[五章]彼方よりの来訪者【ⅩⅤ話】
15話目。なんかこう、周回って飽きるんですよ(言い訳
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「葵ちゃんの身体は、その寿命は、もう、数か月も残されていない。」
なんとなく予感していたことだった。
だから、私はそれを宣告されても何も思わなくって。
あ、でもシェリーに連絡入れないとだし、ネフィーにも。
後は内亜とノワールが仲良くやってくれればいいな、って
そう思って。
『そっか。』
それしか、出てくる言葉がなかった。
数か月。
何百年、あるいは千年も生きただろうか。
それだけ生きられれば生物としては十分だと思う。
でも、数か月か。
案外、少ないかな、なんて思って。
「‥‥‥‥‥葵」
そんなことを考えていたら、内亜に声を掛けられて内亜の顔を見た。
何かを、堪えているような顔だった。
「‥‥‥‥‥‥葵は、いやだよね」
震える声で、そう言われた。
「やだよね、そんな、数か月って」
『十分、じゃ』
言葉が、途切れた。
十分じゃないかなって、言おうとした
けど。
「俺は、なんか、それ、やだよ」
内亜の、黒いけど角度によって違う色に見える、宇宙みたいな綺麗な色
その色が、揺れていた。
「葵、」
大きく、その色が揺れていて
すごく、胸が痛くなった。
「残念なんだけど、正直、手の施しかたが、分からない」
未希ねぇも、どこか苦しそうな声をしていた。
何か、言わないと
そう思うのに、言葉が出てこない。
「葵、何でそんな、受け入れてるみたいな顔、してるの」
なんでそんな
そんな、泣きそうな顔をするの。
私が聞きたいくらいだけれど、聞く余裕はなさそうで。
「何か手、ないの?ほんとに?」
内亜が、未希ねぇに詰め寄る。
未希ねぇは、色んな感情がごちゃ混ぜになったような顔をしていた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、ある、って、いえたら、よかった」
それはつまり、もうどうしようもない余命宣告で。
なんでだろう。この感情は。
終われるんだ、って思ってしまって
でも
「ねぇ、葵はまだ、俺たちといてくれるよね、」
揺れるその色を見ていたら、そんなこと、言えなくって。
「あおい」
契約してから、何度も呼ばれた名前
(やっと、私は私だって言えるようになったのに。)
そう、思ってしまった。
これは、なんだろう
未練、だろうか
「おねがい、答えて」
『———————、私、は』
でも、さっき未希ねぇの話を聞いて分かってしまったんだ。
理解して、飲み込んでしまったんだ。
『内亜、』
私が答えようとしたら、また更に、瞳が揺れた。
零れそうなほどに。
「おねがい、“それ”は、言わないでよ」
懇願されて、しまった
そうなってしまったら、そう言われてしまったら、何も言えない
けど、それは答えたのと同じことで。
「‥‥‥嫌だ。」
『うち、』
「嫌だ、聞きたくない!」
揺れた色から、綺麗な雫が零れた。
初めて、そんなものを見た。
「嫌だよ、ねぇ葵。だって、やっと葵が笑えるようになったのに」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
そんな、いや。
そのことを、内亜はいつから抱えてたんだろう。
私が笑えない、感情のない人形みたいな存在だった時は、そんなそぶりなかったのに。
『でも、笑えるようになったから、楽しいと思えるようになったから、こうなってて、』
「‥‥‥‥‥、ごめんね、内亜くん。何も、出来なくって」
未希ねぇが俯いて、震える声で言う。
なんで。
なんで、私以外の二人が苦しむんだろうか。
私は満足、してしまったのに。
なのに、何でこの二人が、悲しむんだろうか。
悲しませてしまうんだろうか。
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、感情を持たなかった頃は、寿命なんてないに等しかったんでしょ、きっと。』
「‥‥‥‥うん。神々の創った存在は数千年、数万年生きるから。ほら、神話みたいに。」
「神様なんだったら葵の寿命だってなんとか、」
内亜が、ボロボロの声で言う。
「寿命を延ばすために、“不必要”なものを、切り落として創ったんだよ。」
しかし、未希ねぇの答えはとても残酷な言葉に聞こえて。
どこか、自分じゃない誰かの話をしているように感じた。
『感情は不必要、か』
口に出して、少し腹が立った。
だってそれはきっと。
私が言えたことなんかじゃあないけれど、大切なもののはずだ。
だからこそ人間は繁栄してきた。
感情があるからこそ、楽を求めて道具を考え出し、ありとあらゆるものを造り出した。
感情があるからこそ、神は人間に敬われて祈りを捧げられて存在してきた。
感情がない私
人間じゃない私、‥‥‥‥‥‥‥‥ん?
