[六章]私が私である為に。【Ⅱ話】
二話目です
ついつい浮かれてしまった。
ネフィーと久しぶりに会ったものだから、だいぶこれまでの話に花が咲き、本題に入るまでに大分時間がかかってしまったのだ。
『‥‥‥‥‥で、まぁそういう事情で私の身体が耐えられるのがあと数か月なんだって。』
今は丁度一通りの冒険の話や私の身体に起きたことをネフィーに報告したところ。
けれど、一つだけ。
一つだけ、誰にも言えなかった事がある。
アメリカでの教団を潰した時の戦闘の時のあの感覚。
あれだけは何故か話したくなくて、何も言えないでいた。
「ふむ、そろそろその話をしに訪れてくるころだろうとは思っていたが、この歓迎のされ方は想定外だったな。」
『え、ネフィー、私の身体の事、知ってたの?』
驚愕しつつも問うと、ネフィーは頷いた。
「そりゃ、葵。体や魔術がどうなっているのか分からない相手に武術なぞ教えられるものか。伊達に仙人なんて呼ばれてはいない。」
あっけらかんとした口調に、驚きが隠せない。
すると内亜が、少々鋭い目つきでネフィーを睨みつけた。
「じゃー、なに、葵の身体のこと知ってて何もしなかったわけ。」
『内亜!』
「だってそうでしょ、なんかその口ぶり気に入らないんだよねぇ。愛弟子がこうなることをわかっていたうえで放置してたんでしょ。なぁんか腹立つなぁ」
内亜の言葉を止めようと口を開きかけた時、ネフィウスが言った。
「良い、葵。事実だからな。しかしまぁ、当時は‥‥‥そうだな、貴様内亜と言ったか。貴様が葵と出会った時の葵に感情というものは見受けられなかっただろう。そして、放っておけなかっただろう。」
ぴしりと内亜が固まった。
「体の事を考えると、いや、精神面でも当時の葵は幼く、危なっかしすぎた。
その当時に今のように感情豊かな状態に育っていたら貴様はどうなっていたと思う。」
「う‥‥‥‥‥、騙されて何かに利用されて絶望という強い感情の元精神が崩壊するか、良くて誰かに飼われるか‥‥‥‥‥」
「だからこそ、精神を強く保つためにあえて感情面の教育はしなかった。戦闘面、それに、他者との取引や駆け引きについてのみ教えたのはそのせいだ。」
言われてみれば確かに、ネフィーに何も教えられていなければ、その辺の良くない人間や人外、誰にとっても私は良いカモだっただろう。
『でも、じゃあ私から質問。なんであの期間だったの?』
「‥‥‥‥そこに触れるか‥‥‥‥」
なんだか視線を逸らされた。
「別に、構わなかった。あれ以上屋敷にいたのであれば、確かに私はしかるべき手順を以てお前の安定を図っただろうが、こう、な。」
「あ、情が沸いちゃってどうにもこうにも手放せなくなっちゃいそうだったから?」
「分かるなら言うな。‥‥‥‥幼子というものはいつの時代でも庇護欲が溢れる要因になるであろう。」
成程、つまり私の事が嫌いになったんじゃなくて、逆に好きになりすぎそうだったからその前に手放した、もっと深く言えば、外の世界を知る手段を自分で持たせたかった、のかな。
『ありがとうね、ネフィー。世界を知る機会をくれて。』
「れ、礼は良い。とにかく元気そうでよかった。俺からはそれだけだ。」
(あ、ネフィーの顔赤くなった)
「とにかく、だ。此度は葵の精神面を主に鍛えるつもりでいるのだが‥‥‥‥俺を呼んだということは覚悟はいいな?」
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?』
「とぼけた顔をするな。精神面での教育をしなかったのは当時のお前が耐えられない可能性があったからだということも忘れるな。」
『うん?』
当時の地獄のようなネフィーの特訓の内容を思い出す。
あれ以上‥‥‥‥‥‥‥?
