[六章]私が私である為に。【Ⅸ話】
9話目です。
「、おい、‥‥‥‥ぁおい、逃げて、」
血反吐を吐きながらなおも私をかばおうとする内亜。
『でも、でもあれ、わたし、』
「キミは、ここでしょ‥‥‥‥‥」
呼吸するのすら辛そうなのに、内亜は私に言葉をくれる。
なのに。なのに。
身体が、動かない。
「大丈夫、わたし。何も感じなくっていいって、■が言ってた。」
そう語りかけてくる“わたし”。
『、内亜になんで、』
「?“それ”は救いでしょう。そう■が言っていたもの。」
“わたし”は、不思議そうに首をかしげる。
『こんなものが、こんなものが救いなわけないでしょう‼‼』
私は叫んだ。
分かっている。意味などないと
分かっている。
これは、今までの私がしてきたことと“一緒”だ。
でも。でも。
『もう、違う、こんなの、違う』
「大丈夫、■が言ってる。“わたし”は、カンジョウなんていう不必要な物を持ってしまった不良品なんだよね。でも大丈夫、全部、私がきれいにしてあげるから。」
『違う、やっと違うって分かった、なのになんで』
「‥‥‥‥‥どうしてそんな顔をするの?“神創存在、No.3”。」
‥‥‥‥‥‥‥声が出なくなった。
その“名称”で呼ばれてしまっては、動けない。
身体に刻み込まれた記憶が、動くことを許さない。
「どうして?■は答えてくれないの。回収しろっていうだけなの。回収って、どうすればいいの?」
ぺた、ぺた、と。素足で“わたし”、いや。“4番目”が歩み寄ってくる。
『‥‥‥‥‥‥‥、』
こえが、でない。
いきが、できない。
私は、わたし、は‥‥‥‥‥‥
「んの馬鹿‥‥‥‥‥」
『え、』
背中に負った傷は致命傷のはずで
今一番動いちゃいけないはずで
でも、それでも
「そんなに泣かれたら、動かないとでしょ、っと。」
ふらり、と。
足元も覚束ない状態で、内亜が立ち上がって私をかばうように腕を広げた。
「あー、葵のそっくりさん?悪いけど、去ってくんないかな。」
「‥‥‥‥‥‥、?なんでうごくの?救ってあげたのに」
「あぁ、これ救いなの。いやさ、求めてない、から。」
じんわりと、傷口から血が滲みだす。
無理に、動いている証拠だ。
『うち、あ、だめ、うごいちゃ、』
「なら、動きなよ、葵。‥‥‥‥まぁ、さ、たまには、こうやって、恰好、つけさせて?」
あはは、と笑う口から血液が零れてゆく。
『うち』
ドス、と、重たい音がした。
「っっっ、ぐ、ほんっと、ようしゃ、ない‥‥‥‥」
内亜の腹のあたりから、プリズム片が見える。
『や、やだ、やだやだやだ、や、やめて、やめて‼‼』
悪魔とニャルラトホテプである内亜の体力なんか知らない。けれど、決して多くはないはずで。
今の追撃も、影になれば貫通していたわけで。
つまり、それを今、内亜は“しなかった”わけで、
どうして?
当然だ。私は知っている。この契約者の優しさを。
だって、きっと“わたし”は知っている。今の攻撃は、私を狙ったもので
それを、内亜が守った、訳で
「あー、ごーめん、ちょ、っと、限界、ちかい、からさ」
『喋らないで、影に戻って、お願い、』
「葵。」
『‥‥‥‥‥‥‥内亜?』
「葵。だい、じょぶ。葵なら、大、丈夫、だから。」
こぽり、と、血の塊を吐き出す内亜。
「まけんな、あおい」
そう、内亜は言った。
「もういい?もう一回救っておいてあげようかな‥‥‥‥」
“わたし”が悩み、プリズム片を再度造り出す。
けれど、その間に私は内亜を影の空間の中に押し込んだ。
「?あ、やっと戻る気になったの?ねぇ、回収の方法分からないからおしえ—————?」
“わたし”がくりと膝をつく。
「あ、れ?」
見上げると、私。
ナイフ状にしたジェミニの先から赤い雫が零れる。
「これは、どういうこと‥‥‥‥?」
私は、深呼吸をしてから言った。
『今から、“お前”を殺す。』
「ころ‥‥‥‥‥?だめだよ、すくわないと、いけないから、」
『“お前”は、私じゃない。私は、私。天音 葵。』
ジェミニを持つ手が震えそうになる。けれど。負けるなって内亜は言った。
「あまね‥‥‥‥?なぁに、それ?」
だから、私は選んだ。
私じゃない“わたし”は、殺さないといけない。
これ以上、“救い”とやらをさせちゃいけない。
これ以上
『内亜を、みんなを。傷つけさせない。』
「なに、いうの?どうしたの?わたし、どうして?」
『‥‥‥‥‥‥なんでだろうね。分かるんだ。私にも。』
「え、?」
口元から深紅の血液を零しながら、心底不思議そうに“わたし”が見上げてくる。
『きっと、神様とかの仕業なのかもね。君の、私としての力を手に入れる方法、分かるんだ。』
「なに、するの?ねぇ、はやく、もどって」
『戻らない。いなくなるのは、君だ。』
何故か、やり方が脳裏に浮かぶ。
彼女が、“わたし”が言っていた、■、きっとそれは神、で。
“これは、どちらが優れているかテストしている”だけだって。
分かってしまう。
神々にとってはきっとどちらでも構わないのだろう。
けれど、そんなの許さない。言うことなんか聞いてやるもんか。
『君を、今から殺す。そして、君を“助ける”。きっと、私の一部は君に持っていかれるだろうね。だって本来君の方が優秀なんだから。』
「なんで、何で■はなにもいわないの?なんで、どうして?」
『私達の事なんか、おもちゃ程度にしか思っていないからだよ。』
「おも、ちゃ?なぁに、それ」
『あとでちゃんと教えてあげる。だから今は、』
私はジェミニを銃の形にして、“わたし”の眉間に突き付ける。
「きれい、ね、これ。」
“わたし”は、無邪気に微笑んだ。
初めてみせた感情らしい感情。
これからするのは、私と“わたし”を混ぜて二つ、別の生命体にすること。
神様は、一つの完全な生命を創ろうとしたみたいだけれど、そうはなってやらない。
『そう、ありがとう。次起きる時、どうなっているかは知らないけれど。』
私は少し考えてから、私に微笑む。
『おやすみ。じゃあ、これから“よろしく”。』
ジェミニの弾に込めたのは、ただの魔力。
そして、私の長い、長い旅路で得た一部。
きっと、私の方が欠けてしまうかもしれない。
力はきっと互角になるだろう。けれど、感情はほとんど残らないかもしれない。
けれど、記憶はあげない。
私はそっとジェミニの引き金を引く。
ゆっくりと、倒れる“わたし”。
あぁ、今思えば。
あの時、身体が勝手に動いたのは、神様とやらが私たちに与えた防衛機構の一種だったんだろう。
だったら。二つの生命にするにあたって触媒にさせてもらおうじゃないか。
意識を失う“わたし”を見て、自分自身の意識もかすんできた。
けれど、最後にやることがある。
言ってやることがある。
『神様なんて、クソ喰らえだ。私は、私、天音 葵。この世界に、この世に一人しかいない私。あぁ、神様。どうせ見ているんでしょう。だったら言ってやる。』
『いつかお前たちに復讐する。笑顔で。絶対に、ね。』
あぁ、そう言えばみんなに心配かけるなぁ、なんて思ったりしながら。
私は、薄れゆく意識をそのまま手放した。