自分の考えに引っ掛かりを覚えて、そして私は“あること”を思いついた。
『はは、』
笑い声が零れて、二人に見つめられた。
「葵、今笑ってられるような状況なんかじゃ」
『内亜』
咎めるような声を上げる内亜の名前を呼ぶ。
すると、また悲しそうな顔をする。
『感情があったらコンピューターのバグみたいなもので、それが頻発すると寿命が縮む。確かにそうなるのかもしれない。』
私の声に少し、力がこもる。
『だからこそ言うけれど。未希ねぇ。』
「え、何、葵ちゃん」
『私は“現存する全ての存在”としての性質を持っているんだよね。』
「う、うん。えっと、それがどうし———」
『じゃあ、なんでその存在の一部である“人間”を構成するといっても過言ではない感情がバグなんだろうね。』
「‥‥‥‥‥‥、?」
私の言葉に首をかしげる未希ねぇ。
内亜の瞳の色の揺れが、微かに収まった。
『そんなのさ、“感情があること”がバグなんじゃなくって、“感情がない”ことがバグなんじゃないの?』
「あ、」
未希ねぇが声を上げて、けれど焦ったように言った。
「で、でも神様が作った存在を不確定要素である感情を取り入れた状態で、ほんとにぎりぎりだった存在を確定させるなんてそんなほとんど不可能———————」
『ギリシャ神話の神様って自分勝手だよね。』
「え、えっと、確かに、?」
『日本の神もエジプトの神も、クトゥルフ神話の神様であるニャルラトホテプも、悪魔も、きっと天使だって。感情は、あるはずだよね。』
「葵、何が言いたいのかわかんないんだけど、」
『感情のある存在が、感情のない存在を造ることができると思う?』
「「!!」」
「え、ってことはつまりだよ葵ちゃんまさか」
『どっかの神様が、感情をトリガーに私という存在を排除しようとしてる。あってるよね、内亜。』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥、」
内亜は一瞬固まった後、盛大に吹き出した。
「っふふ、そうだね、うん、あっはは、そりゃあそうだ。そうじゃなきゃ“説明がつかない”。」
『そういうこと。まぁ別にそこまで自身の生に執着は無いよ。二人には悪いけど。』
二人はその言葉を聞いて固まって、顔を見合わせた。
『けどさぁ、契約者の影響かな。“いやがらせ”の一つくらいしてみたいよね。』
「葵、それじゃあ」
『足掻くしかないでしょ。だって、そんなくっだらない陰謀に巻き込まれて消えてお終いなんてなんかこう、“らしくない”よね。』
「‥‥‥‥‥‥、そうだね、葵。」
内亜が不敵に嗤った。多分、既に何かもう考え始めてる。
『と、言うわけで。』
「?どしたのあおいちゃ、あ、まだ立ったり歩いたりは危な‥‥‥‥」
扉の方へと向かう私を見て、未希ねぇが焦った顔をする。
けれど、私はそれを気にすることなく扉に手をかけて
『協力してくれるよね、ね?』
一気に開いて、“盗み聞き犯”である、“器”の少女に微笑みかけた。
凄惨に嗤って足掻くのが内亜と葵さんのコンビです。相手にするとどこまでもどこまでも追い詰めようとしてきます。