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男爵令嬢エステルは鶴の王子に溺愛される  作者: 倉本縞


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17.蛇族の襲撃

 クレイン様とアンセリニ侯爵が言い合っていると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえ、扉を叩く音がした。

「アンセリニ大使、失礼いたします!」

「なんだい、騒々しい」

 アンセリニ侯爵は顔をしかめたが、中に入ってきた使用人の服が乱れ、額に血がにじんでいるのに気づいて、ガタッと椅子から立ち上がった。


「どうした、何かあったのか!」

「は、それが……、蛇族の騎士に襲撃を受けまして」

「なんだと」

 クレイン様も寝台から下り、使用人に向き直った。


「蛇族が? なぜ……、いや、それは後だ。何名ほどに襲撃を受けた? 現在の状況は?」

「一名だけです。今は取り押さえておりますが、そやつが訳の分からぬことを申しておりまして……」

「一名だけ?」

 クレイン様が眉をひそめた。


「バカな。たった一人で天人族の大使館を襲撃するなど、そやつはいったい何を考えている」

歩き出そうとして、ちょっとふらついたクレイン様に、わたしは思わず声をかけた。

「クレイン様、大丈夫ですか。まだ横になっていらしたほうが」

「エステル」

 クレイン様はわたしを振り返ると、キラッキラの王子様スマイルを向けた。


「私を心配しているのか! うむ、もちろん、婚約者の身を案じるのは当然のことだが! しかし、私は大丈夫だ。少し待っていてくれ。……よくわからんが、その蛇族の馬鹿者を取り調べてくる」

「あ、え……、あの、えっと、はい……」

 婚約者。婚約者か……。うん、まあ、そういう事になるのかな。なるんだろうな……。


 顔を赤くしてうつむくわたしに、

「ああ、まったくクレインなんかに先を越されるとはねえ。なんだかむしゃくしゃするから、その蛇の馬鹿者を拷問でもしてくるかな」

 アンセリニ侯爵が、なんだか物騒なことを言った。


「しかし、どういうことだ。蛇族とは先日、不可侵条約を結んだはずだが」

「それが……、その蛇族の騎士は、『天人族が己の伴侶を奪った』と言っておりまして……」

「「はあ?」」

 クレイン様とアンセリニ侯爵の声がハモった。


「何を言っているのだ。その騎士はバカか? 天人族が蛇族の伴侶を奪うだと? ふざけたことを抜かしおって」

「まったくだよ! なんで僕たちが他人の伴侶を奪わなきゃならないんだい? 僕らは略奪婚なんて良しとはしない! 不倫もノーだ! 種族的に清廉潔白な僕らに対して、喧嘩を売ってるとしか思えないね!」


 二人は憤慨しながらも、「戦えぬ使用人たちを奥に避難誘導し、念のためコウノトリの戦士に応援要請を」と言い、別の使用人に武器を持ってこさせた。

 クレイン様もアンセリニ侯爵も、得物はハルバードだった。手足の長いお二人が長柄武器を扱えば、攻撃範囲内に踏み込むことも難しいだろうなあ。


 クレイン様は、不死鳥の羽衣で作った反物を広げ、ストールのようにふわりとわたしの肩にかけてくれた。

「すでに狼藉者は取り押さえたようだが、念のため、こうしていてくれ。先ほども言ったが、この布には様々な機能が付いている。いざとなれば、そなたの身を守ってくれよう。……むろん、そなたの身は何があっても私が守るつもりだが」

「は、はい。あの、わたしは大丈夫ですから、クレイン様こそお気をつけて」

 わたしがそう言うと、クレイン様はバサアッっと羽根を現して言った。


「そうか! そんなに私のことが心配なのか! いや、うむ……、エステル! やっぱりもう一着、そなたのために反物を織りたいのだが! 織ってもいいだろうか? いいだろう、いいと言ってくれ!」

「え」


 反物を織りたがるクレイン様の足を、アンセリニ侯爵が軽く蹴った。

「羽根をしまいたまえよ。これだから鶴は嫌なんだ、何かというと羽根を出してアピールして。そんなに羽根が大きいのが自慢なのかい? 言っておくが、たしかに羽根の大きさでは負けるかもしれないが、美しさでは白鳥の一族のほうが上だと思うがね! ……エステル、僕らがいれば蛇など問題にもならないとは思うけど、一応、この部屋からは出ないように」

「わ、わかりました」


 クレイン様は、じっとわたしを見つめて言った。

「……心配だ。人間は『見るな』と言われれば見たくなる種族であろう。『部屋から出るな』と言われたら、出たくなるのではないか?」

「わたしは約束は破りません」

 クレイン様の人間観は、ちょっと歪んでいるのでは。

 まあ、たしかに昔、「見るな」と言われたのに反物製作中の様子を覗いた人間に、鶴の姫が怒って婚約破棄をつきつけたのは、有名な話だけど。


 そうして、クレイン様とアンセリニ侯爵のお二人が部屋を出ていってから、一刻ほど過ぎた頃だろうか。

 微妙な顔をしたクレイン様とアンセリニ侯爵が部屋に戻ってきた。

「あ、お二人とも、お怪我は」

「いや、私たちは大丈夫だ。蛇族の騎士はすでに拘束しているゆえ、こちらに危害を加える恐れはない。……が」

 珍しくクレイン様が言いよどんだ。


「クレイン様?」

 不思議に思って声をかけると、

「エステル、教えてほしいんだけど」

アンセリニ侯爵が慎重な口ぶりで言った。

「単刀直入に聞くけど……、君は前世、蛇族の者と婚姻の約束を交わしていたのかい?」


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