[二部三章]悪魔とのやり取り
まだまだいっきます
葵は、図書館に入った瞬間に本に飛びついて本の虫と化した。
昔からその辺りは変わっていない。
日の当たる高い高い本棚の上に腰かけて、楽しそうに物色した本を読んでいる。
『さて、と。突然だけど文人と呼ばせてもらうよ。』
「わっ、‥‥‥‥影の人?」
『まぁ、正解。僕は天海内亜。あくまでニャルラトホテプさ。』
そう名乗りを上げても、特に不思議な点は見られない。
一番反応したのは、さっき、葵が母親の事を出した時。
けれど、その点については既に調査済み。知らないのは、葵だけ。
これから話すことも、葵に言う気はない。
「にゃる‥‥‥‥またよく分からない名前だね。それで?どうしたの?」
『この間言っただろう?葵が背負っているもの。それから、君が知らなきゃいけないこと。』
不思議そうな顔をする彼に、僕は一冊の手帳を投げてよこす。
『一ページ目、見てみなよ。』
「?」
不思議そうな顔をしながらもページをめくる文人。
そこには、だいぶ簡略化された魔王の姿があった。
『それは、クトゥルフ神話、ラヴクラフトが記したとされる神話の魔王様さ。』
「ふぅん?クトゥルフ神話、ねぇ。」
『‥‥‥‥‥その魔王アザトース、その存在を補佐するのが、ニャルラトホテプとしての僕。けれど、そのアザトースも、ニャルラトホテプも。全部全部無理やり詰め込んだ存在が、あの葵。』
「‥‥‥‥何、何が言いたいわけ。」
警戒心をむき出しにする文人。けれど仕方がない。時間がないから。
『この世界は、そのアザトースが見る夢でしかない、とすら言われていてね。葵の中の、そのアザトースが今、目覚めそうになっている。‥‥‥‥正直危ない状態だよ。』
「‥‥‥‥‥それを僕にどうにかしろって?普通の人間である僕に?」
告げるべきか一瞬だけ、迷う。けれど。心の中でごめんねと謝りながら、僕は告げる。
『君は、人間じゃない。次のページにあるのを見てごらんよ。』
そのページにあるのは、“副王、ヨグソトース”。
「‥‥‥‥なに?これ。」
『これが、君の中にある存在。そして、アザトースを目覚めさせないために必要な存在。』
「‥‥‥‥‥は?」
『簡潔に言おう。僕と先日会った悪魔、ノワールは、もう葵の事を抑えてあげられない、力になってあげられない。だから修行に出る。』
これは、葵には告げていない情報。そして、告げるつもりのない情報。
『これらの絵はだいぶ簡略化されているから、読んでも大丈夫。必要な時に、必要な情報が手に入るようにしてある。あげるよ、それ。』
文人は、僕が投げたそれを受け取る。
『‥‥‥‥どうだい、君の起源を知りたくはないかい?寿文人。それに、これは、』
つい、葵の方へ目をやってしまう。
どうやら僕は、だいぶ過保護になりすぎてしまったみたいだ。
『あの子の、為なんだ。あの子と、一緒にいたくはないかい?‥‥‥‥恋心を利用するようで、悪いけれど。』
「‥‥‥‥」
しばらく沈黙する彼を、僕は見守る。
答えは、分かり切っているのに。‥‥‥全く、嫌な役割だ。
「まぁ、あの子の事は知りたいし、一緒にいたい。そのために根源を知ることが必要なら、僕は甘んじて受け入れよう。」
『‥‥‥‥そうか。なら、いくつかお願いがあるんだ。』
「何?僕で聞ける範囲なら聞くけど。」
『葵を、絶対泣かせないでほしい。あと、甘やかしすぎないで。‥‥‥それから、そうだね。君が今、君だからこそできることを頼もう。僕らの代わりに、あの子を愛してあげてほしい。』
あぁ、離れたくないな、なんて今更だけど。
『君にできる精一杯でいいからさ。頼むよ。』
でも、彼に賭けるしかない。だから、頼もう。
「は、何それ。それは君らがしてあげればいいことじゃないの?なに、子離れの時期なの?」
『生憎と、時間が本当に惜しい。これ以上は、離れられなくなっちゃうからさ。‥‥‥さっき言ったとおり、僕らは修行に出る。』
文人は、黙って僕の言葉を聞いてくれている。
『あの子はね。とてつもなく大きな力を持っているんだ。少し前に、その力が彼女自身を壊しかけた。‥‥‥‥僕らは、従者たる僕らは。それを止める術を持たなかった。誰よりあの子の近くにいたのに。なのに、壊れてゆく彼女を見守ることしかできなかった。だから、それをもうしないために。させないために、修行に出てくる。僕らもいい加減、自分たちの起源に向き合わないとね。本当は、お別れのあいさつの一つでもしたいところだけどさ、そんなことしたら泣いちゃうから。だから、お願い。』
「‥‥‥‥ふぅん、そんな術、僕にもないと思うけど。していかない方が泣かない?彼女。それでもいいなら、急に重圧をかけられた気がするけれど、承諾するよ。」
『あはは、心配しないで。泣かないようにするのが君の初任務だから。それに、そうだね。力については、君が自分自身の起源を知ればおのずと分かってくるさ。』
「初任務が重いな~‥‥‥」
『そこは謝るよ、ごめんね、
彼女じゃない彼女が目を覚まさないように。‥‥‥‥多分、だけどさ。一度、目を覚ましかけているみたいなんだよね。僕らには、何も言わなかったけれど。‥‥‥‥さて、そろそろ葵が僕らの会話に気が付く頃合だ。それじゃ頼んだよ、片思いの寿文人君。そしてこれが、現在の君の父親の位置だ。』
「‥‥‥会えってこと?」
僕は思わず笑う、笑って見せる。
『そうじゃなかったらこの神は何だっていうんだい。さ、それじゃあ僕らはお別れの時間だからさ。少しだけだけど。彼女の武器、これ預けておくから渡しておいてよ。』
そう言って、僕は影からレジーナとジェミニを取り出して手渡す。
『あぁ、これは大きな独り言なんだけれどさ。
過去の産物によって押しつぶされそうになったら、ちゃんと頼ってあげてよね。大丈夫、君のそれを受け止めるのは、葵にとってはたやすいことだから。』
そう言って、道化のように笑う、
そして影に溶け込み、僕らは消える。まるで初めからいなかったかのように。
さぁ、次会う時を楽しみにしようじゃないか。
さてさて内亜との別れは正直作者的にしんどいです。水紫の一番好きなキャラの片割れなので‥‥‥‥