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[五章]彼方よりの来訪者【ⅩⅢ話】

13話目。何度目かの“初めまして”。


いつの間にか、誰もいない場所に来てしまったようだ。


さっきまでどこにいたのか思い出そうとしたが、全く覚えがなかった。


辺りを見回すと、一帯石ころすらない荒野。


でも、ところどころに大きなひびが入っている。足を取られてしまったら面倒だと思い、私はとりあえず歩き出してみる。


「全く、面倒なことになってくれたものね。」


背後から声を掛けられて思わず振り返りながら構える。気配一つ感じなかったのに。

戦闘態勢を取ろうとして、影に内亜の気配がないことに気が付く。

素手での戦闘は得意ではないけれど、と思いつつ相手の顔を見てまた驚いた。


「こんにちは。二度目だけれど貴女は私を忘れているはずだから二度目ね。はじめまして、“わたし。”」


不機嫌そうに挨拶をしてくるその人物の顔は、私と瓜二つだった。

違うのは服装と、神と瞳の色。

簡素な真っ白いワンピースを身にまとった、黒髪に黒い瞳の私。


『わたし、?』


私は、黒い私を名乗るその人に問いかける。


「そう。私は貴女で、貴女は私。」


心底つまらなさそうに答える黒い私。

なんでこんなところに、とか、そもそもなんでそんな存在が?とか、頭の整理が全くつかない。


「そんなに深く考える事じゃないわ。ここは貴女のこころの中だもの。私達みたいな存在がココロなんて持ってしまったら、それはそれは大きなものになるから管理者が必要になるわ。それが私。」


『この荒野が、わたしのこころ?』


「えぇ、そう。忘れたはずのいけない過去を思い出したりなんかするからほら、地面が断裂しかけているじゃないの。」


そういって黒い私は地面の大きなひびを示す。


『これは、何?』


私が問うと、少し考えるそぶりを見せてから、黒い私は言った。


「心の傷。存在の損傷、感情がないはずの存在に感情が生まれてしまったことによる齟齬で起きた歪み。そんなところ。」


『‥‥‥‥、まって、私が何者なのか知っているの?』


つい、私は黒い私に詰め寄る。

黒い私は心底面倒くさそうに一歩下がると、答えた。


「知っているけれど、知ったことじゃないわ。だって私は貴女で、貴女は私だけど。私は私で、貴女は貴女だわ。」


言葉遊びで誤魔化そうとしているのかと一瞬むっとしたけれど、どうにもそういう風には感じない。


『じゃあ、貴女は何者?』


「同じ質問をされるのは嫌いよ。私は貴女であり私。ここの管理人だわ。」


あまり、黒い私は私の事が好きじゃないのかな、と。ふとその言葉を聞いて感じた。


「えぇそうよ、私貴女が大っ嫌い。なんでこんな何にもないところにいないといけないのか意味が分からないし、そもそも管理者って言っても管理するほどのものがここにはないじゃない。花の一つでも咲かせてみなさいよ。」


『今、心の声読んだ?』


「当然管理者なんだから何でもお見通し。そんな事よりどうなの。後者の答えは。」


そもそも自分の心がこんな荒野だなんて想像したことがなかったし、何でこんなに荒れているかも分からないのに花を咲かせろなんてそんなの無理難題に決まっている。それをきっとこの黒い私は知っているはずだ。


「えぇ。嫌味よ、そう。嫌味。後その黒い私って呼び方やめてくれない?なんだかぞわぞわする。」


じゃあ何て呼べばいいのだろうか。


「Unknownとでも呼べばいいわ。」


アンノウン、誰か、か。


「えぇ。私は私自身が私であることにしか興味がないの。だから御大層な名前なんかいらない。」


なんとなくぴったりの名前だと思う。それに、なんだろう。


『すごい、ね。』


思ったことがつい口をついて出て、私は驚く。しかし、それ以上にUnknownは驚いたようだった。


「なぁにそれ、何ですごいのよ。」


『えっと、堂々としてる。私は、私が何者か分からなくなって今、そんなに堂々とできない。なのに。同じ私なのに、UnknownはUnknownだって自信を持ってる。それは、きっとすごいことだと思った。』