「であれば久々に手合わせと行こう。どこか修練場のような場所はあるか。ノワール。」
「えぇ、ございますとも。」
『え、待ってネフィ―もう今から』
「文句があるのか?」
『‥‥‥‥‥‥‥ないです‥‥‥‥‥』
「よろしい。であればさっさと行くぞ。」
久々に、絶望という感情を覚えながら私はネフィーについて行くことになった。
そして数時間後。
「なんだ、ここ数百年でこの程度か。」
『う、ぐぅ‥‥‥‥』
私は地面に突っ伏していた。正直指一本動かせない。
「全く。であれば根本から叩きなおす必要がありそうだな。葵、明日から昔の練習メニューの十倍こなしてから俺との修練に臨め。良いな。」
『ぇ‥‥‥‥‥』
「良いな。」
『あぃ‥‥‥‥‥‥』
「返事が悪い。」
『はいっ、‼‼‼』
あ、やばい今の返事でどっかやられたかもしれない。
そう思うくらいにはハードな手合わせだった。
簡単に言えば、ネフィーは刀も何もなしの素手、私はジェミニもなんでもありの戦闘。ただし私だけ。
その結果惨敗。いや、惨敗というにはあまりにも生ぬるい。
死角から攻め入ればこちらを見ずに回避されて何ならその力を利用して投げ飛ばされ、正面切って突破しようとすれば魔術の強化があってもひょいっと躱され投げられて。
姑息な手を使ってみれば予想してましたとばかりにそれを逆に利用されて気配が感知できずに投げられた。
体中のあちこちが激痛でしばらく動けそうにもない。
「それから、葵」
『んぅ』
「負けた本数覚えているだろう。その分修練追加だ。良いな。“今から”だ。」
『え"』
「文句があるならもう一度かかってくるか?」
『ナイデス』
「ならば良し。お前は内に内包する力の使い方があべこべなのだ。だからそこを突かれる。
バランス良く使うといい。それに、そうだな。キラキラとした欠片、あれは魔術の元だろう。それに小細工を仕掛けるならば、一つの欠片につき一つにするとよい。そうすれば強度も精度も現在などよりも段違いに上がるだろうよ。」
『りょうかい、ししょー‥‥‥‥‥』
あ、まずい、気を失いそう。
「今気を失ったらさらに追加メニューな。」
『ぴぇ、』
つい悲鳴のような声が漏れる。
なんというか、内亜やノワールの目の前でこんな無様にやられている自分が恥ずかしい。
しかし、届かないものは届かないもので。
「あ、葵との鍛錬で少々体が温まってきた。内亜、ノワール。貴様ら二人とも同時にかかってくるよ良い。葵の従者ならば簡単であろう?」
犠牲者が増えたなぁ、と思う。
ノワールは逃げようとしていたらしいところをいつの間にか首根っこをひっつかまれて、内亜は影で逃げようとしたのをどうやってか引きずり出されて修練場の真ん中に連れていかれた。
(というか本気でどうやって内亜を影の中から引きずり出したのか知りたい。)
私は疲れた体を何とか酷使して自己修練に励んでいる、が、その横で悲鳴が上がっている気がするのは気のせいじゃなさそうだ。
(というか私の時よりひどくない?)
そう思いつつ、自己修練に明け暮れる。
しかし、一人になったことでとある事が記憶としてよみがえる。
「‥‥‥‥‥」
あの時の、機械的な声が自らの喉を、口を使って排出される感覚。
身体が勝手に最適解であろう行動を取り、確実に“全員”殺したこと。
そんな記憶が頭の中でずっとぐるぐる回る。
(たしか、あの時はこうやって魔力を練っ手‥‥‥‥)
まっすぐ、ネフィーにも言われたことだけれど。
真っすぐに、壁に据え付けられた的を撃ち抜く。それ以外の雑念を排除してプリズム片を造り、撃つ。
轟音がした。
「葵?!」
ネフィーの慌てた声が耳に届く。
それと同時に彼らの修練は一時停止したようだ。
『‥‥‥‥‥』
私はその声にこたえられず、壁に“あった”筈の的を見る。
壁が、崩壊していた。
『‥‥‥‥‥‥、』
呆然としながら私はその壁を見つめる。
今までにない出力、しかも、これだけのものを破壊しておいてプリズム片は傷一つついていない。
どうやら、あの動き自体は正解のようだ。
けれどこれではあまりにも
「葵、どうし‥‥‥‥‥これは。」
近くに来たネフィーがプリズム片を調べた後、私の方を見て言った。
「‥‥‥‥‥“どうやって”学んだ。」
答えたく、無かった。
自分じゃない自分がやりました、だなんて。
だから、黙っていた。
「‥‥‥‥‥葵。」
すると急に、頭をわしゃわしゃっと乱暴に撫でられた。
「後で、少し話をさせてもらう。“二人で”だ。いいか?」
確定じゃなくて、質問。
その言葉に隠された心遣いに、私は無言でうなずいた。
さてさて、がんばって執筆してはいますがどうあがいても心の中の描写って難しいですね。
ではまた明日。