表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/246

[二章]口裂け女の都市伝説【解決編】

葵さん視点です。



このご時世、街中に都市伝説と共に神話生物を流した連中がいると聞いたのが一週間ほど前。

とりあえず根元を断とうという内亜の提案により、突き止めた邪教集団のアジトに乗り込んだのが5日ほど前。

そして、既に放たれてしまった神話生物、“ガグ”の殲滅を開始したのが3日前。



内亜に暇だ、つまらないとごねられながら街と繋げられてしまったドリームランドの中を徘徊する『ガグ』を殺して回り、ついでに他の神話生物について話を聞いたり、私が持つ力の制御方法をその世界で練習していたのが今日までの私の行動である。


そこそこ広い街の中、あちこちから湧いてくるような巨大な毛むくじゃらのガグを一匹ずつ倒して回るのはなかなか大変な仕事である。

見つけ出したガグはそれなりに速やかに逃さず殺して回ってはいた。

だが、やつらの『おもちゃ箱』とでも呼べそうな(あの巨体にとって)手ごろな建物に積み上げられた人間の死体は、全てを守れてはいないことを突き付けてくる。

淡々と飽き飽きと戦い続け、討伐した数が30匹を超えた頃、


「もー、ガグ飽きた、斬り甲斐がないから後は葵が討伐してよー」


唐突に内亜がこう言いだした。


『内亜の力でガグの装甲無視して戦ってるんだから、一人だと下手したら倒せないんだけど。』


私はそう言いながら手元の影のような鎌を見る。


「それは言いすぎじゃない?

葵のその純粋な魔力、うまいこと使えば俺がいなくても空ぐらい飛べるだろうし、そこいらの神格の装甲なんか無視して攻撃したり結界張って一般人の視覚の届かないところで討伐とかできるでしょ。要はイメージだよ、いめえじ。」


簡単に言ってくれるものである。


私の力は、内亜曰く【純粋な魔力だから何でもできる】そうだけれど、正直なところ仕組みもうまいこと使うやり方もよく分かってない。

そもそも、私の力について、私自身について解き明かすためにこんなのと一緒に動いてるはずなわけで。


この内亜という相棒についてはあまりに怪しいところが多い。

内亜が翼の形になってくれれば空を自由に飛べるし、思った通りに体が動くし、たまに体を貸して他人との(面倒な)交渉事なんかも任せたりしている。

神話生物や時折人間が召喚してしまった【カミサマ】だって簡単に殺すこともできる。


ただ、そう、あまりにもできることが多いのだ。

こんな風に内亜が暇だなんて言い出すと、勝手に私の影の中から抜け出して街中やら知らない場所をふらつき始める。

たまに人間の子を連れてきてナニカの実験に(詳しくは知ろうとしてないのでわからない)付き合わせてたりして後々面倒なことになることもある。


(私が力をうまく使えれば内亜の放浪に困らされることもなくなるんだろうけど‥‥‥)


内亜と出会い共に在るようになる前、私に人間の一般常識や戦闘方法の基礎を教えてくれた師匠の事を思い出す。


暗褐色の髪と瞳、大柄で引き締まった身体を和服に包んだ厳格そうな男。刀などの扱いについては達人の域を超えているといわれているらしい師匠‥‥‥日本語を話し、古めかしい日本の装いだが、名前はネフィウス・アクアサイトとか名乗っている。彼のことを思うと、あの地獄のような鍛錬の日々が蘇ってくる。


まだ魔力とやらを使いこなせていない私がこの小さな身体で異形たちと戦えているのは彼の教えがあったからだろう。

彼から教わったのは、拳闘、ナイフ、銃器の扱いぐらいだったが、本人はあらゆる武器とそれを用いた武術を使いこなせるらしいと伝え聞いた。

一番長けているのは刀の扱いだと当人から聞いたが、屋敷の中に刀があるところを見たことがないので、正直そんなの嘘っぱちなんじゃないかと思ったりもする。


容赦なく殴られたり、投げ飛ばされたような気がしても、怪我自体はかすり傷程度の物だったりするし、本当に危ないことのときはちゃんと確認を取ってくれていたことを思い出すと、師匠としてはいい師を持ったとも言えなくはない。


