[一章]疑惑の教科書【???】
後編の後の話です。
登場した少女のその後の話を少しだけ。
今回は救えなかったな
と、残りの化け物、ムーンビースト達を無造作に狩り続けながら思う。
別にどこかのおとぎ話のように、ヒーローとして活動しているわけではないから救おうとする理由もなかったのだけれど。
実際最後に介錯した少年の友人らしき人物がムーンビースト達に食われて弄ばれるのは、見ていてあえて無視した。
その方が探索が進んで楽だったし、ムーンビースト以外にも幽霊がとり憑いた学校の備品であろう骨格標本やらの除去もスムーズに行うことができた。
もがき苦しむ声や肉の引きちぎられる音、咀嚼音、ムーンビースト達の鳴き声。
確かにうるさいなと少しは思ったし、悲惨な状態になっているのであろうことは容易に想像がついたが、わざわざ手遅れの少年の最期を(しかも血と肉片塗れの)見たいとは思わなかったから。
先程の異形の饗宴の音と空気を思い出しながら少しだけ嘆息する。
「助けれたのに、シカトしたんだ?あの二人目。」
足元から“影が”呼びかける。
『どうせ正気を失っていたし、あの後を考えたらまだマシな最期だったんじゃないの。介錯だってしてあげたし、あれ以上の待遇を彼が求められるとは思わない。』
私は影に答えた。すると、私の影が歪み、中から一人の青年が姿を現した。
黒いが、反射のせいか様々な色に見える髪の長い部分ををひとくくりにし、見る者すべてを魅了するような同色の瞳を持つ青年。
服装に頓着はないのか、Uネックというのだろうか。七分丈の黒いシャツと、同じく真っ黒なズボン。
ブーツだけが編み上げなので、そこだけこだわりがあるのかもしれない(どうでもいいけど)
彼の名は【天海 内亜】。
私の所謂相棒?のような存在である。そして敵である。
『勝手に出てこないで欲しい。存在感が邪魔。』
手を振って中に戻るように促すが、悪魔のような微笑みをたずさえた彼は私の顔を無遠慮にのぞき込みながら、嗤う。
「力づくで戻すぅ?」
『疲れてる。面倒だからやりたくない。』
「嘘つき。ホントはめちゃくちゃ余力残ってるくせにぃ。」
『嘘じゃない。この学校空間丸ごと異形の巣窟と化してたのを片付けた直後なんだから、あっても余力は残しておくべき。だから疲れてるで間違っていない。』
「あーぁ、はいはい。我が契約者サマは怠惰だなぁ」
その瞬間、内亜の顔の数ミリ横をキラリとした何かが通り過ぎる。
数秒遅れて、内亜の頬に一筋の影がはしる。
『つべこべうるさい。今回だって昨日のうちに片づけておけそうだったものをあの人間が来たせいで中断せざるを得なかったんだから。二日分働いたならそれでいいでしょ。』
内亜の背後の壁に、きらきら光るプリズムのような結晶片が突き刺さっている。
私が今しがた投げたものだ。
「うわ怖‥‥‥やだ、俺殺される?」
ケラケラと軽い口調で内亜が嗤う。
どうせこいつの事だから、分かってて言っているに違いない。
先程も言った通りこのいけ好かない青年の姿をしたこの存在は私と共に在り、この場で殺したりなんかしたら何が起きるのか分かったものじゃない。
(厄介な存在と契約しちゃったな)
心の中だけで一人愚痴を言うが、きっとこのいけ好かない笑顔の男はこの内心すら理解して立ち振る舞っているのであろうことも予測がついて、さらに気が滅入る。
この男と出会ってから“数百年”。
増えすぎ、本来重なり合ってはいけないはずだが隣り合う世界が起こす異形やカルトの事件などを解決し始めてから私はこの男と出会い、『色々』あって、契約関係にあるのが今の状況だ。
ただ、正直言って契約当初の事をあまり覚えていないのでちょっとした不信感は抱いていた。けれど、共に行動するうちに、彼の行動、言動から“怪しくて正体不明の奴”から“めちゃくちゃ怪しいけど信用できなくはない奴”へと変化している。
自分自身に関しての記憶すらあいまいな私だけれど、この男と契約したのは間違いだったのではないだろうかと時折思うことがある。
そういえば、私のことについて何も説明していない。
空色の髪と瞳(人間には普通の地味な色に見えるように術を組んである。)、135㎝から伸びない身長。
人間の姿を取ってはいるけれど、いつも私の中にはこの内亜のような異形の力が渦巻いているのを感じる。きっと、『私は人間じゃない』という感覚は間違いないと思う。
