だった。たしかに、鶴の一族の織る反物はいろんな意味で伝説だけど。


「われらは滅多に、誰かのために反物を織ったりせぬが……、まあ、そなたは私の命の恩人だ。どうしてもと言うなら、織ってやらんこともないぞ?」

「いえ結構です」

 ノータイムで断ったわたしに、クレイン様がショックを受けたような表情になった。そんなお顔まで美しいってすごい。


「な、なぜ断る!? 鶴の一族謹製の反物など、どれほど金を積んでも手に入らぬ逸品だというのに!」

「もちろん、鶴の皆さまの腕前は存じておりますが……」

 鶴の一族が機織り上手なのは有名な話だから、もちろんわたしも知っている。

 ただ……、その反物って、鶴の羽が織り込まれてるんだよね……。


 いくらなんでも、隣国の王子様の羽が織り込まれた反物なんて、受け取れません! たとえ本当にわたしが、王子の命を救った恩人だったとしても!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