[四章]フォレ・ノワール【Ⅳ話】
四話目。葵さんです
ノワールと名乗る妙な男に転移させられた身体が、ふわふわのベッドに受け止められる。
無理やり飛ばした割には謎の気遣いが見受けられるが嬉しくはない。
枷を掛けられたりはしていないのでとりあえず身を起こし部屋を物色する。
やたら高そうな調度品が並べられているが特に興味を惹くようなものは無し、扉と窓は物理的に施錠されれている。
壊せば出られそうではあるが、謎の人物に飛ばされた謎の空間で後先考えずに派手な行動をするのは流石に躊躇われる。
ひとしきり歩き回ってもいい考えは浮かばず、過剰にふわふわなベッドに身を投げ出す。
(内亜とは分断されて、私一人この部屋。何か身体だるい気がするから多分これ魔力吸われてるなぁ。あー、人間の生贄がいらないってのはそういう………。)
お気楽に考えていられる状況じゃないのは分かっている。
しかし仕方ないじゃないか、この部屋には壊しがいのありそうな高価そうな調度品以外何にもない。
『んぁー‥‥‥‥‥‥あ。』
ふ、となじみのある感触。
持ち歩いていたバッグも一緒に転移していることに気付く。
よく使う小道具達に加え、魔力や気配を隠してくれる内亜の影から造り出したマントが入りっぱなしになっていた。
(不用心なのか敵意が無いのか余裕たっぷりにナメられてるのか‥‥‥)
とりあえず今は都合がいいのでそれを被って扉から堂々と外に出る。
鍵は‥‥‥‥‥まぁ、針金でちょちょいっと。ふわふわのベッドだけちょっと名残惜しいなと思いつつ部屋を出る前にもう一度辺りを見渡す。
‥‥‥‥流石にすぐに出てしまったら気づかれるかな。
監視されている感じはしないが、まぁ、念のため。
『身代わり人形でも置いておこうか。』
そう呟いて、術式を発動させる。
転移させられる瞬間は魔力が使えなかったが、今は問題なく使用できた。
出来上がった私そっくりの身代わり人形をベッドに横たえる。
‥‥‥‥羨ましい。
『ま、動かないけど何とかなるでしょ』
そう言って私は足音を殺して外へ出る。
(さむっ)
暖かく豪華に装飾された部屋とはうってかわって、冷たい風の吹く殺風景な石造りの廊下を歩く。
気配を探りながら進んでいると、壁の向こうに通路が続いている場所を見つけた。
(隠し通路と呼ぶにはあからさますぎないかなぁ)
そう思いつつ、狭くなった通路を進み、階段を下ってゆく。
すると、地下の一室に繋がった。
凍えるような寒さの中、その扉を開けようとする。
『ぴゃっ』
思わず変な声が出た。ドライアイスか何かのように冷たい。
(うぅ‥‥‥)
嫌だなぁと思いつつ、内亜の影マントを取っ手に巻き付け扉を開ける。
そこには、巨大な氷柱があった。
『はぇー、おっきい‥‥‥‥‥あ。』
よく見てみると、氷柱の中に一人の人間が閉じ込められていることに気が付いた。
綺麗な人間だなぁと思いつつ少し観察してみる。
黒髪の綺麗な人間だ。血のように赤いマニキュアや口紅を見て、相当美しい人間であることが分かる。
そして、ノワールの言っていたことを思い出す。
『とりあえず、これ壊そう。』
私はプリズム片を造ると、氷柱に向かって思いっきりぶちかました。
内亜がいたら、その人間に当たるよと怒られそうだが現在お目付け役はいない。
そして、先程の落下の時は魔力が練れなかったが、現在その制限は解除されているようである。
いざという時はジェミニもあるし安全安全。そう心の中で考えながら、落ちてきた人間をキャッチする。
触れて分かるのは、この人間に向けて少しずつ知らない魔力と私の魔力が注ぎこまれているということ。
『まぁこれくらいの魔力、持っていかれても何の問題もないけど。』
内亜が心配しそうなのでなるべく早めに脱出したいなと思いつつ、人間の体を温める術式を込めたプリズムを人間の服のポケットにしまう。
(これくらいの気温で凍傷になったら大変だし。)
早く起きないかなーなんて思いながら見ていると、洋服が非常に凝っている事に気付く。
レースやらをふんだんにあしらっており、非常に美しいデザインだ。
『んー。』
ふと自分の服装を確認する。
パーカーに、Tシャツ。短いズボン。長めの編み上げブーツ。カバン。
色はほとんどモノクロで、灰色が多い。
(そう言えばシェリーもお洒落だった。)
服を着飾るという人間の文化はよくわからないが、きっとこの人間のように自らの美しさを表現するためには、服装も重要なんじゃないだろうかと思えてきた。
『でもなぁ‥‥‥‥内亜真っ黒だし。でもあれで人間誑し込んでるし。服装ってよく分からない。』
そんなことを考えながら人間が起きるのを待っていると、気になるものを見つけた。
それは人間の服から零れ落ちたメモ帳とペン。
メモ帳をぺらぺらとめくってみると、この人物は、普段筆談で話しているようであることが分かった。
(声出ないのかな)
そう思いつつまたぺらぺらとページをめくり、途中で手が止まった。
とある一文を読んでから、この人間のことをもう一度観察し、考える。
頭の中で、“悪い考え”が浮かび、思わずにっこり微笑む。
『んふふ』
つい、笑みが零れる。
「、っ」
その声に反応してか、人間が目を覚ます。
慌てて辺りを見回した後に、私の持っているメモ帳を指さす。
『はい。』
私はそれをそっと差し出す。
人間はそれに何やら書き込んで、私の方へ見せてきた。
「ここはどこ。貴女は誰?」
少し警戒されているらしい。そりゃそうか、とも思う。
気が付いたら拉致されてか知らないけど氷柱に閉じ込められて、気を失って、目が覚めた瞬間にいる人物に警戒心を抱かない方がおかしいと思う。
『私は葵。ここは‥‥‥ごめん、私も知らない。けど、あなたの敵じゃないよ。よろしくね』
そう言って手を差し出す。
おずおずといった形で手を出され、触れた瞬間に引っ込められた。
『え』
今のは多少傷ついたかもしれないと思いつつ、自分の手には防寒を施していないことを思い出し、自分の分のプリズムを造ってから再度握手する。
「今のはなに?」
紙を差し出される。私の魔術の事を言っているのだろう。
『手品みたいなもの。』
こんなところで発狂されてはたまらないので、誤魔化しておく。
さて、ここからどうやって出ようか。
ある“悪だくみ”を抱えながら、私は考える。
悪だくみって何でしょうねぇ(にっこり)