[四章]フォレ・ノワール【Ⅱ話】
二話目です。
じりじりします
「私の名はノワール。あくまでただの執事、何かご用命がありましたらいつでもお呼びくださいませ。」
そう名乗った執事は、深々と頭を下げる。
『ここに来るまでに黒い仔山羊を見た。だからここにいる“主”とやらはシュブ=ニグラスだと思ったんだけど。あと、私たちが用事があるのはシュブ=ニグラス当人であってそれ以外に興味はない。』
私がそう言うと、ノワールは頷いてから申し訳なさそうに答える。
「はい、我が主はシュブ=ニグラス様でございます。‥‥‥ですが、誠に申し訳ございません。現在主は眠りについておりまして‥‥‥現在御目通りは叶いません。」
「その眠りから起こすための贄があの森の木々にした人間達?」
内亜がノワールに向かって敵対心を露にして聞く。
恐らく、同じ悪魔として思うところがあるのだろう。
「ふふ、貴方は面白いことを仰る。隠す事でもありませんので申し上げますが、悪魔の身である私が、神一柱を目覚めさせるためにあのように大量の贄など必要ないとお連れ様は御存じでしょう。あれらは下僕とするための者たちにすぎません。」
くすくすと笑って答えるノワール。
驚くべき話だが、その笑みからはその内容が真実であると感じさせられた。
それに、内亜が悪魔なのも見抜かれているようだ。
『それなら人間達は何のために集めているの』
「先ほども申し上げた通り、我が主の従者として利用させていただく為です。」
『そんなの、黒い仔山羊を追加で何匹か召喚すればいいことでしょ。』
「?あれでは見た目が悪いではありませんか。美しくないのは好みではありません。」
「んぇ、そんだけの為にあんなにいっぱいの人間集めたの?趣味悪ぅ‥‥‥‥」
内亜が煽るように言うが、ノワールの表情は変わらない。
「ふふ、さて、お客様を立たせていては主に面目が立ちません。ティータイムの準備を致しますので、お話の続きはそちらにて。」
そう言って、笑顔でぱちん、と指を鳴らす。
その瞬間、風景が変わった。
辺りはおとぎ話に出てくるような花々が咲き乱れる幻影の庭。
私達はいつの間にか席につかされ、机の上には華やかな香りを立てる紅茶と様々な菓子類が上品に並べられている。
『‥‥‥‥‥、』
全く、反応できなかった。
風景が描き換わり、ティーセットが湧き出るまでの時間、私達は瞬きをすることしかできなかった。
そのことに驚きを隠せず、思わず内亜を見るが、内亜も同じような表情をしていた。
いつでも飄々としている内亜のこんな表情を見るのは何十年ぶりだろうか。
「、招いたってことは、僕らに何かしてほしいこと、あるんじゃないのぉ?さっさと話しちゃいなよ。じゃないとのどかにお茶会なんてできないじゃないか。」
そう言って驚愕を取り繕いつつ情報を引き出そうとする内亜。
机の下で握った私の手にじんわりと汗がにじむ。
「他意などございませんよ。強いて言えば、我が主と友人になっていただきたい、と言ったところでしょうか。」
にっこりとノワールが微笑む。
「へぇ、そう。僕らがオトモダチになるには森の人間を解放しろって言ったら?」
私の影から勝手に出て来た内亜がからかう様に言う。挑発して相手の狙いを探る気なのだろうか。
「ふむ。別に構いませんよ。」
ノワールが答える。
『は、』
思わず動揺が口に出る。
内亜の表情も心なしか固まったような気がする。
「今すぐにでも解放いたしましょうか?」
その提案に、私は更に動揺する。
あれだけの人間がいたら、ただの魔術師でも神の一柱を召喚することができそうなもの.
