[六章]私が私である為に。【Ⅶ話】
7話目です。今回の章も長くなりそう
「さて、では始めようではないか、若狭とやら。」
「いい度胸をしているじゃないか、ネフィウス。こちらの準備もすでに終わっているぞ。」
というわけでどうあがこうが試合が始まってしまいそうです誰か助けて。
そう思いつつ、なんだかんだで師匠二人の実力が気になってしまう。
けれど、結果は案外早く、そして意外なものだった。
「では~未希ねぇこと私天音 未希が、お師匠様のうちどっちが強いか対決の司会者兼レフェリーを務めさせていっただきまーす。それじゃぁ二人とも見合って~、はい、どぞ~」
勝手に名乗りを上げて勝手にレフェリーを始めた未希ねぇは後でとっちめるとして。
師匠二人は、試合が始まっても全く動かなかった。
いや、多分だけれど“動けなかった”。
達人同士、動けば相手に何かしらの情報を与えてしまうし、隙もできてしまう。
人間の領域を超えた争いであればなおの事。
二人は一ミリたりとも動かず、両者にらみ合うだけとなった。
(暇だなぁ。)
そう思いながら、怒涛の流れでここまで来た経緯を振り返る。
初めはネフィーに再度師事を仰いで自らの力の制御方法を探し、寿命が短くなってしまわないように気を付ける事。
そのためにネフィーを呼んだけれど、途中で結局舟を見つけ、落ちてしまう瞬間に若狭が現れて、昔の事を思い出し、みんなと共有することができた。
自分が何者か。それ自体に“答えがない”事は分かった。だから、だったら私は私の精神で頑張ろう。
そう思っていると、ネフィーとの練習中の会話が頭をよぎった。
「ふむ、家には今女中というか半ば押しかけで従者が一人いるが、特に心配はいらない。ノワールに話をしてすぐに連絡を取ったからな。それよりも、なんだか山の方が騒がしいようだった。なんでも、湖に化け物と妖精が出るんだと。どちらも正直確信のない話だが心の内にはとどめておかないとな、と思ってな。」
正直気になった。
湖に現れる妖精と化け物。どちらも同じものなのか、違う物なのか。
さて、どうしたものかと考えて、思い至った。
(湖に現れる化け物って、外見確認してないけれど、可能性としてはグラーキ、‥‥‥‥いやまさか。)
そう思いつつ、不安がぬぐえない。私のこういう時の嫌な予感は非ッ常に当たりやすい。
それになんでだろうか。その湖に私はいかなければならないような気がする。
なんでだろう。本当に、行きたくないのだけれど。
そう思いつつ、山の光景を思い出す。
澄んだ空気に、きれいに輝く水面。その中に潜む邪悪な巨体、?
‥‥‥‥‥‥‥何故、今記憶の光景にグラーキの姿があったのだろうか。
私は過去に湖に行ったときにはそんなものは存在しなかった。というか存在していたらきっとネフィーが退治してしまったことだろう。
グラーキはその棘に触れたものを従者 (ゾンビみたいなもの)に変え、着々と従者を増やしてゆくと聞く。
まさかだけれど。本当に、本当にまさかだけれど。
本当に、グラーキが湖にいたとしたら?
そう思い、なんとなく湖の方へ意識を向けてみる。
『?!??!?!』
激しい頭痛と苦悶の感情。
たまらずその場にしゃがみ込む。
「葵ちゃん?!」
未希ねぇの声が聞こえると同時に、師匠二人の気配が一瞬でこちらに近寄る。素早すぎないか、二人とも。
しかし、その思いを声にすることもできない。
苦しい、息ができない。
呼吸をしようとすると、ありとあらゆる器官が拒否をする。
まるで溺れでもしたかのように。
(何、何々何々これ、な、に、)
段々と意識が薄れてゆく。
みんなが私を呼ぶ声が聞こえる。けれど、その声にこたえる余裕がない。
『た、すけ‥‥‥‥』
その苦しみが私の物なのか、他の誰かの物なのか分からない。
けれども湖に行かなければならない、行かないとこのまま‥‥‥‥なぜか浮かんでくるのはそんな確信ばかりで。
「葵‼‼‼‼」
内亜の声がして、途端に呼吸が楽になる。
『、いまのは』
内亜が心配そうに私をのぞき込む。
苦しいという感覚はなくなったけれど、何でだろうか、身体がとても冷たく感じる。
「葵、何かに共鳴してでもいるみたいだった。なんだったの。どうしたの?」
『———————————、』
説明しようとしたのに声が出ない。
怖い。
その感情だけが私を支配する。
「葵、どうした‥‥‥‥‥‥ネフィウス、貴殿の住居は現在このバーがつながっている空間にあったはずだな。」
若狭の声がする。
同意するネフィウスとノワールの声。
「何かは分からないが。“なにか”が、葵と感覚を共有している。恐らく、その存在に葵が気を向けたことで共鳴したのだろう。‥‥‥‥内亜、何かわかるか。」
「わっかんない~、けっどこれきっついねぇ。」
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。
『内亜、まさかとは思うけれど私の感覚共有したでしょ!?馬鹿、今すぐやめて!』
あははと力なく笑う内亜。
その表情の裏にどれだけの苦痛が隠されているか、さっき経験した私にはわかっている。
だから。
『馬鹿‼‼‼‼』
思いっきり内亜の横っ面を叩いた。
「痛ッ?!??!?!、葵、ちょ、」
一気に先程の苦痛が返ってくる。
けれど、内亜に背負わせるくらいなら自分が背負っていたほうがマシだ。
「はいはーい、ちょっとどいてね。」
静かな未希ねぇの声がした。
男性陣を押しのけて私に触れた未希ねぇは、静かに言った。
「葵ちゃん。一瞬めっちゃくちゃ痛いから覚悟してね」
そして何か布を嚙まされる。
何かを問う前に、全身に激痛が走った。
軽い痛みどころではない。先程の苦しみどころではない。
体中の全てが悲鳴を上げて、耐えられずに私はじたばたと足掻く。
「大人しくして。時期に収まるから。」
そのあがきを制限され、永遠にも思えるような時間が経った後。
急に痛みが消えた。
「よし、これでおーけー。‥‥‥‥ごめんね、痛かったよね。」
未希ねぇにぎゅっと抱きしめられる。
訳が分からず困惑する私に、ノワールの声が聞こえた。
「降霊術の一種ですか。その一個人が受ける痛みをほかの物質に宿す。簡単なことではないはずですが?」
未希ねぇはひらひらと私のプリズム片に似た、いや。
『それ、鍛錬中の‥‥‥‥』
そう。模倣してみた際に出力を間違えたプリズム片を未希ねぇが持っている。
「じゃじゃーん、葵ちゃんの痛みを葵ちゃんが受けるようにするのであればたやすいことなのです。というわけで、勝手に借りちゃった。ごめんね?」
てへ、と舌を出していたずらっ子のように微笑んで見せる未希ねぇ。
「‥‥‥‥えぇ、そんなのありぃ?」
私の気持ちは内亜が代弁してくれた。
未希ねぇの得意分野は治療系統の術式です。
というかそういう力しかないまである。