夕焼けが目に染みる
「夕映」
「ん、何? 真吾」
「何考えてる」
「別に……。夕焼けが綺麗だな、て。思って……」
自室に幼馴染みの真吾と二人きり。
ローソファにもたれかかり座っている。
BGMはショパンの練習曲『別れの曲』。
今日も晴れて、窓の外は綺麗な夕暮れの赤に染まっている。叙情的なピアノの音色と相まって、それはロマンティックな光景だ。
でも……。
「こんな夕暮れ時に哲が……死んだから?」
「?!」
哲ちゃん……。
真吾と同じく幼馴染みで、私の彼だった人。
でも。
哲ちゃんは、交通事故で亡くなってしまった。
真吾が言う通り、こんな夕焼けの綺麗な日に。
最愛の彼を亡くし、ふぬけのようになった私がなんとか立ち直ってきたのは、陰日向なくいつも私を支えてくれた真吾のおかげ。
でも、私はやはり哲ちゃんを忘れてはいなかった。
特に、こんな夕焼けが目に染みる時、こんな日に哲ちゃんが逝ってしまったんだと思うと堪らなかった。
昔……ママがまだ小さかった私を膝に抱いて、何度も話してくれた。
"夕映ちゃんはね、秋晴れのとてもお天気の良い日の夕暮れ、そうこんな夕焼けが綺麗な時に、ママのお腹の中から産まれてきたのよ。だから、夕映ちゃんにはまだ少し難しいかもしれないけど、夕映ちゃんの名前の由来は『夕焼けが映える日に産まれた子』という意味なの。だから、漢字でこう書くの。『夕』『映』て……"
西側の窓に目を遣ると、空は真っ赤な夕焼けで彩られてる。
こんな夕暮れ時に私は生を受け、そして、哲ちゃんは逝ってしまった。
「夕映」
真吾は言った。
「哲を忘れろとは言わないよ。人間の心はそんな簡単なものじゃない。でも。辛くなったら。最後には俺のことを思い出してくれ。俺はいつでも、いつまでも夕映の側にいるから」
そして、おもむろに私を抱きしめた。
「だから、夕映。夕映だけは。夕映までもが逝ってしまわないでくれ」
その腕の力は強く、その言葉は震えていた。
「真吾……」
真っ赤な夕焼けが徐々に鮮やかなオレンジ色から金色に、そして群青色へと変わっていく間。
私たちはずっと抱きしめ合っていた。
それから数年後。
「夕映。よく頑張ったな」
「……真吾」
微睡みから覚めると、ベッドの傍らには真吾がいた。
私たちは結婚し、そして私は真吾の子を産んだのだ。
「俺たちの赤ちゃん……名前、どうしよう」
笑みながら真吾は問うた。
「私……この子を産んだ瞬間に閃いたの」
「何?」
「この子が産まれたのは暁の時。だから、『陽』が『昇』るで、『昇陽』でどうかしら」
「昇陽……いいな」
私たちは見つめ合い、そして笑い合った。
夕焼けはやがて濃い夜の闇を連れてくる。
でも、真吾は、そして授かった昇陽は教えてくれた。
どんなに辛く苦しいことがあっても。
明けない夜はないのだということを────────
本作は、家紋武範さま主催「夕焼け企画」参加作品でした。
参加させてくださった家紋武範さま、そしてお読みいただいた方、どうもありがとうございました(^^)