[二部三章]ろくでなし
ちょっとだいぶぼかしましたが刺激的な表現があります、ご注意ください。
「母親、か。‥‥‥‥一途、だけどろくでもない人だね。だから私は実のところ、彼女の事が得意ではないんだ。そしてそれは、文人を見捨てているも同義。父親失格なのさ、私は。けれど、そうだね。そんな父親失格の私を以てしてもろくでなしと言わしめるレベルの、本当にどうしようもない人だよ。」
『ろくでもないひと。‥‥‥‥じゃあ何で幽鬼はけっこん、したの?』
そう問いかけると、どこか遠いところを見ているような顔をして、幽鬼は答えた。
「どうでもよかったから、かな。ほら、ろくでもないって言ったでしょ?しつこかったんだよ、彼女。
それでも一は幸せな時期もあった。好きだと思えた瞬間もあった。けれど、今はそんなもの、ないかな。異形だったら、封じているであろう位には、ね。」
‥‥‥‥‥なんだろうか。すごく。すごく、気持ちの悪い話をしている気がする。
違う。あの寿文人の言葉に込められた熱とは違う。
これは、“良い話”じゃない、って、そう感じる。
けれど、知りたくなった。
彼の母親の事じゃない。
彼の事を。寿文人に、何があったのかを。
『寿文人に、何があったの。』
そう問いかけると、幽鬼はすぅ、と呼吸を慎重にしてから私の顔を見た。
今、私は確かに感情が欠落していて危なっかしい状態だと思う。けれど。
けれど、これはきっと、知っておかないといけないことだ。引く気はない。
すると、彼は目を逸らして、どこか懺悔をするように語り始めた。
「私は実際の現場は見ていない。だから、使い魔経由の話になるんだけどね。
あまりにも私が家にいないからか不明だけど、あの子を私に見立てて襲ったそうだ。それを聞いて今もなお、あの子に対してなんの謝罪もしてないあたり、父として失格というわけさ。
だから、あの子はあの子で私のように無頓着だし、彼女のように一途だ。間違いなく、君を裏切ることは無いよ。厄介なのに好かれたね。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥文人君にあったのは、簡単に言えばそれだけだよ。」
襲う、の意味が、殺傷の意味じゃない、何か私の知らない何かであることは、理解できた。
けれど、彼は自分にきっと嘘をついている。
だって、そうじゃなかったら、そんなに苦しそうな顔をしない。
だって彼には分っているはずだ。寿文人が私を裏切ろうがどうしようが、私には関係のないことだ。
今はまだ、ってつくかもしれない。けれど、けれどそうじゃない。
厄介なのに好かれた。これは、彼の熱量の事をきっと示しているんじゃないかと思う。
けれどあれは正直、心地の悪いものではなかった。
本当は、心地悪く感じるものなのかもしれない、でも違う。
私は、あれくらいの熱量で話してくれなきゃ理解ができない。分かってあげられない。それでお互い傷つく。でも、彼はそうじゃない。私を大切にしてくれていることも伝わる。真っすぐなのも伝わる。
けれど、あぁ、そうかとも思う。
あの時、母の話を出した時の寿文人の反応。
あれはきっと、この話の事なんだろうなと、そう思う。
でも違う。
違うんだ。
『‥‥‥‥‥‥‥私から見た寿文人は、異常なくらいに真っすぐで。よく意味の分からない言葉を言うけれど。でも、厄介だなんて思ったことは少ししかない。だって果敢に危険に自ら突っ込んでくるのはどうかと思うし。
ねぇ、幽鬼。私が寿文人の傍にいるのは、寿文人のその傷を癒すのに効果があるのかな。
それにね、幽鬼がろくでなし、なんかじゃないのは分かる。だってそれ、ただ“どうしていいか分からなかった”だけでしょう。悪いのは寿文人のお母さん。どうしてそれが幽鬼が悪い、に繋がるかが分からない。
だって、幽鬼が父親失格で、良くない人なんだったら寿文人は私が聞いた時、幽鬼に“会いに来る”なんて選択はしなかったと思う。』
けれど幽鬼は悲しそうなままで。
「きっとね。本心から惚れたから、君の傍にいたがるんだろうし。
‥‥‥‥心遣い痛み入るね。でも、ただ単にほとんどあったことのない父親に対して興味を持っただけだと思うよ。あの子が好きな人以外に対して殊勝な考え方を持つとは思えない。」
何だか腹が立ってきたのでちょっとした仕掛けを用意する。
『少なくとも。“私は”、私を創った神々に興味はあっても会いに行こうとは思わない。殺してやりたいとは思うけれど。
