[五章]彼方よりの来訪者【ⅩⅣ話】
14話目です。
目が覚めると、そこには私の手を握ったまま眠っている内亜の姿があった。
『‥‥‥心配、かけさせたかな』
少し、罪悪感に苛まれる。なんでだろう。とても長い、長い、けれど大事な夢を見ていた気がする。
胸のあたりにちくりとした痛みが走る。
何故だろう。思い出せないのに。
そう思いつつ、今は何時か尋ねるために内亜を軽くゆする。
「んぅ‥‥‥‥‥」
起きない。よっぽど深い眠りなのだろうか。
よく見ると、目の下にくっきりと隈が出ている。
ほとんど変化の起きないはずの身体なのに、どれだけの時間内亜はこうして手を握っていてくれたのだろうか。
いつもは軽口をたたく癖に。
初めの出会いは最悪だった筈なのに。
今ではいなくてはならない相棒になっている。
きっと、この隈は内亜もそう思ってくれているあかしだと思う。
『内亜。おはよう。』
小さな声で、驚かせないように声をかける。
「ん‥‥‥‥‥‥、おはよ、?!葵、起きたの?!??!変なとこ無い?」
折角驚かせないようにしたのに、内亜はひどく驚いたように私の身体を確認する。
ふと、ベッドに広がる自らの髪を見た。いつもの空の色だった。
なんでだか安心して、内亜を撫でる。
『大丈夫。平気。』
すると、今にも泣き出しそうな顔をする内亜。
全く。そんな顔させたくなかったから小声で起こしたのに。
そう思いつつ、空いている手で内亜のさらさらの髪を撫でる。
「だって、だって‥‥‥‥うー‥‥‥」
初めのころの内亜との関係性を思い出す。
その時だったら、絶対何があっても内亜はこんな顔はしなかっただろう。
だいぶ長く、旅を続けてきた気がする。
『大丈夫、大丈夫だから。』
そっと握られた手を握り返す。
「でも、葵‥‥‥‥、2週間眠ってたから。」
その言葉には少しだけ驚いたけれど、なんとなく納得した。
『まぁ、そうなんだろうね。』
「?」
内亜がふと不思議そうに私を見つめる。
「葵、なんか変わった?なんか‥‥‥良い顔するようになった。表情とか。」
そう言われても自覚がないので首をかしげる。
『さぁ。』
「あ、戻った。」
なんだそれは。そう言いかけたけれど、その言葉を飲み込んで私は内亜に尋ねる。
『2週間前、何があったんだっけ。』
「それは—————」
「あっおいちゃーーーーん!!目覚めたんだね、良かった良かった!でもこれから無理は禁物だよ、なんてったって———————」
唐突に扉を開けて飛び込んできた女性を、内亜が首根っこを掴んで止める。
「うるさいから静かにしててくれない?邪魔。」
「あー!葵ちゃんの恩人に対してなんて態度!まぁ私は葵ちゃんの姉なので自分の為でもあるから恩を着せるのはおかしいかもしれないけど!」
内亜と口論(?)する女性。薄い空色の髪と瞳を持った女性。
‥‥‥‥‥見覚えがあるような、無いような。
「あ、えっとね葵ちゃん、イメチェンしてみたよ?どう?似合ってる???」
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥最初も突撃してきた人』
「‥‥‥‥えっ待って冷たい。なんで?」
がっくりという擬音が似合いそうなほど肩を落としてしょんぼりする女性。
記憶を探る。2週間も眠っていたせいか、まだ頭が働いていないようだ。
『‥‥‥‥‥‥‥‥あ、未希ねぇ。でもなんか前は色が』
「そこには触れなくって平気平気、ねぇ、体調大丈夫?後どこまで思い出した?それか覚えてる?」
問われて思う出そうと努力してみるけれども、どうにも思い出せない。なんだか、思い出すなとでも言われているかのようだった。
『とりあえず、未希ねぇ、って呼んでる事と、未希ねぇに会ったとたんに頭痛がして気を失ったことくらいしか覚えてない。』
素直にそう答える。
すると、内亜がそっと私の隣に座って女性に向かって言う。
「じゃ、さっさと説明してよね。葵ほんとはまた寝かせて休ませたいんだから。」
「ふぅんそっかそっか、すんごい葵ちゃんの事大事にしてくれてて結構結構。二週間ずっと、処置中以外は葵ちゃんの傍にいたもんね。」
ちらりと内亜を見ると視線を逸らされた。
『そっか、ありがとね、内亜。』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥早く説明」
微かに耳の先が赤い。普通に恥ずかしかったようだ。
「あいあいさー。んじゃ内亜くんのからかいは後に回してあげるとして、葵ちゃん、まずは“自分が何者か”分かってる?あるいは、思い出した?」
暫く考えてから首をかしげる。夢の中でそんな話をしたような、しなかったような。
けれど思い出せないので、私は首を横に振る。
すると未希ねぇは、どこからともなくホワイトボードとペンを出して何かを書き始めた。
「了解っと、じゃあまず結論から言うと、葵ちゃんは“神様”に造られた、“この世全ての存在の性質を持つ”存在、いうなれば“神創存在”ってとこです。私はその失敗作でお姉さん。」
