[三部六章]再会と初めまして②
“自分”とは何者なのだろうか。
それは、寿家に拾われたあの日からずっと問いかけてきた言葉。
けれど、執事として活動するにあたってその疑問は不要だとずっと切り捨ててきた。
その目を逸らし続けてきた答えが、今目の前にある。
葵様の視線を見なくともわかる、こちらを見つめる一人の青年の目。
“見覚えがある”。
けれど。
葵様に連れられて青年の前に立つ。
何かを青年が言う前に。
『初めまして。廻月 宮叉と申します。』
次の瞬間、青年が抱きしめていたジャケットに力が加わるのを見て少々心が痛む。
けれど、何故かそうしなくてはならないと思ったのだ。
彼は今何をしているのだろうか。元気にしているのだろうか。そんな疑問が心の内に沸く。
「あの、覚えてませんか。俺、蒼江緋炎、って言います」
その名前を聞いてどこか懐かしさを感じる。
あぁ。自分はきっと彼を知っている。けれど。
思い出せない、のだ。
」すみません。事故で記憶を無くしているものですから‥‥‥‥‥』
そう言ってもう申し分けなく思いつつ彼の方を見ると、どこか寂しそうな、けれど何か覚悟していたような表情をしていた。
「宮叉。緋炎はね、君の過去の部下で、今異形課っていう特殊な部署のリーダー頑張ってるんだ。‥‥‥‥‥‥思い、出せないか」
『はい。ただ、懐かしさは感じています。きっと、私と彼は深い関わりがあったんでしょうね。』
「はい。宮叉さんから色んな事学んで、それで俺は今こうして毎日仕事ができてます。部下も増えましたし。」
‥‥‥‥‥‥‥‥つい、手が伸びる。
『頑張りましたね。』
そう言って彼の髪を軽く撫でる。
二人が驚く気配がした。
「あの、宮叉。文人にも話はしないといけないけど、もしも戻りたい、戻って記憶を取り戻したいならそう手配することもできるよ。」
葵様の言葉に首を横に振る。
『今私が戻っても、きっと皆さんにご迷惑をおかけしてしまいます。ですので‥‥‥‥‥頑張ってくださいね。緋炎。』
「っ、はい‥‥‥‥‥‥!あの、宮叉さん、これ、貴方のジャケット‥‥‥‥‥」
そう言って差し出されるジャケット。どこか見覚えがある。
『それは、貴方に差し上げます。』
けれど、今の自分には不必要なものだ。
そしてきっと彼にも似合うだろう。
『頑張りすぎないように。』
そう言って彼に向かって少しだけ微笑む。彼はどこか泣きそうな顔をしながら頷いた。
「それじゃあ一件落着って事で‥‥‥‥‥‥美味しい。」
「葵、いつの間にそんな大量にケーキ頼んだんだ。」
気が付けばテーブルの上は色とりどりのケーキで埋め尽くされている。
『おや‥‥‥‥‥では、ティータイムに致しましょうか。』
そう言って紅茶を注ぐ。
「あ、宮叉さん‥‥‥‥‥‥」
緋炎様がそう言ってこちらを見るので見返すと、困った顔の店員がこちらを見ていた。
「宮叉。ここは寿邸じゃないよ。店員さん困ってる。」
『これは‥‥‥‥‥‥おや、つい癖で。』
ふと皆から笑いが零れる。
これでいい。何故かそう思った。
自分の過去を思い出したいと思うこともあるけれど。今は私は寿家の執事。それで良い。