ただ、私の魔力についてはネフィウスも専門外だといってほとんど何にも教えてくれなかった。自力でここまで(簡単な結晶を作りだしたり、空中に展開して足場にしたり、地面を蹴る時の推進力の増幅に使ってみたり。)学んではみたが、内亜の力を借りる時の戦力には遠く及ばず、自分自身だけで戦う時用の【秘密兵器】なんかも用意している。


『残党のガグがいた場合、私だけじゃ対処できないかもしれないから自分勝手な行動はやめてほしいんだけど。』


以前、学校が異形空間と化した時の犠牲者となった少年の事を思い出す。

あれ以来、私は何となく、本当に何となくだけれど、なるべく一般人の被害者は出さないようにしていたりする。


(あの時、なんだか後味が悪かったから、ただそれだけだから。)


何となく自分にそう言い聞かせ、影の中から出てきてしまった内亜の方を見る。


「何事も勉強勉強。俺の方で出てきたやつは処理しておくし、葵だって一人で一匹位相手できないとこの先不便だよ?」


ニヤニヤとした笑みを浮かべつつ言う内亜。

認めたくなくても認めざるを得ないこの脆弱で小さな肉体では、小さくても6mはあるガグを相手取るのは骨が折れるどころか下手したら大けがする危険性だってあるのだ。

安全を手放したくない気持ちくらいわかってほしい。

とはいえ、内亜の言うことも一理ある。

この先ガグの数匹に手間取っているようじゃ、この先神格や他の強大な化け物が戦う羽目になったときに対処できやしないだろう。


現実は、RPGとかいうゲームのようにレベルの低い敵から出てきてくれるわけじゃないし、開幕からラスボスが出てきて何にも用意のないこちらは手も足も出ずにお陀仏、なんてこともおかしくないのだ。

ぐるぐる考えているうちに、内亜の意見を飲んだほうがいいような気がして、


『分かった、でもこの空間に閉じ込められるなんて御免だから、ある程度したら帰ってきて。』


そう頷いた。

内亜は満足げにニヤニヤすると(いつもニヤニヤしてるけど)、私の頭を軽く撫でる。


『?』


行動の意味が分からなくて首をかしげると、内亜は首を横に振った。


「何でもない。じゃ、いってくるね~」


そうして影の翼を生やして飛びたつ内亜を見送ってから、ふと先程撫でられた場所に手を触れてみる。


(‥‥‥‥‥暖かい、気がする。)


あくまでニャルラトホテプ、とやらの内亜の手は冷たい死体のそれと同じ温度のはずだが、なんだか胸のあたりがほかほかするような、そんな気がした。


(守護の魔術でもかけていったかな。)


