[四章]フォレ・ノワール【Ⅸ話】
9話目。フォレノワール編完結です
「全く、こっちは本当に大変だったんだからねぇ!!?」
あの戦闘の後、屋敷の客間でわめく内亜を、お菓子で宥めようとしながら話をしていた。(巻き込まれてしまった彼、クローネも同席して上品にお菓子をつまんでいる。)
「流石にあんな巨木が大量に襲い掛かってきたのには恐怖を覚えたわ。」
そう紙に書いて差し出すクローネ。彼の言葉に、ちょっとだけ申し訳なさを覚える。
クローネの事を内亜に頼んだ後、影に消えた内亜が何をしていたかというと、私のお願いで屋敷の周囲で彼を守りながら待っていてもらったのだが。
ノワールが制御していたであろう黒い仔山羊達が暴れ出して、大変なことになっていたのだそうだ。
流石にそこまでは予測していなかったので、内亜に対する多少の罪悪感はある。が、仕方ないじゃないか。久々の難敵相手でこうふ‥‥‥‥‥‥じゃなくって、苦戦を強いられていたから、そっちにまで気が回らなかったんだ、うん。
「ふふ、すみません。葵様との戦闘が楽しすぎてつい、子山羊達への命令を忘れてしまいました。特に、クローネ様には申し訳なく思っております。あぁ、もう一人は‥‥‥‥ま、いい運動になりましたでしょう。」
コイツ反省する気あるのかと半ば思いながらノワールを見ていると、こちらを振り返ったノワールに微笑まれる。胡散臭い。
『とりあえず、一件落着って言いたいけれど、いくつか問題点があるんだよね。今からそれらを解決していこうと思うんだけれど、大丈夫?クローネ。』
私はそうクローネに問いかける。すると、彼はこくりと頷いた。
『まず問題点がいくつかあるんだよね。
クローネを今後どうするのか。長年ノワールが集めた人間達の解放が可能か否か。後この館自体が何なのか、黒い仔山羊をどうするか。この四つがもんだいなんだよね。ね?内亜。』
「だぁねぇ。」
『そういえばなんか顔色わるいけどどうしたの‥‥‥‥‥‥というか、子山羊達どうしたの。』
ふと浮かんだ疑問を口に出すと、内亜は冷や汗を流しながら下手糞に微笑む。
「逃げてる途中に何とか影で縛っといた。‥‥‥‥今にも千切れそう何とかして」
ちらっとノワールの方を見やる。きっと彼ならすぐに大人しくさせられるはずだけど。
「あぁ、忘れていました。還しておきますね。」
にこにこ微笑んで指を鳴らすノワール。‥‥‥‥‥‥さっき話題に出た時にはすでに分かっていたはずだからこれは内亜への嫌がらせだろう。なんとか穏便に済ませられないものか。
子山羊達の気配が消えた瞬間、内亜が深呼吸した後に舌打ちするのが聞こえた。無理もない。
内亜との合流前に話を聞いていたところによると、黒い子山羊を召喚したのはもう何百年も前の事なんだとか。
触媒にされた人間は帰ってこない。そこは仕方がないのかもしれないけれど、ちょっとだけ胸が痛む。
『そんな一瞬で還せるんだ。』
「えぇ。それくらいなら簡単ですから。あれだけ暴れたがっていた子山羊達をよく捕まえていられましたね。尊敬します。」
尊敬している様子は全く見受けられない。が、確かに子山羊達の筋力を考えると内亜の影の拘束力すごいなぁ、なんてのんきな感想が出てくる。
「はいはい嘘つくくらいなら黙ってて?んで?子山羊以外の残り三つの問題は?」
そうしてちらりとクローネの方を見る内亜。クローネはぱちくりと瞬きをした後、メモに何かを書き記して私たちに見せてきた。
「私が巻き込まれたことは正直構わないけれど、どれくらいの時間が経っているのかは知りたいわ。」
クローネを解放した直後に分かったことだけれど、彼は自分の性格を勘違いされて事件に巻き込まれたことについては特に何も思っていない様子だった。
ノワールは静かに瞳を閉じてから
「急いでいたので、本当にここ数年の事です。7.8年位じゃないでしょうか。それにしても、こうして対面してお話していても貴方が男性だとは思えませんね。素晴らしい擬態能力です。」
と答える。