それに、寿文人の事。興味であれ何であれ、憎たらしくて会いに来たんじゃなければ好きに“幽鬼の思うお父さん”らしく、可愛がってあげればいいと思う。』
すると、まるで泣き出しそうな顔で幽鬼は言う。
どれだけ、このことで悩んだんだろうか。‥‥‥‥それに腹が立った。
「‥‥‥‥やめておくれよ。何度も言うけれど、私は父親失格なんだよ。今更僕があの子をどう可愛がればいいのか、愛せばいいのかが分からないんだよ。」
あぁ、ほら、本音が出た。
だから私はわざと言う。
『ほら、可愛がろうとしてる、愛そうとしている。なら今からでもすればいい。と、いうわけで。』
わざと仕掛けておいた一枚の呪符(内亜が、録音機能付きだったから拾ったとかいう代物だ。)を見せて、私は幽鬼の隠れ家へと走る。
「な、なんだいぃ???ちょっと、っちょ、ちょっと?!」
焦って追いかけてくるけれど生憎とこちらは内亜直伝のぱるくーる、というやつでその辺の物なんでも使って道をショートカットできる。
だから全速力で走って、幽鬼の隠れ家で本を読んでいる寿文人に呪符を投げてよこす。
「え、なに?」
咄嗟に寿文人が受け取った瞬間、先の会話が再生される。
それを寿文人は黙って聞いていた。
「‥‥‥‥‥‥‥へぇ。」
きっと、彼ら親子の在り方は普通じゃないのかもしれない。
けれど、それはそれでいいと私は思う。
だから、私は後はそれを見守るだけだ。
『寿文人は、お父さん、嫌い?』
そう問いかけると、平坦な声で答えが返ってくる。
「いや、分からない。なんとも思ってないのかもね。その点では僕と父さんは似てるよ。」
肯定はない。けれど、否定もない。
ならばそれでいいと私は思う。
『そっか。それじゃあこれからどうなるか、ってところでしょう。ならどうにでもなるよ。
ほら、幽鬼。マイナスでさえなければどうとでも接することができるでしょ?』
「別に、親子仲については双方同じ考えを持っていたことだけ分かっただけ良いけど‥‥‥。
きみ、自分自身の事は後回しにするんだね?」
そう追いついてきた幽鬼に言われて、私はつい不思議に思ってしまった。
『自分の事?』
「そ、自分の事。葵さん自身の事。さっき父さんにいろいろ言われてたから、どうなんだろうって。なんにせよ、力になりたいからさ。」
寿文人が私の事を見つめて言う。
一瞬、何を言われたか理解するのに時間がかかった。
けれど、うん。確かに忘れていた。
『あぁ、あれの事。すっかり忘れてたけど‥‥‥うん、確かに放っておいたら割とすぐに壊れるだろうね、私。‥‥‥‥説明、しておかないとダメ?』
そう問いかけると、食い気味に頷かれた。
私はため息をついた。
『長くなるよ、また。』
それでも二人とも聞く態勢を崩さない。
‥‥‥‥面倒だけど、仕方ない。
ぽつりぽつりと、私は話を始める。
『…私はさ、神様が造ったつぎはぎだらけの存在なんだって。
それを助けてくれた姉がいて、他のみんながいて。どうにか生きてきたけど、つい数年前にね、もう一人の私とでも言うべき存在が現れてね。
本当は、殺しちゃえばいいのは分かってた。けど、それができなくってさ
一部貰って、一部あげちゃったんだ。
だから、取れてたバランスが私の方がちょっとだけ危なっかしくなっちゃって、いや。
うん、そうだね。正直に言おう。
私は“感情”を殆どあげちゃった。だから、何かを強く感じる事ができなくなってしまった。それに、そのせいでボロボロになった自分を見ても、あぁ、ボロボロだなぁ、としか思えなくって
ごめんね、好きって言ってくれたのに、多分そんなに長くない
対処法は分からない。多分、分からないそれを探しに内亜とノワールは旅立ったんだと思う
けれど私には、分からないならいいや、って感情しか残らなくてね
だから、私の事はいいから、君の起源が気になるから知りたいなって、そう思ったんだ。
これで、答えになったかな。』
一気に話すと少し疲れる。
だけど、彼らは黙って話を聞いてくれていた。
そして、話が終わると、寿文人が私の事をじっと見つめて語りかけてきた。
「僕は自分のことを見てほしいって思うけどね。
内亜から精神年齢のこととか、まだ早いって言われてるけど。そういうこと関係なく、垣根なく、自分のことを見てあげてほしい。未練がないなんてきっと嘘。
もし、自分で自分のことがみれないって言うのなら、僕がきみのことを見るよ──葵。」
それが、真っすぐで、でもその真っすぐさがどうしてだろう。
“心地良い”と、そう思った。
だから、聞いてみたくなった。
『‥‥‥‥、きみが?
