[二部一章]初恋、一目惚れ。
二話目です。タイトル通りです。
それから改札(結構古くて、多分車掌さんが切符に穴をあけるタイプの駅だ。)をすたすたと抜けて、彼女は街の方へと向かう。
付いて行くと、車が一台止まっており、人のよさそうな男性が一人その近くにいた。
車の所有者だろうか。僕が軽く会釈をすると、満面の笑みで手を振ってこちらに寄って来る。
「キミたち、この辺りじゃ見ない子達だね。迷子かい?よかったら、車に乗っていくといい。」
僕は思わずたじろぐ。正直人と話すのは苦手な方なんだ。どうしたらいいかと助けを求めるように彼女の方を見ると、こちらをちらりと振り返ってこてんと小首をかしげる。
『あ、あのさ。なんだかこの人が道案内してくれるっていうんだけど‥‥‥どうしよう?』
振り返った彼女にそう問いかけると、簡素な返事が返ってきた。
「どっちでもいいけどいらない。」
彼女はもう既にここの地形を理解しているのだろうか?とりあえず、僕自身は彼女について行くことを既に決めている。
「わ、私はせっかく誘っていただいたので、乗った方が良いと思います!せっかく親切にしてくださったのに、それを無碍にするのも‥‥‥‥」
「親切さんでしょ、分かってる。だからいらないって言った。それでも乗るなら構わないけど?」
そう言って彼女はこちらを見てくる。
僕に決定権をゆだねてくれているのだろうか?
『えっと‥‥‥もし道が分からなくなったらここに戻ってきますよ、‥‥‥‥で、いいかな?』
ついつい彼女に意見を求めてしまう。
彼女は好きにすればとでも言いたげに、くるりと背を向けて歩き始めてしまう。
けれど、僕の言葉を尊重してくれたような気がして、なんだか嬉しくなって心なしか弾んだ足で彼女に付いて行く。
「あ、ま、待ってください!」
なぜか車掌室で出会った女性が追いかけてくるが不思議だ。
『ん?キミはさっきの人に車に乗せてもらうんじゃないの?』
「い、いえ、貴方について行きます!」
胸元で手をぎゅっと握りしめて、懇願するような目で僕を見てくる。
何だかおかしな気分になりかけたけれど、僕には関係のないことだ。
とりあえず彼女の後を追いかけないと。
『あ、そう?じゃあ好きにしたらいいんじゃないかな?』
とりあえず曖昧に微笑んでから彼女の後を追う。
「あ、はい‥‥‥‥」
女性は少し落ち込んだような様子で後をついてくる。
何なんだろう。一体。
『ねぇ、君、ここからどこに向かうか教えてくれないかな。そうしたら少しだけホッとできるんだけど‥‥‥‥‥ダメかな?』
少しドキドキしながら、彼女へ声をかける。
彼女はこちらを一瞥すると、歩みを遅めることなく答えてくれる。
「山。はぐれない方がいいと思うけど。‥‥‥‥‥‥ついてくるなら。」
ほんの少しだけ。ほんの少しだけだけれど、彼女の心遣いを感じて、つい頬が緩む。
「‥‥‥‥‥‥なんでそんなだらしない顔してるの。普通こんなところ来たら怖がるでしょ。」
驚きすぎて、一瞬反応が遅れた。
まさか彼女の方から話を振ってきてくれるだなんて。
『そ、そんなことないと思うな。‥‥‥まぁ、怖いには怖いけれど、君がいるからかな?そんなに怖くないや。』
一瞬前にだらしがないと言われたばっかりなのに、また頬が緩んでしまう。
どうしてだろうか。彼女の声は非常に心地良い。それに、心配してくれていることがこれ以上ないくらいに嬉しい。
「‥‥‥‥‥‥そう。なら精々離れないことね。」
そっけないように見えるけれど、少し早めだった歩調を少し遅く、僕の歩調に合わせてくれたのを感じる。
それに気づいただけで、僕の頬は緩みっぱなしになってしまう。
「‥‥‥‥‥ねぇ、何でこの人間あんな顔してついてくるの?‥‥‥?よく分からないこと言わないで。」
『?何か言った?』
「‥‥‥‥‥‥‥独り言よ」
何かを話していたような気がするけれど、彼女が独り言と言うならきっとそうなんだろう。
僕は彼女の後を遅れないようについて行く。
そしてしばらく歩くと、山の裾へと到着した。
どことなく不穏な空気の漂う山だ。
『ここ、登るの?』
ついそう問いかけると、文句ある?というような顔をされたので黙っておく。
「‥‥‥‥‥‥途中、きっと足元危ないから。」
そっけない言葉だけれど、きっと、気を付けるようにとの彼女からの注意勧告なんだろう。
『ん。ありがとう、心配してくれて。』
「してない」
感謝の言葉を述べると食い気味に否定されたけれど、そういうことはつまり気遣ってくれたということで。
『ふふ』
つい、笑みが零れる。
彼女の雰囲気が不機嫌そうになったので必死にこらえるけれど、どうしても、どうしてか彼女の声は僕の心を温かくする。
彼女の役に立つなら割と何でもできそうなくらいに、どうやら僕は彼女に惹かれてしまっているらしい。
『ん?』
「‥‥‥‥‥‥何」
『あ、い、いや、何でもない。』
今僕は何を想った?
彼女に僕が惹かれている、って、まるで僕が彼女に一目ぼれしたみたいじゃ‥‥‥‥
そこまで考えて、顔が真っ赤に染まるのを感じる。
それと同時に納得した。
あぁ、これが一目惚れか。
自覚して、余計に気恥ずかしくなる。
男として、一目惚れした彼女の前で格好の悪いことはしたくない。
したくないんだけど。
『わ、わわわっ』
気づかないうちにあった木の根に躓いて転ぶ。
彼女の事しか考えていなかったからだろうけれど、これではあまりにも格好がつかない。
怪我の様子を確認すると、手の平を少しすりむいているようだ。
いつの間にか森の大分奥の方まで来てしまったようで、月明かりがぎりぎり届くかどうかで足元が見づらい。
「大丈夫ですか?!あぁ!お怪我を‥‥‥その、手当を」
「手当ならすぐできる。放っておいて。」
そう言えば忘れかけていた女性が駆け寄ってくるが、それを押しのけて彼女がその小さな手で僕の傷に触れる。
小さくて、暖かくて、やわらかで、華奢で‥‥‥‥‥って、そんなことを考えている場合じゃなかった。
『だ、大丈夫だよ、ありがとう。』
「‥‥‥小さな傷でも手当てしておかないといけないのは分かってるから。」
そう言って、優しくどこからともなく取り出した二枚のハンカチで僕の傷を覆ってくれる。
『‥‥‥‥、あり、がとう。』
あぁ、これが夜で、しかも月明かりで見えにくくてよかった。
だって、きっと僕の顔は林檎のように。そう、小説でよく描写されるように真っ赤だろうから。
人によっては一目惚れって色々あるみたいですけど、水紫は信じるけどしない派の人間です。
どちらかというとじっくり好きになるタイプ。
でもちょっと憧れます。一目惚れ。