先程のプリズム片は、私自身の力をぎゅっと詰め込み何かを命令すると現れるもので、
本で調べた中だと、『魔力』というのが、正しいかはわからないけど、私自身が呼んでいる名称だ。
力は魔力を使わなければ人間の幼子と同じくらい(これを内亜と試すときは非常に屈辱的だった。)であり、何年、何十年、もしかしたら何千年も姿が変わらないのかもしれないくらい、初めに意識を持った時から成長していない。
とりあえずいろいろな国を渡って会話を試してみたけど、分からない言葉はなかったし、通貨などでも不便はない。荒事は内亜に任せたり私自身で対処したりしているが、好みではないな、と思う。
やることも自分のこともわからないことだらけだから、先程の異形の事など、知っていることなどを探ったりしながらたまに巻き込まれた一般人を助けたり見捨てたり、して、いる。
それに対して私はなんにも感じていない・・・・・はずだ。
そう自分に言い聞かせる。
そして、今回はここの学校の夜に潜んでいた異形の空間についての謎を調べている。
そういうわけである。
私自身よく分かっていないところも多いけど、いくつかまとめると現状分かっているのはこんなところだ。
内亜については‥‥‥‥本人(?)に聞いても
「俺はあくまでニャルラトホテプさ、分かるだろう?外なるカミサマだよ」
という答えしか返ってこない。
ちなみにニャルラトホテプとは、クトゥルフ神話において邪神、魔王アザトースの側近と言われ、眠れる魔王の代わりに999の姿を用いてこの地球を観測するはた迷惑なカミサマ。
人間の姿の時には、ありとあらゆる人間を魅了し、堕落させたり破滅に追い込んで観察したりするのが趣味の最悪な性格の神様だ。
人類史においてもいくつかの大きな戦争や天変地異の原因の裏側にはこの神が関与しているとかないとか‥‥‥‥‥?
私からすれば、影として利用して武器にしたりこうやってニヤニヤ嗤いながらのぞき込んでくる顔を殴ってみたりするだけの存在だ。(ちなみにこぶしはすり抜けられた。)
「ねぇ、作業も終わったでしょ?そろそろどっか行こうよ」
内亜がそう持ち掛けてくる。
私は辺りを見回し、この空間に人間が迷い込まないようにきちんと対策したことを確認してから頷いた。
『分かった。次はこの間聞いたところに行こう。そろそろ放置できない規模の被害が出そうみたい。』
そう答えると、内亜は私の影の中に戻った。
『この制服、結構可愛かったかもしれない。』
血痕一つない自分の姿を見て、ふと独り言を言う。
ブレザー式のこの学校の制服は、もう着ることは無いだろうけど、少しだけ覚えておこうかなと思った。
「葵に似合わない服なんて基本無いんじゃない?胸元が関係するものいが」
おしゃべりな影を無意味に踏みつけて黙らせる。
ふ、と顔を上げると、首から上のなくなった少年の死体が目に入った。
私が先程介錯した人間の少年だ。
彼の首は私の言うことを聞いていたのか、静かに目を閉じて隣に転がっている。
『‥‥‥‥‥‥』
なんとなく、その首を拾い上げて体の横にそっと置いておく。
致命傷となった腹部の鉄柱(ムーンビーストのよく使う武器だ。)が目に入る。
『やっぱり、救えなかったんだよ。こんな世界に足を踏み入れた君か悪い。』
そう、口に出してみる。
しっくりは、こなかった。
もしかしたらだけど。
私は、彼を“救わなかった”のかもしれない。
そんな言葉が頭をよぎった。
そしてその言葉は、しっくりと———————
『さて、次。』
まだ、“こんな程度”の被害は小さいほうだ。と言い聞かせる。
そして、内亜の力を借りて造り出した影の翼を広げてその異界から飛びたつ。
————————
もしかしたら、
もしかしたらだけど。
次があったなら
次が、あったとするならば。
私は、人を救うこともある‥‥‥‥‥のかもしれない。
今回登場したのはムーンビースト、カエルのようなクトゥルフ神話生物です。
単体で出てくることもありますが、今回のようにわらわら出てくることのほうが多いですね。
残虐な精神と少しの知能を持ち、仲間とは会話も可能だそうです。
ですので今回も犠牲者で遊ぶ描写などを加えてみました。
さて、次の投稿も早めに行いたいです。内容いっぱいでうずうずしております。
皆様もいましばらく待っていただけたら幸いです。では、また。