考えながら口に出して、もう一度自分の言った言葉をかみしめる。そう、彼女はとても堂々としている。

私だって、そんな風になれたらいいのに————


「なればいいじゃない。すればいいじゃない。堂々と。だって貴女は私と同じなんだから。」


さらりと、そう言われた。

けれど、なんだろう。自分が何者かも分からないのにそんな堂々としていていいものなのだろうか。


「あー、面倒くさいわね。何者か分からなくなっても。自分自身が何かわからなくなって迷っても。貴女が貴女自身であることに変わりがあるわけはないでしょう。それに私は確かに私だけれど、貴女でもある。つまり、貴女だって私のように堂々とできるに決まっているわ。」


妙に、心に響く言葉だ。私の心の管理者の言葉だからだろうか?


そう思いつつ、私はじっとUnknownを見つめる。


「何よ。何も考えないでこっち見られたらなんだかそわそわするじゃない。」


『だって、考えた瞬間に答えが返ってくるから、何かが浮かぶまで見る物もないし。そっくりだなって、そう思っただけ。‥‥‥見た目だけ。それに、あぁそうだ、疑問だったの。えっと』


「いつからここにいるのか。ね。まぁ今までの中では割とまっとうな疑問なんじゃないかしら。

そうねぇ‥‥‥ネフィーのところから離れて、彼と出会ってからかしら。気が付いたらこんなつまらないところにいて、貴女が過ごす日々を観測していたわ。」


『‥‥‥‥‥‥退屈?』


「分かってて聞いてるでしょ。退屈よ。めちゃくちゃに。

あーあ―あーその顔無し、なんか可哀そうって感じが気持ち悪いわ。分かるでしょ、私なんだから。」


全く、勝手に話が進んでいく。

でもなんだろう、どこか懐かしい気もする。


「そりゃそうよ。だって貴女最近変わったもの。」


『変わった、?』


思わず首をかしげる。そんなことあっただろうか。


「例えばだけど。今回のスラムの件。前までの貴女なら迷わずあの少年たち切り捨てて信者達だけ皆殺しにしてお終いにしたでしょう。あの少年みたいに。」


—————————、脳裏に、鉄柱で腹を貫かれた姿の少年を思い出す。


「それに、そうね、これは貴女が記憶として思い出したから私が分かることだけれど、ネフィウスに言われて人間たちの戦争、“両方皆殺し”にして止めたでしょう。今ならそんなことしないはずだわ。」


ネフィーといた時の記憶は、少し薄い。けれど、あの時の、レジーナを撃つ寸前の目が合った兵士の表情を、思い出した。恐怖におびえる顔だった。


「‥‥‥‥‥私達が何者か。それはきっと、目を覚ました時にあの“姉”が教えてくれるはずだわ。」


すこし、思い出した気がする。あの“姉”を見て、私は何かを思い出し、気を失った。


「この心の中ではあなたが思う、貴女の覚えているすべてが忠実に再現される。ほら、髪。」


そう言ってUnknownは私の髪をひとすくい持ち上げてみせてくる。

その髪は、純白だった。あの姉と、同じ。

だったらきっと


「正解。瞳も深紅。」


それが、私だというのだろうか。

ふと空を見上げると、いつもの私の髪と瞳の色と同じ、綺麗な青空が広がっていた。


「‥‥‥‥‥‥そうね。私も、その色は好きよ。でも、今までここに来た貴女はその変な純白じゃなくて空の色だったし、瞳の色も紅くなかったわ。きっと、何かの要因で変わったのでしょうね。私の知らない貴女の、そう。貴女だけが思い出せる記憶の領域の中のどこかで、貴女は変わった。きっとそのはずだわ。」


Unknownを見ると、Unknownも空を見上げていた。


『ねぇ。Unknownは、私達はなんだと思う?』


つい、疑問を口にする。


「‥‥‥‥‥‥そーね、“何でもいいでしょう、そんなこと”。」


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そんなこと


「えぇ、“そんなこと”。私達が私達であることは私達が知ってる。鬼なのか天使なのか悪魔なのか神なのか何なのか全く想像がつかないけれど。そうね、今まで考えてきても一切分からなかったけれど。それが分かって、貴女は何か変えるつもりがあるの?」


