[二部三章]存在証明
今日の投稿はちょっと多めかもの予定です。
「君、自分の存在がぐらついていることに気付いている?」
幽鬼は、そう私に問いかけた。
存在のぐらつき。‥‥‥‥‥あぁ、存在証明ができなくなりかけているのか、と納得してしまう無情な自分がいる。
「どうしたものかねぇ‥‥‥‥わたしではどうにもできないのだけれど。」
そう言って困ったように眉尻を下げる幽鬼。
申し訳なさと、少しの罪悪感から、私は口を開く。
『‥‥‥‥これは、言ったら怒られるかもしれないかなって、そう思ったんだけど。私、今あんまりこの世に未練がないんだけど。』
内亜も、ノワールも、私を大切にしてくれていることは分かっている。けれど、なんでだろうか。生きていたいという意欲がわいてこない。
「おや、おやおや。君が死んだら未練だらけで異形になりかねない末路の人がそこにいるんだけど。」
そういう幽鬼の示す先には寿文人。
何故か、表情が歪んでいる。
「‥‥‥葵さん。」
何が言いたいのかは分からない。けれど、放っておくのもいけないような気がして、幽鬼の次の言葉を待つ。
「たとえきみは未練なくとも、大事な人たちはそれをどう思い、どう感じて、どう考えて、どう生きるんだろうね。そのあたり、考えたことはあるかい?‥‥‥‥今の君には難しい話かもしれないけどね。」
それくらいなら、少しは分かる。
『多分、生きていてほしいって言うと思う。けど、それが自然な事じゃなくって、本当は生きていちゃいけないのに生にしがみついてしまったら、何か別のものに変わってしまいそうな気がして。そうなったら、悪霊と変わらない、幽鬼や八代の討伐対象になってしまうんじゃないかって。あの時からずっと、そう思ってる。』
「生憎と、私は基本的に討伐はしない主義でね。あの時っていうのは何だい?」
そう微笑みつつ問いかけてくる幽鬼。
寿文人は、少し、怒ったような声音でつぶやいた。
「本当は生きていちゃいけないって‥‥‥‥?」
『このまま、永遠かもしれない命を持ち続けるのも怖くなってきた。‥‥‥‥言わないと、駄目?』
本当は、ネフィーに話したあの事は話したくない。けれど、どこかの声が、この人には話すべきだという。一体、この声の正体は何なんだろうか。いつも怒っているような、そんな声。
「教えてくれないと納得できない部分ではあるかも?何せ君には謎が多い」
そう幽鬼は、言わなくてもいいよ、と言外に言ってくれている気がする。‥‥‥ずるいと思う。そう言われたら答えざるを得ない。
『すこし、長くなるけど。』
そう言うと、寿文人がすいっと顔を出して私に笑いかける。
「生きるのが怖いなら、僕が一緒に生き続けるよ。」
「あちゃ‥‥ご執心だねぇ。」
何に対しての執心かは分からないけれど、どこか温かい言葉だな、とは思った。
『……、ふふ、そんなに寿命あるのかなぁ。
………前に、一度だけ。数百人の人を殺した事がある。
もともと悪い人たちで、もともと殺さないといけない人たちだった。
でも、あの人たちを殺したのは、“私”じゃなくて。
私じゃない誰かが、私を使って最適解だけを求めて殺した。…大好きなみんなに、それをしたくない。
もしもう一度あんな事が起きるなら、私はもう、生きていたくない。
やめてって、お願いって叫んでも、止まらなかった。あんなの、殺人兵器と変わらない。』
当時を思い出すだけで、寒気が走る。
あんな経験は二度とごめんだ。
すると、
その話を聞いた幽鬼は、ふっと微笑んで優しく語りかけてくる。
「じゃあ修行すればいいんじゃない?きっときみの師匠たちもそれを望んでる。けれど、もし今助けてくれないのなら、自分が妨げになると考えているんだと思うのさ。それに、そのよく分からない力。それを自分のモノにできたら、なんでも守れる自分になれるって思わないかい?
