[三章]桜の舞う戦場【Ⅺ】
十話目。
内亜さんおこです
葵からの連絡が途絶えて数時間後、ファミリーの建物に葵が直接やってきた。
『葵!通信に反応しないから心配したんだよ?』
そう言うと、困ったように眉尻を下げる葵。
「ごめんねぇ、ちょーっと手間取っちゃって。」
‥‥‥‥‥?
言い方に違和感を感じてじっと葵の瞳を見つめる。
「あぁ、喋り方違うからすぐ気づくよね、僕だよ、内亜さ。」
“葵”がにっこり微笑んで言う。違和感しかない。
『葵はどうしたの?』
そう問うと、葵の身体で内亜が言う。
「戦闘で負傷したんだ。もう治してあるから心配しなくていいけど、今葵寝てるからこのまま寝室に行っちゃっていいかな?」
頷き、すぐにライムたちに指示を出す。
『支度させるからそのまま向かって。事情はあなたから聞けるのよね?』
内亜に言うと、手をひらりとさせて応えた。恐らく了承の意味であろう。
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『で、何があったの?』
私は葵の部屋から出てきた彼にそう聞いた。
「不意打ちを食らってしまってね。
葵の身体は非常に脆いものだから、今は気を失ってる。」
心配の感情が表情に出ていたのか、内亜がにっこり微笑んで笑う。
「大丈夫。すぐに目は覚ますさ。」
その表情をよく観察する。
なんだかいつもと違う気がした。
『内亜、貴方今何を考えているの?』
私が尋ねると、内亜はついと目をそらした。
彼らしくない、感情がそのまま表情に出ている様子だった。
「いやぁ、ちょっとね。入手した情報を整理してた、みたいな。」
『‥‥‥‥‥‥‥葵のことが心配?』
私が言うと、彼の肩がピクリと反応した。図星のようだ。
「そりゃ、少しはね。でも大丈夫。信頼しているからね。」
『嘘が下手ね。いえ、言葉に嘘はないのだけれど、表情に出さないように努力しているように感じる。』
なんだか作り物のようないつもの表情と違い、今日の彼の表情は本当にどこか遠くを見つめているようで、このままどこかへ行ってしまいそうな気がした。
『何か見つけた?』
私がそう聞くと、彼は頷いた。
そして暫くの沈黙の後、彼は私の事を見ていった。
「ねぇシェリー、今回の件、ボクに任せる気はなぁい?」
『‥‥‥‥‥』
じっと彼の事を見つめる。
彼が悪魔であることは知っている。
ヴァイスにも、一人で近づくなとあの後散々言われた。けれど、私は私自身の眼で見極めたかった。彼の事を。
『交換条件があるわ。』
私は彼に言う。予想していなかった言葉なのか、きょとんとしている。
『貴方達、私達のファミリーに入らない?』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
沈黙が辺りを支配する。
「ははっ」
やがて、長い時間をおいて彼は笑った。
「お断りさ。分かっていて聞いただろう、君」
私は頷く。
『半分以上は本気だったけれど、貴方達を縛れるだなんて私はそこまで自惚れちゃいないよ。』
「じゃあなんで聞いたんだい?」
道化のようにおどけた表情を作り出して彼が言う。
『葵から貴方を失わせる気はないもの。』
道化の表情が、固まる。
『きっと、貴方なら今回の事件を、すぐに片づけることができるでしょうね。』
私は手すりへ腰かけながら言う。
ヴァイスにはいつも止められるが、今ここに彼はいない。別の場所の捜索を任せているからだ。
『けれど、それは貴方自身をどれだけ削るものなの?』
ふ、と笑う声が聞こえた。
「あはは、削りはしないさ‥‥‥でも、そうだね。危険は大きいかもしれないとは思っている。」
彼は笑う。作り物の表情で。
「でも、見たくないのさ、葵が傷つくの。」
笑う。きっと、彼はいま自分自身を嗤っている。
「そう思っちゃったんだよ、何でだろうね。」
嗤って、そして
「失いたくないって、思っちゃったんだよね。」
泣いているのだろうか。
私は敢えて瞳を閉じて彼に声をかける。
『そりゃそうでしょう、あんな、兄妹みたいな関係性の契約者?を失いたくないなんて当然の感情だわ。』
「当然、か」
『そ。だって貴方今すごく悲しくて、すごく怒ってるんじゃないの?』
「そりゃそうだよ、葵の事こんなにして」
『自分自身へ、の事よ。』
また、その場が静かになる。
「キミの事、もしかしたら僕苦手かも。」
『誉め言葉として受け取っておくわ。』
「あぁ、怒っているさ。無力じゃないはずなのに怪我をさせたこと。」
『そうでしょうね。
‥‥‥‥‥今回の件は貴方達へ任せるわ。貴方はきっと、この町の中の誰よりも強いはずだもの。きっと、ヴァイスよりも。』
そう。きっと彼はとても強い。なんだか確信が持ててしまうほどに。
「それに。」
けれど、きっと彼は
「連中には地獄を見せないとね。」
地の底から這い寄るような低い音がした。
彼の言葉だと、一瞬私は気づけなかった。
けれどそれくらい彼は怒っている。
自分自身にも、今回の黒幕にも。
『程々に、街が壊れるのはみたくないから、ね?』
一応念のため忠告しておく。
街に被害を及ぼしてしまえば私達はきっと敵対せざるを得ないから。
「あぁ、気を付けるさ。君たちまで壊さないように、ね。」
背筋が凍りそうなほど、彼の存在が恐ろしいと感じる。
本能はこの場から逃げたがっている。けれど、私は彼と話をしていたい。
『えぇ。けれど、一つ貴方にいい物をあげるわ。』
そう言って私は一つのハンカチを手渡す。
桜色の、薄い生地の物だ。
「これは?」
彼が聞いてくる。
『シリアージョファミリーの証。貸してあげる。』
きっとこれ以上の説明は必要ないだろう。
だって彼はとても賢いから。
「‥‥‥‥‥‥‥‥へぇ。」
ニヤリと彼が嗤う。
そして私に向かって軽く手品をするようにハンカチを影の中に落とし込んで見せる。
「これで、この街の君の敷地内ではやりたい放題ってわけ。」
沈黙で私は肯定の意を示す。
「ありがとう。シェリー。君の事はこの件が終わっても忘れないよ。」
彼はとても愉快そうに嗤う。
その笑みは深く、昏く。心の底から愉しげに。
(ご愁傷様。)
彼を敵に回した、いや。彼らと私達を敵に回した黒幕へ少しだけ同情する。
『葵が目を覚ましたら終わらせるの?』
私は彼に問う。
きっと、葵を置いてはいかないだろうと思ったから。
その予想は的中して、彼は頷く。
「アジトの場所はもう分かったからね。後は僕らの仕事も終わりってわけさ。」
いつの間に見つけていたんだろうかということは聞かないでおく。きっと、聞いてもわからないだろうから。
『さてと、夜も更けてきたし。戻らないとヴァイスに怒られちゃう。』
そう言って私は部屋を後にする。
彼の笑い声が微かに聞こえた気がしたが、気のせいかもしれない。
基本的にキャラクターにシナリオは任せているのですが、今回は思ったより早く終わりそうです。内亜が私の思う以上に怒っていらっしゃる。
キャラクターが勝手に動き出すと、こちらのタイプの手が止まらなくなるので楽しいですが腱鞘炎が‥‥‥まぁこのまま見守ることにしましょう。さて、相手はどんな地獄を見るか。