『‥‥‥‥‥、ない。多分、だけど。』


そう答えると、Unknownはあきれたようにため息をつくと、頷いた。


「そういうこと。‥‥‥‥‥あ、そうね、一つお願いがあるわ。」


何だろうかと小首をかしげると、Unknownは内亜のような顔で言った。

具体的に言うと、“悪いこと考えていそうな顔”で。


「次に会うまでに花や土産の一つでも頂戴。約束破ったらここから出してあげないから。」


それは非常に困る。というかUnknownは私が次またここに来るとでも思っているのだろうか。来かたも分からないのに。


「私が呼ぶからそんなの関係ないわ。」


『それじゃあいつまでに用意したらいいか分からないじゃないの!?!!?!?』


つい叫んだ。

すると、Unknownはにっこり微笑んだ。


「よ・ろ・し・く・ね。」


ふと、私とUnknownは同じ存在だと言われたことを思い出す。

つまりなんだ、この表情は私も普段しているということなのだろうかそれはなんかすごく嫌だとか思ているのをくみ取っているのかUnknownの笑みが深くなる。やだ待って本当なのだろうか。


「ふふ、御想像にお任せするわ。」


『それ内亜が嫌味とかの時に言うやつ!』


「だってずっと一緒だもの。ねぇ?」


‥‥‥‥‥‥‥よし、今度からはそんな顔しないようにしよう絶対に。そして内亜を帰ったら殴ろう。


「あら、それは無理よ。」


『へ?』


「だって、ここから帰る時、貴女はいつも私と話したことを忘れるもの。何故かは知らないけど。」


‥‥‥‥‥?


どうして心の中に世界があるのかは分からないし管理者たるUnknownがいるのかも分からないけれど。


『じゃあ、何、私は次いつ来るかも分からないし覚えてもいない約束で嫌なことに巻き込まれると?』


無言で微笑まないでほしい。


『だったら無理なんだから無効に』

「しないわ。だってつまらないもの」


‥‥‥‥‥食い気味に言われた。相当退屈しているのだろうか。


「あら、そろそろ目覚めの時間ね。」


ふとUnknownが何かを感じたかのように辺りを見回す。

特に何も見つけることはできなかったけれど、いわゆる管理者の特権とか言うやつか。


「そんなところかしら。ふふ、今回は少し楽しかったわ。段々貴女に感情が芽生えてゆくんだもの。」


感情。確かに思い返してみれば、初めのころの私は何の疑いもなく人間も異形も自分に仇成すもの、邪魔なものすべてを殺していた。


「感情を持つことで、大変になることもあるわ。そうよね。」


‥‥‥‥‥確かに、Unknownの言う通りだ。

だって、私はずっといろんな人を殺してきた。

色んな異形を殺してきた。

それを想うと、とても胸のあたりが痛くなる。

でも、これは受け入れて、忘れてしまってはいけないものの気がする。

きっとこの感情は


「『後悔と、罪悪感。』」


声が被った。いや、被せたのだろう。

失った命は帰ってこない。いや、例外もあるだろうけれど、少なくとも一般的には死んでしまえばその人はそれでお終い、だ。


『‥‥‥‥‥Unknown』


なんとなくだけれど、先より視界がかすんでゆく。これがきっとさっきUnknownの言っていた目覚めの時、なんだろう。けれど、それより先に言わないといけないことがある。


「なぁに。」


『これからは救うことにしたから。』


「そう。」


『でも』


「‥‥‥‥‥‥」


『ごめんね。いやな感情と記憶、共有させて。』


「‥‥‥‥‥、」


『ありがとうね、私の心を、ずっと守っててくれて。』


「‥‥‥‥!!」


初めて、Unknownの驚愕する顔を見れた。

なんとなくだけれど私はそれに満足して、薄れゆく意識のまま瞳を閉じた。


『またね、Unknown』


そうして、私の意識は途切れた。


次会う時までに、難題を押し付けられたけれど。

次もきっと、Unknownは“初めまして”って、言ってくれるような気がした。



———————————



‥‥‥‥‥‥‥‥全く、最後に特大の爆弾を落とされた気分だ。


『まぁいいわ。葵、“暇だから”見ててあげるから、ちゃんとなさいよ。』



今日は長め(2,5話分くらい)になったので一話だけの更新にします。

それから、明日はきっと一話更新、あるいはお休みかもしれないです。明後日18日は予定通りお休みします。

それでは皆様、また次回。

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