「擬態ではなく、ただの趣味だけれど。‥‥‥‥まぁ、勘違いされることは少なくなかったけど、メリットも多かったし。別に。それにしても7.8年ね。‥‥‥‥ちょっと、友人たちには顔を出しづらいかしら。‥‥‥‥ま、そこまで多くいるわけでもないけれど。」
クローネは静かにペンを滑らせる。
彼にどんな事情があるのかは分からないけれど、7,8年は人間にとっては決して短い時間ではない。その言葉がどこまで本気なのかは、私には分からなかった。
「ん、で。クローネの事はちょっと置いといてと。7.8年ってことは森の木にされた人間達も損くらいの年月経ってるんでしょ。戻せるの?本当に。」
頬杖を突きながら内亜がノワールへと問いかける。
「あぁ、木に変化させて下僕にしようとしていた人間たちの解放はすぐ可能ですよ。あちらも、クローネ嬢を攫ってきたのと同じ年位からですから。今のうちに解放いたしましょうか?神隠しにあったとでもしておきましょうか。」
ノワールはなんてことないように言った。あまり口に出すと内亜が拗ねそうなので黙っておくけれど、やっぱりというか悪魔としての格が違うなと思う。
神隠し。無理がなくもない‥‥‥‥かもしれないけれどそちらについてはすぐに解放してしまって構わないだろう。どうせ体に支障がなければ元気にみんな日常へと帰ってゆくはずだから。
『じゃあ、そっちはお願い。そういえば、クローネの話に戻るけど。家族とかは?』
私は先程から静かに何か考え込んでいるクローネに聞いてみる。
クローネは顔を上げると、メモにペンを走らせた。
「家族はいないわ。」
では、親戚はと聞いてみても、クローネは首を横に振るだけだった。
「私の事が知りたいなら教えてあげられるけれど、少し長くなるから時間を頂戴。」
そう書いたメモを掲げてから、机の上のお菓子に手を伸ばしながら長々と何かを書き始めた。
クローネ自身の生い立ちも気になるところだが、別で一つ、確認しなければならないことがある。
『ノワール。クローネに注がれた魔力の量は?』
「ミ=ゴなどに比べて大差ない程度ですかね。寿命自体は多少伸びるでしょうが、人格や生活に支障をきたす量ではありませんよ。‥‥‥‥‥貴女が与える魔力を制限するせいであまり神格へは近づけなかったではありませんか。」
と、こちらを見てノワールが嘆息する。
バレていたか。と内心思いつつも私は内亜の方を見て答える。
『特殊な魔力は存在するだけで被害を呼ぶって聞いてからずっと修行の一環で魔力の制限をしているからね。癖になっているのが今回はいい形に働いたって言えばいいのかな。けど、ノワール。君の魔力はえげつない量のはずだけど、何で自分の魔力を注がなかったの?』
すると、ノワールはニコニコ微笑んで答えた。
「召喚したシュブ=ニグラス様にもしものことがあったとき用の非常時に備えて残しておいたのと、悪魔の魔力は人間に注いでしまうと眷属を増やすことになってしまいます。今回はそれが目的ではなかったので、注がなかった、というより注げなかった、のですよ。」
コイツ、シュブ=ニグラスと渡り合う可能性まで考えていたのかと一瞬ドン引きしつつ、紅茶に手を伸ばす。美味しい。
「んぇ、じゃあクローネの体内の魔力の調節しないとじゃん。葵の魔力も葵の存在には色々混ざってるから危なく無い?」
内亜がお菓子を頬張りながら言う。
確かに、その点についてはどうなのだろうかと思い、ノワールを見る。
「魔力についてはこちらにいらした時に確認させていただきましたが、異形であるというだけの純粋なただの魔力でしたのでご心配なく。私の空間魔術を模倣できたのも、純粋な魔力、すなわち何にも染まらず、何でもできる力。そういう性質を持つ力を貴女がお持ちだったからです。」
純粋な魔力。何でもできるといわれても、今回はたまたま空間魔術の手本のようにきれいな術式を使う相手だったから模倣できただけで、複雑な事をしてくる相手であればそうはいかなかっただろう。
それに、何でもできるなら何故私はまだ空を一人で飛べないのだろうか。
なんとなく嫌な気持ちになってお菓子を雑に口の中へ放り込む。むせた。
「葵~、なぁんとなく考えていることは分かるけど、それについては大丈夫って言っておいてあげるよ。」
