[六章]私が私である為に。【Ⅷ話】
8話目です。
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わたしの“一部”は、力を貸すと、たくさんの人間を集めた。
集めてどうするの?と聞くと、しもべにする、と言われた。
しもべとは何だろうか。
そう思っていると、■が、つきしたがうものだと教えてくれた。
それをたくさん集めてどうするのだろうか。
けれどそれは私には関係のないことだ。
■が言うに、もうすぐ“わたし”が来るって。
“わたし”が来たら、私は完璧になるんだって。
完璧になったら一番すごい存在になるんだって。
そうしたら、そうしたら、どうするんだろう。
まぁ、■の言うことだからきっといいことに違いない。
ならば私は■の言う通りに進むだけ。
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あれからしばらくして、それぞれ準備をしてから件の湖に向かうことになった。
とりあえず、若狭はアース・プラネットに地上で生活する許可を得るために飛んで行って。
未希ねぇは
「私戦闘役に立たないから待ってるね」
とのこと。
ノワールは来たそうにしていたけれど、バーの方が回らなくなるので置いていくことにした。
「そんなご無体な‼‼私めにも役割を‼」
なんて懇願されたけれど邪魔になる可能性の方が高いので置いていく。
それに、もし万が一のことがあった場合の転移者がいないと困るし。
そう言い含めるとなぜか今度は感涙していたけれどあれは放置してよさそうだ。
と、言うわけで
『同行者は内亜とネフィーなのでしたー。』
「葵、なんで独り言??」
『まぁそこは気にしない方向で。』
ふぅん?と影からひょこッと出した頭をひっこめながら内亜が聞いてくるが気にしない気にしない。
「だいぶ感情面が育ったようで何よりだ。やはり葵には笑顔が似合う。」
しれっとかっこいいことを言ってくれる師匠であるネフィー。
今日は初めて帯刀しているところを見るに、ネフィーも本気なんだろう。
「腰を抜かすなよ。」
そう言われては実力があらわになるのも楽しみで仕方がないというもの。
私は内心ワクワクしながら湖へと向かう。
しかし、何でだろうか。不安がぬぐえない。
誰かもう一人連れてくればいいのにとか、そういう次元じゃない。
なんだか、“わたし”が消えてしまいそうな。そんな、そう。そんな気がする。
感情豊かに話せるようになった。
みんなで笑い合えるようになった。
護れるものは守る。って言いきれるようになった。
けれど。
それら全てが消えてしまいそうな。そんな気がする。
「葵。どうしたのさ、そんなに不安がって。」
その感情が内亜に伝わったのか、ネフィーに聞こえないよう、頭の中で心配そうな声がかけられる。
『‥‥‥‥‥‥もしも、だよ。もしも、私が、初めて出会ったときのように感情のない機械のような存在に戻ったら、内亜はどうする?』
ネフィーには聞こえないように。そう頭の中で内亜に問いかける。
「勿論、今と変わらず契約者でいるよ。」
『‥‥‥‥‥私が私でなくなっても?』
「大丈夫。もし万が一そうなったとしても、元に戻す方法、考えてあげる。ちゃんとまた、笑えるようにしてあげる。だって、葵の笑顔はすごく可愛いからね。きっとその時にはその時の出会いがあるさ。」
『‥‥‥‥‥‥変な内亜。』
「あくまでニャルラトホテプの俺に変って言葉は誉め言葉って知ってる?」
『‥‥‥‥‥そうだね。よし、頑張ろうか。』
「うんうん。大丈夫、そうならないように頑張るし、そうなっても味方はいなくならない。忘れないで。」
『分かった。‥‥‥‥‥ありがとう、内亜。ここまで付き合ってくれて。』
いつものひねた言い回しではなく、真っすぐに言葉をかけてくれる内亜。
きっと、彼が一緒なら何でも大丈夫な気がする。
そう思いつつ、足は湖へ。
決戦の時が近づいているような気がする。けれど、きっとどんな結果になっても大丈夫。
そう思い、森を進む。
道が開けたそこには、あの美しい湖の面影はどこにもなかった。
真っ赤なワインのような色の湖。
溢れ出る亡者のような人々。
間違いない。
『内亜、戦闘態勢。』
「あいさー」
「葵、俺は本体を狙う。亡者たちは‥‥‥‥お前の領分だろう。任せる。」
師匠であるネフィーに戦闘面で任されるのは初めての事で、ついつい頬が緩みそうになる。
けれど、それもすぐに引き締めて。
『多分今回の敵はグラーキ。クトゥルフ神話の神様。けれどそこそこやりやすいはずだよ。棘にだけは絶対触れちゃダメ。亡者の仲間入りだからね。』
「問題ない。すべて斬る。」
『———————わぁお。』
本当にそんなこと言える人いるんだ。
けれどネフィーならきっと大丈夫。
『じゃあ、神様引っ張り出すよ!』
そう言って私は、馬鹿でかいプリズム片を精製して(力加減無しだからね。)、湖の中央へとぶち込んだ。
ワインのような、血のような湖の水が降ってくる。
けれど内亜がすべて弾くようにマントを作ってくれているし、ネフィーに至っては何故か濡れていない。
いや本当に何で?
「葵葵、ギリ見えたけどあれ全部斬って弾いてる。」
『え、化け物ってネフィーの事じゃないの?』
「うーん、ぎりぎり違うかな?」
領地である湖に急に攻撃されたグラーキの姿が、水が打ちあがり、干上がりかけたことで露になる。
巨大なウニのような図体に、三本の触手のような目。
それを確認した瞬間、ネフィーの姿が消えた。
『え。』
キィン、という金属の音が聞こえた気がする。
瞬間、グラーキが大量の血を吹き出した。真横に切られたかのように、グラーキの身体が“ずれた”。
『わ、わ、街の人たち‼‼‼‼』
咄嗟にプリズム片やら影やらで亡者と化してしまった人たちを保護して、ひとくくりにまとめる。
「む?一太刀で終わったか。」
そしていつの間にか隣でその作業を見守っているネフィー。
「葵、見えたぁ?」
『無理。』
「だぁよねぇ、ほんとこわぁ」
「あの太刀筋が見えなかったか、まぁ仕方がない。とりあえず、この亡者と化した者たちをわが屋敷の方に連れて行けばお前の姉が何とかしてくれるのだな。」
『え、うん。』
「では後処理は任せる。あれでも死んでいないのだろう、神とやらは。」
『う、うん。そうだね。』
あっけにとられたまま頷くと、ネフィーはそのまま亡者と化した人々を連れて屋敷の方へ向かった。
「では、また後でな。」
『うん、また後で。』
そう言ってネフィーと別れ、私はグラーキの身体を確認する為に湖に近寄る。
「葵!」
鋭い声と共に、急に突き飛ばされて私は驚く。
『内亜?!』
突き飛ばされた瞬間、内亜が影から飛び出てきたのを見た気がする。
咄嗟に振り返ると、そこには
「もー、最後まで油断禁物なんだから、ね。」
血を吐いて倒れる内亜の姿と
「‥‥‥‥‥‥みつけた、わたし。」
純白の髪に深紅の瞳。
返り血で真っ白なワンピースは真っ赤に染まったドレスのよう。
無感情なその表情、そして、手に握られた“プリズム片”。
『ぇ、あ‥‥‥‥‥‥‥?』
そのまま近寄ってくる“わたし”。
背中が血まみれになってもたれかかってきている内亜の“重たい”身体。
私は、何もできずに“わたし”を見上げていた。
一気に一部終了まで駆け抜けます。あとがきは最後にとっときますね