まあ、私はぽっと出だからきみのことはミリも知らないわけだけれど。それだけじゃあ、納得しないししようともしないよお、そこの恋路野郎は」
「父さん!」
そう言って幽鬼を軽く叩く寿文人。
その2人を見ながら、少し考えて口を開く。
『私は、生きていていいの?』
それから、親子そろって声をそろえて頷く。
「「勿論。」」
「そも、死んでもいい異形も人間もいないと思うんだよね。」
そう言って微笑む幽鬼。
彼は、いったい何を見てきたのだろうか。
けれど、間違いなく会ったことのない人種であることは間違いなくって。
それに、一つ思っていることがある。
『‥‥‥‥よく、分からない。特に、寿文人の言う、好きって言葉。けど、あったかい言葉だなとは、思った。』
「え、何愛してるって言えばいいの」
「こら」
更によく分からないことを言って幽鬼に叩かれる寿文人。
なんだろうか、形容しがたいけれど、今の言葉はとても
『ポカポカする言葉、だね。』
そう言うと、真面目な顔をして寿文人が言う。
「ポカポカするなら、何度でも言うよ。理解できるようになる、その時まで。」
『‥‥‥‥‥一回、聞いてみたい。どんなぽかぽかになるのか。』
自分でも、バカバカしいと思いつつ言ってみる。
言う訳ないのに。そう思ったのに。
「好きだよ、愛してる。」
ストレートに言われて、耳のあたりが熱くなる。
『な、』
「あー……お熱いとこ申し訳ないんだけど、それ以上に私に何か用事がなければ帰った帰った」
幽鬼は、なんだかとても面倒くさそうで、でも笑顔で言う。でも困る。用事があるんだから。
寿文人の方は、なぜか私を見て微笑んでいる。
『‥‥‥え、っと。この街に、異形の痕跡が見つかったって伝えるように言われてきた。何とかするつもりではあるけれど。』
そう伝えると、納得がいったようにうなずく幽鬼。
「ああ、そういうこと。であれば私も協力しよう。今はここを根城にしているし」
『この街のそこかしこに痕跡があるみたいだし、なんでだろう。多分最近活発化してるみたいなのは感じてる?』
「そうだねぇ、確かにそれは私も感じているよ。ちょっと対策を練らないといけないなと思っていたところだ。」
そう答えてから、困ったような顔をして続ける幽鬼
「本当は泊って行ってもらいたいんだけど、狭くってねぇ。」
『そのことなら心配いらない。寝なくっていいから、二人で部屋は使って。』
顔を見合わせる二人。
何だかさっきの言葉を聞いてから動悸がする。
その正体が分からなくって、私はあわてて声をかける。
『‥‥‥‥そういうことだから、外の見回り行ってくる。‥‥‥‥後寿文人、その、ありがとう。』
そう言って幽鬼の家を飛び出す。
気配から察するに、幽鬼は私のところについてくる気だろう。
だから、私は敢えて人気のない路地裏に入り込んで幽鬼を待つ。
『すき、と、あいしてる、かぁ。』
その言葉を行った時の彼の熱と想いを思い出して、顔が熱くなる。
初めてだ。あんな言葉を向けられたのは、
「そんなとこにいたの。 人からの直球な告白は初めて?」
ひょっこりと顔を出す幽鬼。
こくりと私は頷いて、思ったことをそのまま口に出す。
『はじめてだけど、なんかこう、ムズムズしたのが分からなくって。幽鬼は分かる?』
そう問いかけると、幽鬼は微笑む。
「分かるとも。これでも既婚者だからね。胸が苦しくなったりはしているかい?今は。」
『きこんしゃ。‥‥‥胸、なんかこう、もそもそする』
そう言うと、隣に座り込んで目線を合わせてくれる。
「結婚してるってこと。そのもそもそ?は、むずがゆい?それとも、こそばゆい感じ?」
そう問われても、分からないものは分からない。
だから、素直に答えることにした。
『多分、どっちも。初めてだから、正直分からない。』
すると、幽鬼は笑って答えた。
「多分それとぽかぽかは同じだよ。照れているんだよ。それから、そうだね、どうしていいのかわからなくって恥ずかしい、ってところじゃないかな。」
『そう、なのかな。‥‥‥‥一つ、気になっていることがあるんだけど。』
ふと、思い出したことを問おうと思って、私は幽鬼に問いかける。
「うん?なんだい?」
『寿文人の、おかあさんって、どんなひと?』
彼の表情は、その言葉を聞いた瞬間に、一瞬だけ、固まった。