迷い込んできた人間を捕まえるだけという非効率的な手段であれだけの数を集めるにはそこそこの期間、10年程度はかかっているはずだ。
苦労して集めたはずの“材料”ともいえる人間たちをそう気軽に解放できるというのか。
「‥‥‥‥‥‥何にも要求されないんならね。」
内亜が腕を組み、瞳を閉じて問う。
何かを考えているのだろう、無意識にトン、トン、と組んだ自分の腕を指で叩いている。
『先程も申し上げましたが、私めの要求はわが主に会っていただきたい、その一つです。そのための準備もあります。ですのでこうして時間つぶしの為にこの場を設けさせていただいたのですよ。』
考えていることが分からない。
シュブ=ニグラスに会う、という、私達の目的を達成させるのが対価だというのはあまりにもこちらに都合がよすぎる。
「そこまで警戒なさらないでください。私めに貴女方への敵対心はありませんから。」
そう言って微笑むノワール。
けれど、油断できる相手ではないのは最初から分かっている。私達は沈黙の中で考える。
『シュブ=ニグラスは眠っているんじゃなかったの。』
私は問う。
人間の贄も必要そうにはしていない、大掛かりな儀式の準備があるようにも見えない彼が、いつでもシュブ=ニグラスを目覚めさせられるかのような言い方が引っ掛かる。
「あぁ、そろそろお目覚めになる頃合でしょう。主の支度が整うまでの時間、わたくしがおもてなしさせて戴いております。」
「‥‥‥‥‥ふぅん?」
「それ以上も、それ以下もありませんので。」
また沈黙が訪れる。
探りをいくら入れてみても、するりと蛇のように躱されてしまって何を考えているのかが全く読み解けない。
「そんなにも警戒なさるなら今すぐ人間たちを解放いたしましょうか。」
そう言って笑みを深めるノワール。
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥それは、後でいい。』
暫く考えた末に答えを出す。
解放する際に勝手に制約をつけられても面倒だ。
先程から何も進まない。何も進めることができない。
茶に手を伸ばすことも、私にはできない。
「ふぅん。ならこの茶菓子やら飲み物に何も仕込みがないって断言できるの?」
内亜が問う。
「えぇ。リラックス効果のある、いい茶葉が手に入りましたので、冷めないうちにどうぞ。」
気づけば紅茶の湯気がほとんどなくなっている。
それを見ていると、ノワールが
「交換いたしましょうか。」
そう言って私のカップを示した。
『‥‥‥‥、飲んでみて。』
意味がないことは分かっているが、念のための確認として私はノワールにそう提案してみる。
これで否定されれば黒確定なのだが
「かしこまりました。」
そう言って、彼は私のカップに入った紅茶を飲みほした。
じっと見つめてみるが何も変化はない。
「こりゃ、手強いねぇ‥‥‥」
そう、内亜がぽつりとこぼした。
じりじりと時間が過ぎてゆく。
けれど、紅茶に手を付ける気にはならない。
『香りはいいとは思うよ。』
紅茶を飲む気がないことを隠さずに私は言う。
「ふーん。まぁまぁじゃないの。」
内亜はしれっと紅茶を口に含んでそう評価した。
「光栄で御座います。」
そう言ってまたお辞儀をするノワール。
沈黙のまま、内亜が一人茶菓子を食べる音だけが空間内に響く。
「にしても、なんで強力な力を持つ悪魔が主を必要とするわけ?」
そう内亜が問う。私自身も気になっていたところである。
内亜のように神格を取り込めばそれだけ自分の力が強くなるはずなのに。
「‥‥‥‥少々、飽きてしまいまして。気まぐれというものです。」
そう言ってまた指を鳴らすノワール。
すると、ふわり、ふわりと空中に様々な街の風景や街並みがホログラムのように浮かんだ。
『これは‥‥‥‥』
空間に関係する能力、だろうか。
「私の能力です。空間転移、収納、拡張の能力です。お望みとあらばあちらの扉をお望みの場所へつなげることもできますよ。」
『そんなこと教えていいの?』
思わず問う。
すると、ノワールは柔和な微笑みをたずさえたまま答えた。
「はい。勿論、わが主の御客人ですから。」
本当に真意が読めない。
初めて出会った頃の内亜のようだ。
「葵、今失礼なこと考えたでしょ」
『何も。』
食い気味に答える。
そんなことに時間を使っていられない。
『茶番はもういいから、そろそろ本題に入りたい。』
私は席を立つと、ノワールに向かって言った。
すると、ノワールは微笑みを深めて
「はい。では、見たいものも見ることができたでしょうし。こちらへどうぞ、葵様。」
ぱちん、と指を鳴らす音が聞こえた。
瞬間、浮遊感に襲われる。
「葵!!」
落下しながら遠のいていく内亜が叫ぶ。
『は、』
落ちていく方を見ると、どこかの部屋らしい空間が開いている。
咄嗟にプリズムを足場として展開しようとしたが、出来なかった。
『なっ!?』
「では、ごゆっくりと。」
ノワールのその声を最後に、私はその空間の中へと落ちていった。
クトゥルフってやっぱり心理戦が楽しいですよね。
水紫は結構人狼とかの心理戦で精神ゴリゴリに削りながら言葉で争うのが好きです。
逆に獅噛はそういうの苦手らしいです。
心理戦ゲームとかも大体やるとしたら水紫が勝つんですが、人狼だけは別なんですよ。
獅噛にだけは何故か人狼のとき必ずバレるのです。本人曰く勘だそうですが、めちゃくちゃ毎回困りますね。何とか欺けないものか。