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1.鶴の王子様

「まあ、エステル、見て。あの方の髪! まるで月の光のようだわ。天人族の方々って、本当にお美しいのねえ」

 ブレンダが興奮したように、扇の陰でわたしにささやきかけた。

わたしも大広間に現れたアヴェス王国の使節団、天人族の皆さまに目が釘付けだ。


 その夜は隣国アヴェスとわがファイラス王国の国交百周年を記念し、王宮で祝賀会が開かれていた。

 使節として訪れた隣国アヴェスの天人族の方々は噂通りみな優雅で美しく、わたしと友人はうっとりと見惚れていた。


 もともと天人族は、獣人の中でも際立って美しいことで知られている。

羽根部分だけ獣化した姿は、古の時代、神の御使いとして崇められたほど神々しく美しい。


しかも今回の使節団には、天人族の中でも群を抜いて美しいといわれる王族もいらしている。まさに選りすぐりの精鋭美形集団だ。

大広間に彼らが現れただけで、男性も女性も吸い寄せられるようにその周囲に群がり、なんとか言葉を交わそうとやっきになっている。


わたしとブレンダは、その騒動を少し遠巻きに眺めていた。

わたしたちは二人とも男爵令嬢であり、貴族としての身分が低い。王宮主催の祝賀会に参加はできても、王族が代表を務める使節団の方々から、直接お言葉をいただくことは難しい。


しかし、もし交流可能な身分だったとしても、あの美男美女たちの隣に立つような勇気は、とても持てなかっただろう。


わたしの容姿はとくに醜くはないと思うが、天人族と比べられるようなレベルではない。黒い巻き毛に大きな緑のたれ目がやや幼く見えるだけの、きわめてフツーな、集団に埋没する容姿である。


それに、たとえ交流はできなくとも、美の権化とも言うべき天人族の方々を遠目からでも鑑賞させていただいただけで、じゅうぶん楽しかった。

その時までは。


 陛下による使節団を歓迎するお言葉の後、アヴェス王国の王子様がその答礼を述べようと、陛下の隣に立たれた。


 さすがアヴェスの王族、美しさが段違いだ。

 鶴の王子様、グルィディ公爵クレイン様のお姿に、わたしは感嘆のため息をついた。


 腰まで流れる銀糸のような髪、冷たくきらめく灰青色の瞳。高い鼻筋と薄い唇がいくぶん冷たい印象を与えるが、かえってそれは王子の美しさを際立たせているように思えた。


 本当に、なんて美しいお方だろう。それに、衝撃的なまでに脚が長い。身体の半分が脚なんじゃなかろうか。天人族の中でも鶴の一族はスタイルがいいと聞くけど、これはもう、「スタイルがいい」の一言で済ませていいレベルではない。じゃあ何て言うんだと言われると困るけど。


 クレイン様は陛下と言葉を交わされた後、大広間に集まった貴族たちを見回し、答礼を……、……述べなかった。黙ったまま、ずっと立ち尽くしている。

 いつまで経っても話し始めようとしないクレイン様に、大広間に少しずつざわめきが広がっていく。


 ていうか、なんか、クレイン様がじっとこちらを見ているような……、気のせい? わたしの後ろに何かあるの?


 わたしが振り返って背後を確認していると、

「こんなところに居たのか!」

 がしっ、と肩を掴まれた。


 え? とわたしが前を向くと、

「やはりそなただ! 間違いない! ……あの時の礼をせねばと、ずっと探していたのだ! どうか私に、あの時の恩返しをさせてほしい!」

 美の化身のようなクレイン様が、真剣な表情でわたしに迫っていた。


「えっ……」

 あまりの顔の良さに、わたしは一瞬、頭が真っ白になった。

「え、ななに……、なんのこと……、いや近い! 近いです!」

 ぐっと顔を近づけられ、わたしは思わずのけぞった。


「逃げないでくれ!」

「いや、ちょっ……、ななんで……」

「そなたは私の命の恩人だろう! 忘れたとは言わせぬ!」

 間近に迫る美しすぎる顔面に耐えられず、わたしは思わず目をつぶった。


 なにを言ってるんだ、この方は。

 わたしが命の恩人? 初対面なのに!?


「何かの間違いです! 記憶にございません!」

 汚職政治家の言い訳のようなセリフを叫んだが、クレイン様は許してくれなかった。


「いいや、間違いなどではない! その魂を見間違うものか! 間違いなくそなたは、二十年前に私の命を救ってくれた!」


 ……ん?


 なにか引っかかるセリフを聞いた気がして、わたしは目を開けた。とたん、クレイン様の顔がアップで迫ってくる。美しすぎて目が痛い。しかし、

「……魂?」

「うむ」

「……二十年前?」

「思い出したのか!」

 クレイン様が、ぱあっと顔を輝かせた。やめて、目が潰れる。


「いや、魂って……、二十年前って……?」

 わたしは今年、十八歳になる。二十年前なんて、そもそも生まれていないんですが。


 困惑するわたしに、クレイン様は大きくうなずいた。

「そうだ。二十年ほど前、そなたは罠にかかった私に情けをかけ、助けてくれたのだ。怪我が癒えた後、私は恩返しをしようとそなたを探した。しかし、いくら探してもそなたは見つからなかった……」

 悲しそうに顔を歪めるクレイン様。まったく記憶にない(当たり前だ)のだが、そんな顔をされると反射的に罪悪感を覚えてしまう。美の力ってすごい。


 しかし、どう考えてもあり得ない妄想(としか思えない)を、いきなり真顔で言い出すとか、この王子様、美しいけれどちょっとアレなのでは……。


 わたしはなんとかクレイン様から逃れようと、必死に言い訳をひねり出した。

「あの、あの殿下、その……、ああ、そうだ、答礼! 殿下、皆さまお待ちですので、どうか答礼を!」

「答礼」

「ええ、ええ! ほら、あの、皆さまが殿下のお言葉を待っていらっしゃいます! お願いいたします!」

「ふむ」

 クレイン様はうなずき、踵を返した。


「わかった。では、話はまた後で」


 いや、後って。

 まだ生まれてもいなかった時の恩返しについて語られても……。


「エステル」

 気づくと、ブレンダが微妙な表情でわたしを見ていた。

「……その、あなた、天人族の王子様とお知り合いだったの……?」


 いえ、初対面です。

 二十年前とか魂とか、どう考えてもあの王子殿下のおっしゃっていることはおかしい。

 しかし、隣国の王子様に面と向かって「あんたの言ってることはおかしい」って言うのもマズいだろうなあ。

ファイラス王国に籍を置く貴族の一員として、隣国の王子様との揉め事なんて、避けたいところなんだけど……。


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