[三章]桜の舞う戦場【Ⅸ話】
八話目です。
あれから一晩。書類のダミーの意味とは。
さて、解析の結果を報告しよう。
『ダミーだよ、これ。』
翌日、私は皆の前で燃えカスをひらひらとさせながら言った。
「ダミー、ですか?」
ヴァイスが腕を組みながら言う。
『うん。間違いない。内亜にも確認させたし。』
そう言って足元をとんとん、と小突く
「はいはい、っとね、俺らの系統の術式に見せかけているけどこんなんじゃ何にも発動しない。何の意味もないものだよ」
昨夜瓦礫の下から出てきた紙を解析した結果、読める部分全ての情報を合わせても、何の術式も発動しないことが分かった。
念のため書かれた内容で何かできないか試してみたが、できたのは失敗した時の小さな爆発程度の物だった。
「そ、それはほんとに?!知らないものだったりとかしない?」
『無いね。内亜はニャルラトホテプだし、存在しうるほぼ全ての術式を扱うことができるけれど、この中に何か有益な情報は無かった。他の誰が言うのならありうるかもしれないけれど、内亜のお墨付きってことはそう言うことだよ。』
動揺を隠せないでいるシェリー。それと対照的に、ヴァイスはとても冷静だった。
「やはり、そうですか。」
『うん、大きめの組織が関係している場合、はずれを用意してることが多いからね。
一応昨夜その現場に行って来たけど、やっぱりレジーナの威力に間違いはなかったみたい。
不完全な術式やダミーの術式が発動して爆発が連鎖してあんなことになったみたいだよ。』
「よかった、じゃあさすがにあんな爆発は葵でもできないってわけね‥‥‥」
『‥‥‥‥‥』
「葵?何で答えないの?葵????」
とりあえず燃えカスは本当にすべて燃えカスだった、ということで間違いないだろう。
(それに、ミ=ゴなら“アレ”が大体あるはずだもの。)
内心思うことは口には出さない。その方が彼女の心の健康のためだろう。
『と、言うわけでおとり作戦はまだ続行、でも今度は髪色だけ変えていこう。それくらいの術は私にも扱えるから。』
そう言って、またライムに衣装を頼もうとし‥‥‥‥‥て、やめた。
「なぁんでたのまないのさぁ」
内亜がニヤニヤしながら言う。
「わかってるなら口を挟まない。」
そうたしなめて、今度行く区域の選択をする。
『連中のアジトの方向‥‥‥は、偽造だったけど、その位置関係的にこっち側に本命があると思う。でもこっちの方‥‥‥』
「スラム街、ですか」
ヴァイスが言う。
「スラムはあまり言っちゃいけないって言われてるからヴァイス同行以外で行ったことないな」
シェリーはちらりとヴァイスの方へ視線を向けてからいう。
『間違ってはいない。ファミリーの管轄だろうとなんだろうとスラムはスラムであることに変わりはない。』
治安維持のために人を送り込んでも弱ければ身ぐるみ剥がされるのがスラム街、というものだ。
「今回は俺と葵で行くから安心してよ、オジョウサマ。」
内亜がシェリーを軽くからかうように言う。
「そんな危険なところならなおさら私達だって、」
「お荷物がいたらスラム街のニンゲン半数以上が廃人と化すか狂気に染まってスプラッターかになるけど?」
内亜にしては厳しめの口調だが、否定はできない。
もしシェリーに万が一のことが起こりうる場合や相手に魔術師がいた場合、それを見た人間のどれだけが正気でいられるか私にも計り知れないからだ。
「お嬢、今回は任せましょう。本当にそうなりかねません。それに、此奴はそれを愉しむ存在です。」
ヴァイスが内亜をにらみながら言う。
きっとこの二人は仲が悪いとかそういう次元じゃなくて、本能の拒絶する相手同士なのだろうと思った。
「今回ばっかしは正解、それに、オジョウサマがおかしくなる姿も見たくはないでしょ」
「無論です。」
『‥‥‥‥‥‥なるべく早く戻るつもりだし、シェリーはシェリーで別の場所の捜索を指示しておいてほしい。』
そう言うと、渋々といった形でシェリーが頷く。
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そうして数時間後、私たち二人(傍から見たら一人だろうけど)は、スラム街に立っていた。
『内亜、なんか嫌なにおいする』
「ん、んー‥‥‥そだねぇ、これはまっずい奴だ。」
私は辺りを見回す。
スラム街の人間特有の、人を品定めするような目。それがなんだか少ない気がする。
「これは当たりを引いちゃったかな、葵」
私は静かに頷く。
人が少ない、というのはきっと、ここが“調達場”なのだろうという意見が一致したからだ。
そして、奴らは調達場からそう遠くないところにアジトを作ることが多い。
さて、どこから探そうか、と辺りを見回した瞬間
「おねえちゃん、お花買って?」
小さな女の子の声がした。
3、4歳位のやせ細った女の子が、籠いっぱいに入った花を売っているようだった。
『‥‥‥‥‥‥』
私は黙って少なくない金額のお札を見せる。
少女は表情を明るくして、嬉々として籠を丸ごと渡そうとしてきた。
私はその籠を受けと、らずに、そのまま少女の腕を掴む。
『研究所は。』
少女は理解が及んでいないような顔で戸惑ったようにあたりを見回す。けれど、スラム街ではそんないたいけな少女に手を差し伸べる人間などいるはずもなかった。
「お、おねえちゃん。痛い、」
少女は腕を話してもらおうとあがく。
しかし、私は手を放す気はさらさらなかった。
『研究所は?』
少女は目に涙を浮かべ、今にも泣きそうな声で答える。
「な、何を言っているのかわからないよ、おねえちゃん、帰らないと、弟が」
『同じことを言わせないで。その花は、この辺りにある花じゃない。なのにそんな活き活きとした状態で籠の中いっぱいにあるわけがない。』
そう言うと、少女は抵抗をやめた。
「おねえちゃん、だあれ」
声が少女のそれではなくなっていく。
ぽこり
ぼこり
ぐちゃり
ごきり
歪な音を立て、“少女であったもの”は姿を変える。
人間ほどの背丈のあるピンクがかった色の甲殻類だった。
背中には幕のような翼のような、背びれのようなものが広がっており、昆虫のような足が何本も生えていた。普通の生物であれば頭があるであろう位置には短い触手に覆われた渦を巻く楕円が据えられていた。
その生物はねばねばとした蜘蛛の巣のようなものを身に纏っていた。
その異形は仮の姿を捨て、本来の姿であるミ=ゴそのものの姿へと形を変えた。
さて登場。今回の異形のミ=ゴです。
るるぶには変身能力があるとされてはいませんが、術を覚えている可能性がある、とのことなので利用させていただきました。ここから一気にクトゥルフ味が増します。