[四章]フォレ・ノワール【Ⅷ話】
八話目です。
『空間転移を、模倣したと‥‥‥?』
ノワールは訝しげな顔をしつつ辺りを見回す。
先程まで戦っていた少女は見当たらない。
(かくれんぼ、というわけですか。)
そう思いつつ、屋敷の中を歩き回る。
屋敷の外が少々騒がしいのが気にかかるが、どうせまた近くの人間が入り込んだのだろうと考え、放置する。そのうちに黒い仔山羊にでも出会って正気を失い、やがて木へと変化するだろう。
屋敷の中を隈なく魔力感知で探してみると、一つの部屋に少女の魔力を見つけた。
隠れているつもりなのだろうか、感じる魔力が非常に小さい。
(まだまだ戦闘は荒削りのようでしたし、ここらが彼女の潮時ですかね。)
そう思い、念のため自らの魔力を極限まで潜め、静かに魔力の感じる方向へ向かう。
扉の中の様子を空間越しに観察してみると、中にいる少女は警戒したように辺りを見回している様子だった。こちらに気付いている様子は見受けられない。
(ふふふ、さて、あの少女を捕まえ、わが主の召喚を、わが悲願を達成しようじゃあありませんか。)
そして、部屋の中へ一瞬で転移し、少女を拘束する。
『捕まえましたよ、大人しくした方が身のためだと存じますが。』
そう言って少女の驚愕する表情を見ようとした視界が傾き、床面を映し出す。
『は、』
一瞬遅れて、自らの首が刈り取られたのだということを理解する。
しかし、少女は自分が捕えていたはずで、
「私の勝ち。」
少女の声が“背後から”聞こえた。
目の前にある少女は何者なのだろうか、そう考える暇もなく、自分の首が持ち上げられるのが分かった。
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私は、刈り取ったノワールの首を持ち上げて、目を合わせてにっこりと微笑む。
『悪魔の王だもの。これくらいじゃ死なないよね?』
意味が分からないといった表情のノワールに説明をしてあげる。
まず、近接戦闘も魔術のぶつけ合いでも小賢しいこと含めて勝てないのは分かっていた。
だから、ノワールの空間魔法を“学んだ”。
内亜の、ニャルラトホテプの契約者たる私が術式の一つ盗めなくてどうして相棒を名乗ることができようか。
空間転移の術式を魔弾で固定し、転移先で内亜の特製マントに包まり気配を断つ。
当然ノワールは同じ術式で追いかけ、私を探すだろう。
実際そうなった。けれど、私はずっと忘れてはいなかった。
“落とされた部屋に置いたダミーの自分”
それに残る私の魔力で、ノワールを釣り出す。
そして、獲物を刈り取す瞬間。つまり、一番警戒心が薄くなった瞬間にジェミニをツインダガーへと変形させ、その首を刈り取ったのである。
以上が、現在勝利を掴むことができた理由である。
「まさか、本当に小賢しいやり方で負けてしまうとは。」
ノワールは、大人しく瞳を閉じた。
「もうあなたの好きにしてください。私は貴方に敗北した。貴女へ服従するも、殺されるも自由です。」
『それじゃあとりあえず立って』
そう言って、ノワールの倒れた体の傍に持ち上げていた首を置く。すると、傷口が存在しなかったかのように薄くなる。
消えていく私のダミー人形を見ながら、首と体が繋がる様子を観察する。
「私が今から貴方にまた攻撃しないとは思わないのですか?」
ノワールはそう聞いてくる。
私は少し考えてから答えた。
『内亜もだけど、悪魔は案外負けを素直に認めるし、その首繋いでるので精いっぱいの悪魔ならいくらでもまだ相手できるけど?』
そう言うと、ノワールはクスリと笑った。
「完敗です。仰る通り、現在これ以上の無茶は不可能です。」
『ん。でしょ?』
「では、私に勝ったあなたは何を望みますか?」
『ん~』
少しの間考える。
悪魔との戦闘において、制約というものが存在することが少し面倒なのだ。
例えば、自分を王にしろとか、この願いをかなえてほしい、とか。
それを望むが故に一時悪魔狩りや魔女狩りがはやった時代があったそうだけれど、彼らはそうやわな存在ではない。たいていは返り討ちに遭って殺されたり飼われるのがオチだ。
しかも今回は予期せぬ出会いであったとは言え、悪魔の王。何を願ってもきっと叶えてくれるだろう。
暫く私はあることを思いついた。
『私達の城になる、っていうのは?』
「城、ですか。」
私の願いを聞いて意外そうな顔するノワール。
しかし、しばらくするとくすくす笑って
「それが貴女の願いならば。マスター、これからよろしく御願い致します。」
そう言って私に跪いた。
さて。
『で、ノワール。』
「はい、マスター」
早速名前を呼ばれて非常に嬉しそうな表情をするノワール。
私は窓の外を指差して問う。
『外、何であんなにうるさいの?』
ずっと精神的にピリピリしていたから全く気にかける余裕がなかったが、外がうるさい。
どれくらいうるさいかと問われると、そう。
「黒い子山羊達が暴走していますね。」
そう、そんな感じの五月蠅さ、って
『は?』
思わず聞き返す。
「いえ、都合の悪い来訪者たちの相手用に20程飼っていたのですが、それらが貴女との戦闘で私の意識が乱され、統率が取れなくなったのか、何か他の獲物でも見つけたのか‥‥‥‥」
二人で考える。
『なぁんか忘れてる気がする。』
意識が乱れてもノワールが統率していたなら問題はないはずだし。
他の獲物、獲物‥‥‥‥
「『あ。』」
思い出した。いるじゃないか。恐らくこの館周辺にいそうでこんなに長時間黒い子山羊達と追いかけっこなのか戦闘なのかをできるのは一人しかいないじゃないか。
(‥‥‥‥‥内亜、忘れててごめん。)
心の中で謝っておく。
「止めますか?」
そうノワールに問われて、頷く。
すると、先程までの喧騒が嘘のように辺りが静かになった。
さて、迎えに行くとするか。
詫びに何しようかななんて考えつつ、私はノワールを伴って、外へと出た。
20の黒い子山羊相手とか内亜でもないと相対しただけで死にますね。
クローネさんがどうなったかも次回、最終話で分かるかと。
では次のお話までまた明日?
もしかしたら腱鞘炎がだんだんひどくなっているので明後日になるかも