内亜が愉し気にこちらを見ながら言う。
『どういうこと?』
「今回、葵は未知の魔術を模倣できた。ってことは、何でもできる力があるんだから何でもできる、それが答えなんだよ。」
答えなんだよと言われても答えになっていない気がする。
むすっとしていると、肩をトントンと叩かれる。
どうやらクローネが説明を書き終わったようだ。
「まず、私は孤児。スラムで生まれ育ったから親なんかも分からないわ。なんでもやってスラムの仲間と生き延びて、大人になって色んなことができるようになって。その時に自分が美しい見た目をしているってことに気付いたからこういう服装をしてモデルなんかをやっていたのよ。で、ある年から人が、子供も込みでいなくなる森があるって噂を聞きつけて、困っている子供がいるなら助けないと、って思ってこの森に足を踏み入れたの。それ以降の事はそちらのクールな方が教えてくださるのでしょう?」
「ねぇ、なんかコイツ褒めるのやめて寒気するから。クールでかっこいいのは俺の方だからぁ。」
ノワールを見てそう告げたクローネに対して、内亜が気怠げに言う。
「ふふ、正直なお方ですね。お褒めいただき、ありがとうございます。そうですね、その時期がきっと私めが人間を攫い始めた時期なのでしょう。それに、貴方の性別を確認せずに器に選んだのは、もしかしたら、そんな美しい心が私の瞳を狂わせたのかもしれませんね。」
ぷうと頬を膨らます内亜を華麗にスルーして、ノワールが言う。
なんとなく、今回の事件の全体像が見えてきた気がする。
ノワールが主が欲しくなってなんだかんだやって今に至る。くらいの認識だけど。
『そういえば、この屋敷にいた人間たちはどうしたの?』
ふと気になって聞いてみると、ノワールはそれはそれは綺麗な笑顔で私に答える。
「この屋敷の持ち主一族は喰らいました。村の人間達から大量の財を奪って暮らす、私共悪魔にとってはご馳走のような欲望に溢れた人間達でした。」
『つまり、この館は無人になる、と。』
ふぅむ、何か運用方法がないものかと考えていると、ちょいちょい、と先程よりも遠慮がちにクローネが肩をつついた。
「孤児院にするのは、如何?」
想像だにしていなかった言葉に目を丸くする。
すると、クローネは補足するように何かを書き始めた。
「私の職場も、もうきっと私の事など消えたものとして捉えているでしょう?でしたら私の居場所がなくなってしまいますもの、館の一つくらい、戴いてもよろしいのではなくて?」
随分と思い切った発言だ。でもまぁ、良いんじゃないかと思う。
こちらとしても、館の運営方法が決まるのはありがたいことだ。しかもそれが孤児の為になるなら尚更。
『いいの?きっと大変だろうけど。』
「であれば人員だけ欲しいですわね。きっと、そちらの方が喰らわなかった使用人がいるのでしょう?その方々を雇わせてくださいな。」
ぱちんとウィンクをノワールへ向けるクローネ。
「伊達に厳しい環境下で育ったわけではない、というわけですね。ございますが、差し上げても問題ございませんか?」
クスリと笑ってそう聞いてくるノワール。
勿論断る理由もないので承諾すると、クローネはとてもうれしそうに微笑んだ。
経営費についても考えてあるし、これで全ての問題が解決した。
今回、内亜に頼れない中の戦闘で何とか勝ちをぶんどることができたのは大きな収穫だろう。
そう思いつつ、私は机の中央にある一番大きなケーキに手を出した。
シュヴァルツヴァルダーキルシュトルテ。またの名を
フォレ・ノワール(黒い森のケーキ)。
『うん。おいしい。』
さて、次はどこに出掛けようか。
桜編より短くなりましたが終章があってこの章は終わりになります。
ギミックにドキドキしてくれていたりしたらうれしいなぁとか。
ちなみにクローネさんは獅噛から『このキャラ出したい』と言われて出したキャラクターだったりします。絵を最初に見たんですけど、すごく妖艶できれいな男性(?)でした。
Pixivの方でイラストは上がるはずなので、そちらを楽しみにしていてくださいね。