[二部三章]悪魔たちの晩餐会
幕間のような本編の裏事情。悪魔二人の会話になります。
「ですから、勝手に棚を漁らないでくださいと何度も」
『いーじゃんいーじゃん。ちゃんと後から戻してるんだし。』
そう言いながら、僕はいつものようにボトルで遊び始める。
「全く‥‥‥‥‥これだから低俗な悪魔は」
『君も悪魔でしょ、格は違うけどさぁ』
「そうですよ。ですのできちんとなさってください。」
『‥‥‥‥‥‥ま、多少はしっかりするさ。』
その返答は想定外だったのか、ノワールがきょとんとした顔をする。ざまぁ。
「何か変な虫でも食べました?」
『何で虫限定?!』
「いえ、そうでもなければマスターの眠っているこの時間にわざわざ犬猿の仲を名乗っている私の元へ来ないでしょう。内亜。」
あー、全く、こいつは勘がよくて嫌いだ。やっぱり。
『そうだよ、ノワール。‥‥‥‥‥葵の隠し事、気づいてるんじゃないの』
「えぇ、まぁ。けれど、主様に何も言われてもいないのに口出しをするのも従者としてどうかと思いましたから。」
やっぱりか。‥‥‥多分だけど。だいぶ前、ノワールが仲間になる前位から葵は隠し事をしている。
新参のノワールですら気が付くというのに、何で葵は隠し通せると思ったのか。
『でもま、そんだけ俺らが頼りになれないってことなんだよねぇ。』
「隠し事の件ですか。‥‥‥‥正直、私もそう思いますよ。マスターのお師匠様方ほど我々は強くない。‥‥‥‥いえ、存在としては強いはず。ですが」
『それ故の経験不足と、葵の背負ってる案件の重たさに、実力がついて行かない、だね。』
悪魔と邪神。普通に考えたら何を相手取ろうが問題はないはず。
けれど、葵とほぼ同じ存在の“彼女”に俺は惨敗したし、ノワールでも手出しできなかった。
当時、ノワールにこっそりと言われたことを思い出す。
「あの攻撃、干渉しようとしたのですが、できませんでした。‥‥‥‥内亜、申し訳ない。」
あのプライドのたっかーい悪魔の王ノワールをもってしても何もできないと言わしめる存在を創る神々。きっとこれからも立ちふさがるであろう彼らに、俺たち二人は今、何もできない。
「‥‥‥‥‥‥全く、嫌になるものです。この年齢、というか、これだけ生きてきた中で、修練をしなかったことを悔いる日が来るとは。」
『やっぱりお前もそう思う?‥‥‥‥‥正直俺もそう思う。んで?あの件どうなったの?』
「あぁ、“あの青年”のデータですか。出ましたよ、色々と。ぞろぞろと。本当、人間とはおぞましい。そう言いたくなる程度の内容ではありましたね。」
悪魔の王をもってしてもそう言わざるを得ない情報。
それを俺は手に取り、読む。
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そっか。やっぱりか。』
「えぇ、“何故”気づいたのかは聞かないでおきましょう、内亜。けれど。」
『これで、“預けられる”相手ができてしまった、かぁ。』
書類の束を燃やしながら、僕は呟く。
「‥‥‥‥‥本気でマスターへ伝えないつもりですか。」
『そこは“彼”がうまくやってくれるでしょ。‥‥‥‥寂しいけどさ。』
沈黙が訪れる。
寂しいのは、自分も一緒だとでも言いたげに。
「内亜。」
声をかけられて、振り向いた瞬間にグラスが飛んできた。
『っぶないな、何。』
「‥‥‥‥‥‥‥ここは祝杯をあげておくところでしょう。私が本来であれば独占したかった逸品ですが。」
直後に最古のワインが飛んでくる。
ノワールが、なんだかんだ言いつつ誰にも、一度も出さなかったワインだ。
魔力を帯びるまでに至った最古にして至高の逸品。
深紅をさらに深めたような、僕ら悪魔にふさわしい色をしたワイン。
『へぇ。ま、そうだよね。』
「決して不必要になったから我々は離れるのではありません。分かっていますね。」
『了解してるよ、そこは。‥‥‥ほい。』
そう言いつつ、グラスにワインを注ぎ、ボトルを投げ返す。
「主の為、ただそれだけです。」
『でもさ、“悪魔になっちゃった”俺と違って、ノワール、純粋な悪魔であるお前までそんなに忠義を尽くす必要があるの?』
「‥‥‥‥くだらない質問ですね。」
ノワールは、自らのグラスにワインを注ぐと、ボトルをひょいっと別空間に隠した。
「理由ならありますよ。」
『へぇ、どんな』
グラスに注がれたワインの表面をじっと見つめながら、ノワールは言う。
「私に、こうあることを望んだからです。」
『?』
「今まで私を運よく召喚してきた人間たちの欲望は、醜かった。誰かを殺せとか、苦しませろとか。そう言った望みしか望んでこなかった。当然です。悪魔ですから。私は。」
‥‥‥‥今まで召喚してきた人間、ねぇ。
“一度も召喚されたことのない俺”からしたら、知らない事情だけど。
ちょっとだけ、興味がある。
