[四章]フォレ・ノワール【Ⅲ話】
三話目。悪魔と悪魔の話し合い。
『葵をどこへやった』
油断した一瞬の隙に、葵はどこかへと飛ばされてしまった。しかし、契約者としての繋がりは感じるのでそう遠い所へ行ってはいないだろうことは分かる。
目の前の執事、いや。敵と認定したノワールと名乗る悪魔を睨みつけたまま問いかける。
「客室へ。彼女へはお力添えをいただかなくてはなりませんので。」
平然とした顔で答える悪魔。早く葵の元へと駆け付けなければ。そう思うのに、何故だか身体は言う事を聞かず、動かなかった。
「ふふ、そんなに暴れようとしないでください。貴方の力は治して差し上げますよ。わが主が起きればその程度、些細な事ですから。」
力の事がばれているとは思わず、一瞬固まってしまった。
こいつは、どこまでこちらの情報を把握しているのだろうか。
『何さ、治して差し上げますよーって。それに、この動けないの何とかしてよね、鬱陶しいんだけど』
そう言って相手の気を引きつつ、何かできることがないかを探る。
葵との影は繋げない、つまり援護はできない。
けれど、あの子だって僕の契約者だ。こういう奴に好き放題されて黙っているような性格じゃない。
「おや、動けませんか。思っていたよりも貴方は弱っているのですね。‥‥‥いえ、これは。ふむ。」
意外そうに言いながら何かを勝手に納得していることに腹が立つ。
ついでとばかりにに魔術方面でも動けないかどうか試してみるけど、やはり結果は同じだった。
『なに勝手に納得しているのさ。』
睨みつけて文句を言うと、ニコニコしながら(なんか腹立つこの笑顔)、ノワールとかいう悪魔は答えた。
「二つの質問にお答えしましょう。一つ。貴方が動けないのは、貴方が私より格下だからです。」
悠々として答えながら紅茶を飲むノワール。
『はぁ?こちとらあくまでニャルラトホテプなんだからそこらの存在になんか負けるわけないじゃん』
そう言ってじたばた足掻こうとしてみる。無駄だった。
体力を下手に使うはさすがに得策じゃないので、一度力を抜く。
どうやら話はしてくれるみたいだし、その言葉を聞いてからでも動くのは遅くはない。
ノワールは少し考えた後、微笑んだまま当たり前のように言った。
「ふふ、お気付きで無いのですか?」
『何が。』
「‟混ざりものの悪魔”の貴方よりも私の方が格上だと申し上げたのです。」
つい、黙った。
異形としての存在は、純粋であればあるほど強いとされている。
混ざりものの無いノワール相手では自分は悪魔としてはどうあっても勝てないという事か。
理屈は分かった。けれど、身動き一つできなくなるほどの力の差はそれだけじゃ説明がつかない気がする。
「えぇ、貴方の考えている通り、それだけではありませんよ。王に勝る権力を持つ存在が他にいますか?」
『今、なんて言った』
「ふふ、お気付きで無い様でしたのでもう一度申し上げますね。私の名はノワール。“悪魔の王”ですよ。」
ここで一度頭の中を整理する。
異形は、その存在が単純かつ純粋であるほど格が高いとされている。
そして、同じぐらいの膂力や魔力のクトゥルフ神話の異形と、吸血鬼のような伝承の有名どころを戦わせたら、知名度やらの関係で吸血鬼の方が強い。そういう事になっている。
それが世界の摂理で、悪魔、天使は本当に分かりやすく力が強い。何故ならそもそも多くの人間に概念として知られていて、存在の仕方が単純だから、異形の中でもトップクラスに力が強いのである。
その中でこいつは、悪魔の、しかも王様ときた。それがもし本当ならば、“あくまでニャルラトホテプ”である俺の力はそう在ること自体が混ざりものとして純粋な存在には力負けするし、どちらの力も十全に振るえるわけじゃない。
『っは、つまり、俺なんかじゃお前の足元にも及ばないから放置してたってわけ。』
「ふふ、ようやく理解が追い付きましたか?」
そう言ってにっこり嗤うノワール。
しくじった。正直こんな辺鄙な場所にそんな大層なヤツがいるなんて思わなかった。想像もしてなかった。とりあえずヴァイスの奴は次会ったら半殺しにしよう。
そう心に誓って目の前の敵をどうするか考える。
俺の得意分野は正直正面切っての戦闘には向いてないし、出来たとしても勝てっこない。
頭を働かせても、それを行動に移すことができないんじゃあなぁんの意味もない。
「では、理解できたところで二つ目の問いに答えましょう。」
そう言ってノワールはなんてことないようにこう言った。
「彼女には、主を起こす贄になっていただきます。」
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?』
「贄が必要ないとは私は一言も申しておりませんし、あの人間たちを解放するなら別の贄が必要でしょう。であれば代わりに彼女の力を借りる方が自然です。それに、そうですね。彼女には特別な力を感じますから。どちらにせよ貴方方に出会えたことは幸運でした。あんなに上質な魔力を大量に保持している。一体どのようなからくりであんな不安定なはずの身体を保っているのでしょうかねぇ。」
愉しげに嗤うノワールに、心の底からぞっとした。
(葵、ごめん、)
まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。これが、恐怖心か。
勝ち目がない。
それが事実であることを覆すための材料が何もかも足りない。
自分が無力であることを思い知らされたのは、
あれ、なんねんまえのはなしだったっけ
ぷつり。
糸が切れるように、視界が暗転する。
「おや。一体どうしたんでしょうかね。」
意識が途切れる寸前、紅茶をすする音と共に腹立たしい声が聞こえた気がした。
情報量が多いのでどこからどこまで出すかの調節が難しいですね。これからも精進してまいります。