未希ねぇが話し終わった後、二人は沈黙してじっと私の反応を窺っているようだった。
『うん。そっか。』
「あるぇ、結構びっくりするかなぁとか思ったんだけど」
私の反応を見て、未希ねぇが少し驚いた顔をする。
『驚きはするけどスケールが大きくて少し他人事みたいに思ってるかも。あと』
途中で言葉を区切って、少し考えてしっくりくる言葉を探す。
『あぁ、そうだ。“私は私”であることに変わりはない、でしょう?』
そう言うと、内亜が隣で驚いた表情をする。
内亜の表情がころころ変わって今日は何だかおもしろいなと思った。
「おや、まぁ。‥‥‥‥ん、そっか。そっかそっか。良かった。」
ふわり、と未希ねぇが微笑む。
『人間じゃないことにはずっと気づいていたけれど、見ないふりをしてきた。それは本当。でも、なんだろうね。今は、その言葉がすごくしっくりくる。』
「そう言えば葵、名乗る時いつも名前しか名乗ってなかったもんね。‥‥‥けど、本当に大丈夫?俺だって聞いた時びっくりしたんだけど。」
『そうかな。‥‥‥‥‥‥‥本当はすごく驚いてるかもよ』
「うんうん、仲がよさそうで何よりなんだけど、情報は早いに越したことは無いから次言っちゃうね。また嫌なこと思い出して倒れちゃうと大変だから。」
そう言って、未希ねぇはホワイトボードに図を描き始めた。
「んで、私達だけど、お空の上で神様にひどいことをされていたのを一番上の姉が救い出してぽーいって背中を押してくれました。で、散ってはしまったけれどそれぞれ地上に無事降りることができたのです。‥‥‥‥残念なことに、恐らく一番上の姉の気づかいか何かで何されてたかとかその一番上の姉が誰かは分からないんだけど。」
ふと、以前聞こえた声と、背中を押される感覚を思い出す。あれはきっと、その姉に違いない。
『多分、そう。でも、疑問が二つ。なんで私が倒れたのかと、私達は今そのお空とやらでどういった扱いになっているのか。私達、旅をしてきて結構長いけど、誰かに興味本位や奴隷にしようとかそういう人たち以外に追いかけられたことない。追手があってもおかしくなさそうな口ぶりだけど?』
「んー、追ってはね、私もわからない。案外監視だけはされてて、いつか急に現れて元の場所に戻されちゃうかもしれない。それか、一番上の姉が何かをしたか。
で、もう一つの疑問だけれど、少し厳しい話をしないといけないから覚悟してね。」
そう言うと、未希ねぇは先程までと全く違う空気を纏い、深呼吸をした。
「これは内亜くんも聞いて。」
「勿論。」
内亜が頷く。きっと、私が眠っている間に先の説明をされたとき、すごく心配してくれていたはず。けれど、今は一緒に受け入れる心構えをしてくれている。
私は深呼吸をすると、未希ねぇに言った。
『教えて。』
「うん。まず前提として、葵ちゃんはこの世全ての存在としての性質を持っている、そして、それはきっと、“非常に安定していて不安定”な状態のはず。たとえば、今にも溢れそうなほどに水を注がれた器みたいに。で、気絶した原因は多分、本来持ち得なかった“感情”がその器を揺らしたから。だから零れそうになって、緊急措置として意識を閉じた。私はそう考えるよ。葵ちゃんのバイタル的にもね。」
「‥‥‥‥感情を持ったからって、じゃあまるで神さまとやらは葵に感情を与えなかったとか、与えるつもりがなかったとかないとか、そういうこと?」
未希ねぇは頷いた。
「なんだそれ。自分たちの都合のいい人形じゃねぇかそんなの。」
いつもの飄々とした空気は消え、冷たい怒りを込めた声で内亜は言った。
「きっとそういうつもりなんだろうね。私自身も、どこか感情が欠けている感覚自体はある。その点葵ちゃんはエラーというか何かしらの要因で本来ありえないはずの“感情”を得た。んだと思う。
ま、私的には非常に喜ばしいよ。だって葵ちゃんがこんなに幸せそうにしているんだから。
泣いて、笑って、怒って、悔やんで、楽しんで。そんな生活を葵ちゃんは送れる。」
その話を聞いて、どこか覚えがあるような気がした。
初めは人間を殺すことに抵抗なんかなかったし区別もつかなかった。けど、今は
“救える存在はすべて救う”、なんて考えを持つことができているし、今まで殺してきた人間たちの事を想うと胸が痛くなる。きっと、これは後悔だ。なんとなくだけれど、あっている気がする。
そんなことを考えていると、未希ねぇが続けて言った。
「けれどそれは長くは続かない。」
‥‥‥‥‥‥‥、?
一瞬言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「葵ちゃん。」
まだ混乱する中、未希ねぇは口を開いた。そして私に告げた。
「————————、葵ちゃん。葵ちゃんの身体は、その寿命は、もう、数か月も残されていない。」
また2話分ほどの長さになりましたすみません‥‥‥‥‥
さて、今日の更新はここでお終い。次の更新日は19日になります。