「飽きてきていたんですよ。だから、もうこれ以上ないほどの、そう。あれ以上望みを聞きたくなくて、見たくなくて、だから、私は私に都合の良い主人を創ろうとした。ふふ、悪魔にあるまじき望みでしょう。貴方の一部は、私の望みを理解した上で嗤うのでしょう。」
『‥‥‥‥そうだね。嘲笑したよ。あの時は。でもそうじゃない、何かを感じたから俺は黙ってた。それにも気づいていたはずだ。お前なら。』
「えぇ。あれは有り難かった。‥‥‥‥‥もう、人間の欲望から目を背けたいと願った私に新しい主ができてしまった。当時、正直恐ろしかったですよ。殺されるならよいものを、このまま解放されたらどうしようか、と。」
『へぇ、お前にも怖いもの、あるんだ。』
「そこは貴方と同じです。内亜。悪魔にだって恐ろしいものはある。“そうあれかし”と望まれた私達は主を持ってその望みを、醜い人間を見せつけられるか、主を持たず、自ら望もうが望むまいが人間を堕落させ、地獄へと誘う。」
確かに、“一部悪魔になった”時にその要項は俺の脳内にもインプットされた。けど、正直すぐに葵に出会ったし、純粋な悪魔じゃない俺にはその声はとても遠かった。
「‥‥‥‥‥‥けれど、マスターは。我らの主は、私に今の役割を命じた。堕落でも、憎しみでも、何でもなく。ただ、協力者として。気恥ずかしいですが、“仲間”として在れ、と命じられたのですよ。」
それは、きっとノワールにとってこれ以上ないほどの救いだったのだろう。
だってもう、彼は人間の醜さに翻弄されなくていい。
“彼自身”が、幸せになっていいと言われたも同義だ。
『悪魔に幸せを命じるとか、とんだ主だよね。本当に。』
「ふふ。そうですね。初めてです。そして、私はこれを最後にしたい。」
『この契約で、ってことだよね。』
「分かっているのに言うからいつも余計なことを言うなと言われるのですよ、内亜。」
『分かってて言うから俺は道化を選んでんの。知ってるなら言うな。』
全く、これだからこいつはやりづらい。
悪魔のくせして人間の醜さに辟易したなんて。
でもそれは、主にする人間をクローネにしたことですぐに分かった、分かってしまった。
悪魔のくせして、こいつは綺麗なものが好きなんだ、って。
「で、いつからにするんです。私はもう正直いつでも出られますが。」
『そうだねぇ、一応念のため、“彼”がふさわしいのか確認してからってとこかな。』
「そうですか。‥‥‥‥‥正直、ここを暫く離れるのは寂しいものですね。」
『仕方ないでしょ、でもちゃんとここ自体は保管しておいてよね。俺たまに飲みに来るから。』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、そうですか。では、一人旅にはしないでおいてくださるんですね、内亜。」
俺は思わずグラスの中の液体を飲み干してから言った。
『そういう意味じゃない‼‼勘違いすんなバーカ‼‼』
「おや、罵倒にしてはいつもより可愛らしい。」
『‥‥‥‥‥はは、俺だって葵と離れたくって離れるもんか。』
魔力を帯びた酒だから、きっと酔いが回ったんだろう。
ノワールも、一息にワインを飲み干して微笑んだ。
「私もそうです。‥‥‥‥‥口喧嘩も、案外悪いものではありませんでしたし。」
『あー!それ!それマジでお前ほんと最悪なんだかんな‼‼毎回毎回こっちが煽られて葵に怒られる身にもなってみろや‼‼』
「ふふ、今までの貴方が羨ましかったので。‥‥‥では、いけませんか?」
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うぐ』
全く、こいつは嫌な奴だ。本当に、嫌な奴だ。
だけど、信用に足る悪魔だ。悪魔に信用もへったくれもあるかって?
はは、いつの聖書だって、制約を破るのは天使の方だ。‥‥‥‥なんで聖書の内容を知ってて読んだような言い方するかって?“読んだことあるから”に決まってんだろ。
あぁ、全く、いらない情報漏らした。だから酒はろくなことがない。旨い事以外に。
「さて、店じまいの準備を始めます。上の階の方への金銭は既にしばらくそこを突きない程度に増やしておきましたし、これで問題ないでしょう。」
『お前の結界があれば近寄るのなんかいないもんな。聖なるものは葵の結界、邪なる者はお前の結界‥‥‥‥‥いや逆か?ま、どっちでもいいけど、両方が近寄れない強固な孤児院なんかここ位なもんだよ、全く。』
「えぇ。ふふ、では暫くの間、さようならですかね、それとも何か他に挨拶があるのでしょうか。」
『ん?あ、そっか。悪魔の契約の対価は魂だもんな。‥‥‥‥またな、でいいんじゃない?』
「そうですか。では内亜。またお会いしましょう。」
『知ってて聞いたんじゃん。‥‥‥‥‥またな、ノワール。』
そう言った瞬間、空間から追い出される気配がした。
さて、わが契約者サマが頑張っているうちに、こちらも頑張りますか、っと。
獅噛は結構この二人の会話気に入ってくれているみたいで、毎回面白い反応をくれます。
さてさて、次話は今日中に投稿できるといいなぁ