ニャルラトホテプとしての力を持つ彼は、クトゥルフ神話の中に存在する魔術の全てを使えるらしいし、きっとそうなんだろうと納得する。


そして自分は何をしようかと辺りを見回す。

タイミングよくというか、悪くというか。




「ぎゃああああああああああああああああああああああ—————————!!!!!」





絶叫が聞こえた。男性のものだろう。


不自然な悲鳴の途切れ方からして、もう手遅れだろう。

ただ、ガグの残党がいるであろうことは間違いなさそうだ。


『行くか‥‥‥‥‥』


ぽつり、呟いて街中を駆ける。


生き残りを探しながら悲鳴のした方へ駆けていると、細い路地にうずくまる二人の少女を見つけた。

探している個体と遭遇しているかもしれない。そう思って声をかける。


『どっち』


「どっちって、えっと、何が‥‥‥‥」


問いかけの意図が伝わらなかったのか聞き返される。内亜がいればこういう場面で役に立つのに。


『ガグ。』


「外国語‥‥‥‥‥?」


ポカンとした顔でまた聞き返される。

‥‥‥‥‥そうだ。一般人には異形の正式名称が認識できないんだった。

そういう時の対応は内亜がするべきじゃないのか。


『内亜、こう言うことは先に言っといてほしい‥‥‥‥‥‥』


全く。優しくない邪神だ。


『さっきの化け物。退治するからどっちに行ったか教えて』


「退治、?」


一々反応が面倒くさいし、聞いたことが返ってこない。何で内亜はあんなにさらさらと人間と話せるんだ。私の方が人間に近い見た目してると思うのに。


「あっち、でも危険じゃ‥‥‥」


やっと意味のある返事が返ってきたかと思えば今度は幼子を心配するような声音か。毎度のことながらうんざりだ。私は確かにちょっと小さく見えるかもしれない。でもこの子達よりは遥かに戦い慣れているっていうのに。


『それを決めるのはキミじゃない』


『とにかく、私はあれをどうにかする。その間キミたちは隠れていればいい。』


そう言って少女たちに背を向ける。


「ま、待って!」


一体今度は何だ。

そう思って立ち止まり、振り返る。


「お願い、連れていって」


‥‥‥‥‥何を言っているんだろう???

本当に、うん。


『邪魔』


この少女たちは何を見たのだろうか。恐怖で発狂しておかしくなったんだろうか。

じゃなかったらどうしてまたアレと会おうとするんだろうか。


「なら、勝手についていくよ。邪魔にならないようにするから。」


もう既に発狂しているんじゃないだろうか、この少女たち。

ふたりの安全確保のためには止めたほうがいいのだろうけれど、もう会話が面倒くさくなってきた。


『‥‥‥‥勝手にして』


嘆息するように吐き出した言葉を聞いた二人はどうとらえたのだろうか。

さっさとやることを終わらせたくて、少女たちを置いて示された方向へと駆け出す。

‥‥‥‥あぁ、けれど、これだけは言っておかなければならない。


『でも。』


立ち止まって、けれど振り返らずに私は彼女達に告げる。


『戻ってこれなくなるよ。』


これ以上彼女達がこの世ならざる光景を目にしたら、もう精神は正気には戻れないだろう。

もし正気を保てたとしても、異形たちの住まう一線を越えた世界の事は忘れられないだろう。

それに、一応守るつもりではいるけれど、内亜がいないまま荷物を二つ抱えて戦えるかは分からない。


「それって、どういう」


背後からさらに声が聞こえた。けれど、これ以上話していたら、なんだか嫌な事を考えてしまいそうで、振り切るように少女の示した方角へと駆け出す。


空中にプリズム片を展開しながら、少女たちが着いて来れないように、置き去りにするように、私は全速力で駆けた。


そうしてたどり着いた先には、6mサイズのガグが一匹。

あまり大きな個体でなくて助かった。

駆け寄りながら、いつものように影の鎌を出そうとしてここに内亜はいない事を思い出す。

僅かに感じた焦りを気のせいだろうと押し込め、魔力のプリズムをナイフのような形に造り出して、化け物‥‥‥‥“ガグ”の唯一柔らかそうな喉元に斬りかかる。


『足りない、』


威力が足りない。ガグの体勢を崩すこともできない。

鋭さが足りない。ガグの分厚い毛皮によって刃は阻まれる。

内亜の影を使えばそんなことを気にせず戦えるが、今回はそうもいかない。


(あの馬鹿後で〆る。)


そう決心しつつ、空中に生成したプリズム片を足場代わりに跳躍する。先程より強く、鋭く同じ場所めがけて斬る。


今度は手ごたえがあった。


ガグの方は、小さな(認めるのも癪だけど)敵対者にようやく気付き、脅威の排除をすることにしたらしい。

唸り声をあげ、その大きな二本の片腕で私を掴もうとしてくる。


空中にプリズム片を展開することで踏み台にし、振り回された腕をすり抜けつつ、すれ違いざまにガグの喉元を斬り裂き、体勢を崩させる、が


「きゃあああっ!!」


置き去りにしてきたはずの少女の悲鳴が聞こえる。

ガグはピンク色の目を無防備な彼女たちの方へと向ける。

跳び回って捕まらない私より面白そうな方へ興味を示してしまった。

ぼうっと突っ立っている方の子を掴もうとする。


『ッ、』


慌てて無理やり体勢を変えて再展開したプリズム片を蹴って跳び、手の中に自ら飛び込もうとする。


しかし


(まにあわな————)


