[六章]私が私である為に。【序章】
新章です。さてさてどうなることやら
当時の彼女はとても儚くて、今にも消えてしまいそうな外見をした幼子だった。
けれどもいつの間にか仙人と言われた自分すら超える力を持つ、可憐な少女になった。
そんな彼女が私の元を発ってから数百年。
なんだか、ここ最近よく彼女の事を思い出す気がする。
一番最近で言えば、夢の中でどこか外国の都市を駆けまわって巨大な妖と戦っている彼女の夢を見た。
あぁ、ここまで成長したのか、と思うとともに、まだまだ未熟なところがあるなと思った。
やはり、年を取ると心配性になってしまうようだ。
どうしても最近、彼女の事を考えてしまう。
元気でいるだろうか。
誰かに騙されてはいないだろうか。
きちんとした相棒は、仲間は、友人はできただろうか。
昔の彼女は、非常で、感情の持たないロボットのような存在だった。
殺せと言われれば殺したし、そうすることに疑問を持っていない様子だった。
初めて出会ったとき、神の使いか何かかと思った。
けれどきっとそれは違う。
“彼女自身”がその力を持っているのだと。
そう気が付いたのは彼女がここを去った後だった。
(あのままじゃ、いつか彼女は崩れてしまうだろう。)
けれど、あのままの彼女でなければ。
あの時から成長していたならば。
そうしたらきっと、ここに再び戻ってくるはずだ。
その時には、きっと全てを教えて自らの力の全てを伝えられるだろう。
‥‥‥‥
ところで、少し不思議なことがあった。
あの当時の彼女は“どこ”から来たのだろうか。
はじめ、自己防衛の為に戦闘技術を教えはした。
けれど既に彼女は自分の知らない何か別の武術を習得していた。
けれどその武術は、自分の知らぬ何かだった。
まるで、“外”からもたらされたかのような。
そう考えて、私はその意見を否定する。
そんなことはありえない。
“そこ”は、そう簡単に訪れられる場所ではない。
それに。
“そこ”から来たのだとすれば、彼女はとても重い運命を背負っていることになる。
きっと、彼女はそれでも乗り越えるだろう。
けれどきっと、それは一人では無理だ。
だからこそ、次に会えた時には、あえてあの時教えていなかった自らの武術、
それら“全て”の戦闘技術を教えよう。
だがしかしそれが叶うかは分からない。
何故ならば、ここ最近街の方がうるさいのだ。
何でも、湖に化け物が現れるだとか。
どうせ異形の類であろうが、いざとなればこちらに話が来るはずだ。
であれば、あえてこちらから動くことは愚策。
強者が動くとき、その相手たる存在も動く。
これは世界の摂理のようなものだ。
「主様。そろそろお戻りになられては?」
夜空を見上げながら、だいぶ長い間考え込んでしまっていたらしい。
つい先日、この周辺で倒れていた彼女を助けた。
けれどそれは、ただの気まぐれだった。
年齢はだいぶ違うが、あの時の少女を思い出してしまったのだ。
気が付いた時には、既にこの館の従者となっている。
当人曰く、“めいど”というらしいが、西洋の言葉だろうか。
とにかくその彼女はいくら言っても、
「恩を返しきれておりません。」
その一言で人里離れたここから離れようとはしない。
全く、私のところでなければ何が起きていたかも分からないだろうに。
そう思い、どうしても無理やり追い出すこともできず、ずるずると従者として働いてくれている。
正直、ありがたいが有り難くない。
何故って、自らが堕落してしまいそうになるからだった。
それに、少々最近は口煩い事が増えてきた。
葉巻はダメだとか、酒はほどほどにだとか。
寿命のあるかどうかすらわからなくなった、所謂“仙人”である自分の心配をするとは。
どうにも調子が来るって仕方がない。
それに、葉巻も酒も好きな時に嗜むことができなくなってしまった。
異形退治などの報酬で奮発した葉巻ですら、
「お身体に悪いです」
の一言でどこかにしまわれてしまった。
全く、ままならないものだと思う。
「主様?」
『あぁ、悪い。月を見ていたものでな。』
考えに耽ってつい、返事を忘れてしまっていた。
再度の声かけに気付き、私は屋敷の中へと戻る。
『‥‥‥本当は月見酒も良いものなのだが。』
そう言うと、即座に答えが返ってくる。
「駄目です。寝る前のお酒はお体に障ります。」
『ふむ。』
なんとなく。なんとなくだが不満である。
決して中毒という物ではないが、あれは良いものなのに。
秘蔵の酒までどこから探し当てたのか、隠されてしまい場所が分からない。
つい、ため息が出る。
「主様?」
『いや、ままならないなと思っただけだ。』
「お酒の事でしたらいけません。」
『なら———』
「葉巻はもっといけません。」
『‥‥‥‥‥。』
あぁ、ままならない。
ままならないものである。
けれども彼女を追いだせないのは、やはりあの少女を思い出すからだろう。
当時は、幼子の前で酒を飲むのも葉巻を吸うのもためらわれて、一切を禁じていた。
彼女が発ったときには祝い酒と称して少し飲みすぎたが。
そう思いつつ、寝室のふすまを開く。
すると、そこは異質な空間だった。
どこかの夜空を映したような壁紙、棚にきれいに並べられた酒の瓶の数々。
幻とうたわれたものまで見つけてしまい、つい目がいってしまう。
けれどいけないと戻ろうとすると、先程自分が開いたふすまは影も形もなくなっていた。
そこにあるのは、ただの西洋風の扉のみ。
「いらっしゃいませ。」
声を掛けられて驚く。一切気配を感じなかったのに。
そう思い振り返ると、西洋風の服を纏った男が細長い机越しに立っていた。
「ようこそ。マスターがお呼びですよ。“ネフィウス様”。」
Twitterで告知させていただきましたが、マシュマロを獅噛に開設してもらいました。
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