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[五章]彼方よりの来訪者【Ⅳ話】

四話目。


『何で今のを黙って見過ごしたの。』


手あたり次第に住人を攫ったローブの集団が走り去っていく。

私は目の前の人達を助けようとしなかった内亜に怒りを募らせる。


「あれは、ダメだ。俺たちはあれに手出しできない。」


内亜は視線を僅かに逸らして言う。


シェリーと話した時に自分で決めたこと。


救える存在が目の前にいたら、手の届く範囲にいたら、全部救うって。


あの連れ去られた人間達は、救えるはずだった。


感じた気配からしか分からないけれど、あれは邪教集団に違いない。そんなものに連れていかれたらどうなるかは内亜はよく分かっているはずだ。


確かに内亜の教えで、スラム街にはお約束事があるから、その内側の問題には関与しないように努めてきたけれど、今のはそういう話じゃない。


スラムの“外”からの干渉に、私達“外”の存在が関わるのは間違ってないはずだ。救うと決めたなら救うべき人間達だった。


今からでも遅くない、と私がローブの集団が立ち去った方向へ向かおうとするが、内亜がそれを影で引き留める。


『なんでよ!』


訳が分からなくて内亜につい怒鳴る。

声を荒げたのはいつぶりだろうか。必死に抵抗しながらも私は彼らの立ち去った方角を睨みつけていた。


「‥‥‥‥‥、葵、お願いだから。」


いつもの内亜らしくない、懇願するような声。

思わず私は抵抗をやめてしまった。


『‥‥‥‥、説明、して。』


怒りの熱は冷めて、ただうつろな声で要求する。

内亜は、うつむいたまま影に溶け込んだ。


そうして影の中から、少々疲れたような相方の声が聞こえてくる。


「部屋で、話すよ。」


『‥‥‥‥‥‥‥。』


感情のやりどころが無くなって、そこらにあった適当な扉を乱暴に開くと、少々驚いた表情のノワールが出迎える。


「‥‥‥おかえりなさいませ、マスター。」


不穏な空気を感じ取ったのか、それだけ言ってノワールは私達を見送った。


『で、どういうことなの、内亜。』


私は部屋に入った瞬間に自分の影から内亜を引きずり出し、襟元を掴んで問いただす。


「あれは、“本物”の気配がしたんだ。葵が姿を見せていたらきっと、良くないことが起きていた。」


私と目を合わせずに内亜が呟く。


襟元を掴む手に思わず力が入る。


『本物って何よ!?そんなの今まで散々闘って来たでしょう!?よくないことって、どうせ戦闘になるとかその程度でしょ!?そんなの日常だったじゃない!!ミ=ゴが先導する邪教集団を二人で倒したりしたじゃない!戦闘に慣れた私達の危機と彼らの命は天秤にかけるほどの事じゃない!私が攫われそうになったって、そのまま大人しく捕まって内側から食い破れば済んだ!そうでしょ!?だから同行してほしいって言った、あぁ言うのを見過ごしたくないから、早くこの事件を終わらせたいから私は内亜を呼んだ!なのに!なのになんで邪魔をするの?!』


「っ違う、邪魔がしたかったんじゃない!!!」


問い詰める私の言葉に、内亜が反論する。


「普通だったら、葵が言った通りにしてたさ!けど、駄目だ。あれだけは、“僕らの天敵”だけは、どうにもなりやしない!地図は見た。大体スラム街なのも分かった。けれど葵、トゥールスチャが現れるのが一瞬一瞬だなんてあり得るわけがないことくらい分かるだろう?!そうなったら二択しかない、“幻想”か、“事実”か!幻想だったらよかったよ!けれどあんなのは幻想なんかじゃなかった、現実だった!そう分かってしまう物を“奴らは持っていた”んだよ‼」


まるで、今にも泣き出しそうな声だった。


こんな弱弱しい内亜の姿を見るのは初めてだった。


つい、襟元から手を放す。


『‥‥‥‥‥‥、どういう事よ、それ‥‥‥‥‥』


私は今だ燻る怒りを堪えて内亜に問う。


『それは、誓って事実?』


「誓える。」


ニャルラトホテプの性質を持つ内亜は他者を騙すことに長けている。


けれど。悪魔としての内亜‥‥‥いや。悪魔は、“誓い”を破ることはできない。


なのに内亜は即答した。


呼吸を整える。


『“何を”知っているの。』


私は静かにそう聞いた。

内亜は、今度は目を逸らさなかった。


「今まで出会ったことは無かったけれど、“神話生物”の、特に“神格”をアーティファクト化する実験を行う組織が存在する。」


『は、』


思わず私は耳を疑った。けれど、内亜は瞳を逸らさない。


「葵、神話生物を閉じ込めることができるアーティファクトが存在することは知ってるよね。」


私は頷く。

希少なものだが、角のない球体に“ティンダロスの猟犬”を閉じ込めることができる、“角の無い部屋”等、神話生物の中には弱点をついてアーティファクトでその力を封じることができるものがあるのは知っている。


「想像してみてほしい。もし、万が一。どんな“神格”でも、閉じ込めることができるものが存在するとしたら?」


『そ、そもそもできるわけ』


「可能性の話だよ、葵。」


『‥‥‥‥‥、ありとあらゆる神格の力を、自由に行使できる人間が存在してしまう。』


けれど、そんなの不可能で、と続けようとして、私はある考えに至った。


いや、至ってしまった。


“私”や、“内亜”は?


無論量産なんかできるわけがないだろう。だってそもそも神格を召喚すること自体が難しい。


それに、私はなんで自分が“この体質なのか”を未だ分かっていない。


であれば。


「結果だけ言えば。葵の察した通り、“可能”。けれど、それには器を厳選する必要がある。

神を降ろす器だ、並大抵の努力じゃ手に入らないし、そもそも器自体が崩壊するだろう。」


何も、言えなくなった。


確かに、器の厳選は必要だろう。けれども。


もしも、適合する器があったら?


「星の数ほどにまで増え続けている人間の中に、一人や二人、そんな人間が紛れ込んでいたっておかしくない。‥‥‥‥、それに、そんな存在がいないのなら。巫女や教皇は、存在しない。」


『じゃ、あ』


嫌な予感がする。


何度も、離れた場所で目撃情報の上がる神格。


“それらすべてが事実だとしたら”


『トゥールスチャに、適合する人間が現れた、?』


否定してほしかった。けれど、内亜は肯定した。

そして


「連中には“魔力封じ”のアーティファクトの気配がした。」


『え、』


「そんな連中が、葵。“君を見つけたら、どうなる”?」


内亜は、ゆっくりとそう言いながら、私の瞳を見つめ続けていた。





当たり前で、けれどそれは多くの人間にとっては“異常”な、そんな事実。

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