面倒がらずに言い聞かせていればよかった。今はもう間に合わない悔恨が無意味に頭をよぎる。


目の前で少女が石榴(ザクロ)のように握りつぶされる。


脳が私の意志を無視していつかの学校での少年の最期を再演する。


ガグの攻撃は一度も受けてはいないのに心の臓が痛む。


けれど、その痛みは抑え込んで、ガグの喉元にプリズムを両手で振り下ろす。


ガグの巨体が倒れ込み、動かなくなる。


私はその巨大な死体に背を向ける。


その腕の中のぐちゃぐちゃな何かから目を背ける。


(警告は、した。)


心の中で言い訳をする。

ただ、心がざわめくのを止められない。


(ついてきた二人が悪い、私は守ろうとしたけど内亜がいなくて力が足りなくて守れなくって、?)



守れなくて?



守ろうとし、て?



誰が?



私が?



「今までは見捨ててきたくせに?」



あの少年の声が聞こえた気がした。



『力不足を知りつつ、油断したのは誰?』



私の声が聞こえた気がした。



『今まで見捨てていたものを今度は守ろうとしたのは何故?』



自分に問う。



『どうでもいいと思っていたものを守ろうとしたのは何故?』



問う。



『何故?』







答えが出ない。

理解ができない。

別に他の人間なんかどうでもよくて、


でもどうでもよくない人だって






「その違いは?」






唐突に、声がした。

咄嗟に構えて顔を上げると、そこには“私”がいた。


「何を悩んでるのかは知らないけど、そんなのはどうでもいいことだよ、きっと。」


“私”は嗤う。


「だからほら、人間のことなんか忘れて戦いに明け暮れよう?」


嗤う。


「全部斬り裂いて、邪魔なもの全部なくしちゃおう?」


嗤う、嗤う。


「ねぇ、ほら」


『内亜、ふざけないで。』


そういうと、“私”の姿が歪み、気が付いたら内亜が私の目の前に立っていた。


「あは、なんか面白い顔してたし、葵の心の中なんかお見通しだもん。」


悪びれもせず、そう言ってニヤニヤ嗤う内亜が顔色を変える。


「っ、ごめんって‥‥‥‥」


その視線の先にあるのは、内亜の喉元に突き付けられた鋭いプリズム片。

どこか濁った色をしている気がするがそんなことはどうでもいい。


私は黙って表情を変えずにそのプリズム片を消す。


『雑音は嫌い。』


そう言うと、内亜はホッとしたようにため息をついて私の影の中に消えていった。



少女の事は、生きている方の子は内亜が現世へ帰す。

ただ、思う。

あの子も、もう精神的には正常な状態に戻ることはできないだろうな、と。

一生廃人と化すか、そうでなくとも心の傷を一生背負うことになるか。


『‥‥‥‥‥‥‥‥‥。』


内亜が少女を送り届けている間、少しだけ考える。


(そもそも、人間ってどう接するべきなんだろう。)


知らないことだらけの私、おかしな同行者を連れて、今はとりあえず異形を討伐してまわる旅をしている。

何で始めたかもそういえば忘れているけど、思い出せない。


『私、なんなんだっけ、』


ぽつり、呟く。


『私、どうすればいいんだろう。』


ぽつり、零れたのはそんな言葉。


今自分がどんな表情をしているかも分からない。けれど

なんだか、今日はとても後味が悪かった。

それだけは確かなことだと、そう思い、いつの間にか私の意識は闇の中へと溶けていった。







どこかいびつな彼女。

そんな彼女がこの先どうなっていくのか、見届けていただけたら幸いです。

では今日は‥‥‥もう一個更新しちゃいます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