[四章]フォレ・ノワール【序章】
新章です。
さて。開幕からいろいろ起きてますが、今回はどんなお話になるでしょうね。
内亜に手を引かれて雲の上、中天の太陽に照らされながら空を飛んでいる。
次の行先はフランス。シュブ=ニグラスに会いに行くためだそうだ。
いつもなら神格は出てこないようにさせたり追い返している私たちにとって、神格に会いに行くというのは奇妙な旅だ。
『シュブ=ニグラスって黒い山羊って言われてる神格だっけ』
「ん、正解。旧支配者の一柱、千匹の仔を孕みし森の黒山羊。詳細は分かる?」
街の中、背の高い塔に気配を消してふわりと着地し、内亜がいつものように影の中に溶け込む。
頭の中にある知識を少し探ってから、答える。
『確か、旧神との戦いに敗れて知性を失った神様、雲みたいな不定形で退廃的な豊穣の神、だっけ』
「そ。なんか、そのシュブ=ニグラスがフランスのどっかに現れたらしいんだよね。」
『それ近隣住民大丈夫?消えたりしてってない?』
「わっかんない。だからちょっと急ぎで向かってたんだけど‥‥‥‥‥」
そんなことを話しながら降り立った街を見まわす。
街の規模に対して不自然なほど人通りが少ない、気がする。
「影響、もう出てるみたいだねぇ」
『みたい。聞き込みしてみる?』
そう言いながら、降り立った塔の階段を下りていく。
少し、埃っぽい。
「んー、教団の信者に鉢合わせたりしたら面倒ごとになりそうだし、静かに探索してみよっか。」
内亜は影の中からそう言う。
つまり
『ケーキ屋さんに行くのは』
「後で。全部終わったあとね。」
『‥‥‥‥‥‥』
人通りは少なくとも美しいケーキやお菓子が並んでいるお店を見てついそちらに足が向きそうになるが、内亜に言われて何とか堪える。
本当はフランスでフォレノワールを食べたかった。
「ふぉれのわーる?あぁ、さくらんぼのケーキね。」
内亜が私の思考を読んで言う。
ドイツ語ではシュヴァルツヴァルダーキルシュトルテ。黒い森のさくらんぼのケーキともいう。
『今回の件に関係あるかもしれないじゃん』
「ないない。」
『そんな即座に否定しなくても。』
他愛のないことを話しながら
街を徘徊する。
平和な街にしては数の多い探し人の張り紙をあちこちで見かける。
『内亜、案外当たってたかも』
「え、ほんとぉ?」
するりと影の中にその張り紙を落とし込むと、驚きの声が返ってきた。
「んえ、ほんとにお菓子、じゃなくてもさくらんぼの森は関係ありそうじゃんこれ」
張り紙に書かれていたのは、さくらんぼの森に向かった人物が帰ってこないので探してほしいというものと、危ないので森にはなるべく一人で入らないようにという注意書きだった。
他の物も確認してみると、いくつか似たようなものが見受けられた。
『黒い森に行った人が帰ってこない。黒い山羊。確かシュブ=ニグラスの眷属って木に擬態してなかったっけ』
「うん。いやまさかとは思ったけど、案外葵のスイーツ脳も役に立つもんだね」
とりあえず抗議の証として影を強めに踏みつけておく。
『それなら行先は確定でいいのかな?』
「だねぇ」
念のため確認を取ってから、張り紙に手書きされていた地図を頼りに森へと向かう。
陽光を拒むような暗い森が目に入るくらいに近づくと、辺りに魔力のにおいが濃く充満していた。
『これ、誰かが魔術使ってる?』
こんなに濃い魔力の匂いを垂れ流しにするとは、まるで誰かを招いているようだと感じて罠にかかりに行くような気分になる。
「そうだね、ちょっと気を付けていこうか。」
そう言って、内亜が影から私の身長に丁度よさそうなマント(内亜の影でできている)を出して言った。
『周りからの探索が鉄則。だったよね。』
私はそれを羽織ると、気配が曖昧なあたりの木々の探索を始める。
黒い木、さくらんぼ。なんだか似合わないような似合うような、そんな感じがして木に触れてみる。
樹皮の冷たい感触。特にこの木に何かがあるような感じはなかった。
「葵、森に入らないようにだけ注意してね。」
念のため言われてこくりと頷く。
そのまま周りを探検してみたが、特にこれと言って不思議なものはなかった。
1時間以上経っただろうか。
あまりにも何もないので、私は影を小突いてみた。
『入ってみない?』
「んー‥‥‥‥‥ま、いいか。行こう。」
肯定の返事があったので、私は森へと足を踏み入れる。
瞬間、寒気がした。
『?!』
なんだろう。どこかで感じたような感覚を感じて、私は思わず後ずさりする。
「葵?」
『内亜はなにも感じなかったの?』
私は戸惑いながら内亜へと声をかける。
こういう時は真っ先に反応するのに‥‥‥‥
「んー、?ごめん、分かんないや」
そう答えが返ってくる。
『‥‥‥‥‥』
嘘をついている様子もないので、特に何も言わずに再度森へと足を踏み入れる。
今度は、何もなかった。
「なんかあったの?」
内亜から問いかけられた。
『気のせい、多分‥‥‥』
そう答えつつ、辺りを見回してみる。
特に何の変哲もない木々、冷たい空気。
ついつい木の模様が人の顔に見えてしまい、ちょっとだけ驚くけれど、内亜にバレたくなくて隠そうとした。しかし、再度その木を見て私は目を疑った。
『これ、“人”だ。』
「え?」
内亜がきょとんとした声を上げて影の中から姿を現す。
「‥‥‥‥‥‥、本当だ。ぬくもりを感じる。それに」
二人して空を見上げる。
その木は、胴体にコートを羽織り、てっぺんの枝先には帽子が引っかかっていた。
“まるで、木になる前の人間が被っていたかのように”。
『確定、だね。』
「うん。心してかかろう、葵。」
そう言って私たち二人は森の中央へと向かって足を踏み出した。
内亜は便利(確信)