じゃあ、それなら教えてほしい。
君から見た私は、どんな存在なの?』
聞くのが怖いような、楽しみなような、そんな感覚。
彼はしばらく考えた後に、すごくまっすぐに、教えてくれた。
「今はとっても空虚に感じるよ。ううん、白紙のカンバスだ。だからきみは今からいろいろに染まっていくんだと思う。色が混ざるってことは汚い部分でも出てくると思う。
でも、どうせならゼロからやり直してみたらいいんじゃないかな?この機会に、自分が経験したものだけを持って。
僕はきれいごとしか言わないと思うけど、好きだとか、愛してるだとか、一緒にいるって言ったけどこれは本気、
そして、君が色づいたときに未練がないなんて嘘だったって感じてくれれば僕はそれで満足さ。
一緒に生きたいって思うんだよ、葵。たとえ僕が人間での身の程知らずでも、異形でも、これは変わらない。」
‥‥‥‥‥‥‥本当に、本当に真っすぐだ。
口元が、なんだか楽し気に緩んだ気がした。
『‥‥‥‥なんだろうね、君の言葉はすんなり私の中に取り込まれてゆく感覚があるんだ。
少しだけ思う事があるとすれば、君がなんでそんなに私に熱のこもった言葉をかけられるのか分からない、知りたい。それに、なんでだろう。
その熱は、内亜やノワール、未希ねぇ、色んな今まで出会ってきた人達の中の誰とも違う熱。
うん、少しだけ、本当少しだけだけど、それは知ってみたい。
‥‥‥‥あぁそうだ、何かの本にあった言葉。
“じゃあ、私のこと惚れさせてみせてよ”。って、こう言う時に言うものかな。』
図書館の中にあった本の中に、好き、って言葉がたくさん書かれていた物があったから。
その中にあった言葉を、告げてみる。
なんだかとても楽しそうな言葉だったから。
そうしたら、そんな言葉が出てきたのが意外だったのか、寿文人は微笑んだ。
「勿論だとも。受けて立つよ。」
うん、意味は正直分かってない。けれど間違いじゃなかったんだと思う。
だから、私が分かる限りの言葉を伝える。
『新しい相棒みたいだね。‥‥‥‥そういうのは初めて。何が起きるんだろうね。
ねぇ、そういえば幽鬼は異形の痕跡があるからここにいるんだったよね、その話、聞かせてくれないかな。』
そう言うと、幽鬼は頷いた。
「ほら、君も言ってた痕跡の調査さ。多分同じものだと思うけど。」
『なるほど。手伝う?多少は役に立てると思うけど。』
そう言うと、小首をかしげて幽鬼は言った。
「そう?じゃあ、お願いしようかな。」
「ん~相棒、相棒かぁ‥‥‥なんか違う気がするけど、まぁ初めてならいっか、ねぇ、文人って呼んでよ。そしたら僕嬉しいな。」
寿文人が変なことを言い出した。
なので。
『寿文人は寿文人。』
何かしてくれて、それで助かったら呼んでみるのを考えなくもない。
「下の名前だけでいいかな~!!!!!!」
その言葉を聞かなかったことにして、私は幽鬼と異形についての話を始める。
一話一話がだんだん長くなってる気がするって?
きっと気のせいです。