[五章]彼方よりの来訪者【Ⅰ話】
一話目です。先日の感覚は悪寒だったようで、何とか回復しました。ご心配おかけしてすみません‥‥‥‥
「マスター、次の行き先はアメリカが良いかと思われます。先日アメリカに店を繋げた際、面白い情報が入ってきましたので。」
拠点となったバーのカウンター越しにそう言って微笑むノワール。
『アメリカ‥‥‥‥アメリカかぁ。で、面白い情報って言うのは?』
よく磨かれたグラスに入ったオレンジジュースを飲みながら、そう尋ねる。
「アメリカは神話生物の見本市だからねぇ、どんな奴が出てきてもおかしくはないかもなぁ。」
内亜は何故か机に突っ伏した状態で気だるそうに言った。
「せっかく磨いた机が穢れるのでやめていただけませんかね内亜。‥‥‥‥‥えぇとですね、マサチューセッツ州のアーカムあたりの住民に話を聞いたところ、外なる神が召喚された可能性があります。」
「『はぇ?』」
同時に間の抜けた声を上げてしまう。
外なる神。内亜のようなニャルラトホテプを始めとした地球の外からの来訪者の事だけれど。おかしい。
『そんなのが降臨したならいくら遠くても私達が気付くでしょ‥‥‥‥?ねぇ、内亜』
そう言って私は内亜に目を向ける。流石に神格の召喚なんてされようものならよほど厳重に隠ぺいの魔術でも使っていない限り私達が気配を感じるはずだ。
ノワールがつい最近召喚しようとしたシュブ=ニグラスだって、召喚されていたらその直後に私達が感知できていたはず。まぁ、ノワールの術式で隠されたら分からないかもしれないけれど。
「そだねぇ‥‥‥‥ちなみに神の名は?」
「“トゥールスチャ”であると推測しています。」
『はぇー、トゥールスチャ‥‥‥‥‥‥ってまずいじゃないのそれ?!??!クトゥグアじゃなくて?』
思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がる。自分よりも背の高いカウンターでノワールが見えなくなり、もう一度背の高い椅子に座り直す。
トゥールスチャにクトゥグア。この二柱はいずれも炎そのものの外見をしている。
クトゥグアはフォーマルハウト星に棲まう炎の塊、数多の炎の精を従えニャルラトホテプと敵対している。
「はい。クトゥグアなら面白かったのですが残念ながら。ま、どちらにせよ人類にとっては最悪に近い神ですね。」
すました顔で言うノワールに私はため息をついた。
『トゥールスチャ、本当ならもうその一帯は廃墟になってるんじゃ??』
トゥールスチャ。外見は美しい緑色の炎の柱。しかし、信仰されている集団は極めて少ない。そして、何よりも特性が人類にとってまずい。
『周辺の人間達への影響は?』
というのも、死と腐敗と衰退を糧に生きているその神は、周囲の生命体から力や寿命を吸い上げてしまう。
トゥールスチャが降臨しようものなら、周囲一帯の人間やすべての生命体が急速に老い始めて、最終的に辺り一面は荒廃した死の世界へ変えられる。
だから焦って私は被害を確認したのだけれど、ノワールの回答は意外なものだった。
「無いそうなんですよ。ですので私もトゥールスチャであるかは正直半信半疑なのですが‥‥‥それ以外の情報の全てが、現れた神がトゥールスチャであるという結論に帰結するのです。」
『影響がない‥‥‥?』
「はー?枯れ木みたいになっちゃったから目撃者がいないってわけじゃなくって?」
お代わりとでもいうように飲み終わったグラスをノワールへと差し出しながら言う内亜。
私との会話に入られたのが不服なのか、汚い物でも触るかのようにそのグラスを受け取り、渋々新たに磨かれたグラスを差し出すノワール。
「私がその程度確認せずにマスターへ進言するはずがないでしょう。」
そう言いながらノワールは地図を差し出してきた。
「本来であればこの辺り周辺の生命体が急速に衰退するはずですが、範囲内の人間の影響はないようです。」
地図には赤いペンである区域を囲ってある。相当な範囲に影響をもたらすはずのトゥールスチャ。けれど人間の被害は無し‥‥‥‥
『奇妙だね。‥‥‥‥召喚直後に退散でもした‥‥‥‥?』
「その可能性も考えたのですが‥‥‥‥‥実は、これが本当に奇妙なところなのですが、トゥールスチャの確認は複数回、アーカム内で一瞬一瞬確認されているとのことでした。」
そう言いながら地図上に印を打っていくノワール。
‥‥‥その発見個所の多さに私は驚く。十数件もの目撃情報があるだなんて。
『‥‥‥‥‥これは‥‥‥調べに行かないとだね。』
「はい、マスター。ではわたくしも準備を‥‥‥‥‥」
『ノワールは、お留守番ね。‥‥‥‥引き続き、情報収集をお願い。』
そう言うと、分かりやすく項垂れるノワール。
『ほら、情報収集も大事な役割だから。じゃあ、準備を————————』
「おかわりぃ」
言葉を遮られるような形で、内亜がグラスをノワールに差し出す。
「マスターの邪魔をなさらないでください邪魔です今すぐ消えてほしいところですがマスターのためにだけ堪えましょう。えぇ堪えましょうとも。」
そう言いつつ先と同じように新しいグラス (今度は磨き終わっていないグラスだ。)を差し出すノワール。
内亜は満足げにグラスを受け取って一気に中身を飲み干し‥‥‥‥ダンッというグラスを乱暴に置く音と共に机に突っ伏した。そして激しく咳き込む。
「——————ッ?!??!?!ぐ、のわー、る、このやろ、ぅ‥‥‥‥」
訳が分からずノワールを見ると、ノワールは柔和な微笑みを湛えたまま言った。
「唐辛子を漬け込みました。マスターの邪魔をするからです。」
‥‥‥‥‥‥私はしばらく考えて内亜とノワールを交互に見てから言った。
『ノワール。』
「はい、マスター。」
嬉しそうに答えるノワールに、私はにっこりと微笑んで見せた。
『後片付けよろしく。私現地見てくる。』
「‥‥‥‥‥」
『あと今後はそれ無しね。』
「御意‥‥‥‥‥‥‥」
不服そうな顔をしているが仕方がない。彼がやったことなのだから。
(全く、いつになったら仲良くなるやら)
そう思いつつ、私はバーの扉を開き、次の場所へと足を踏み出した。
唐辛子入りのワインとか一応存在自体はありそうですよね。
まぁ私自身お酒飲めないので詳しくないですが‥‥‥