[三部二章]違和感
『……やはり、おかしい。』
俺は1人、デスクに腰掛けコーヒーを啜りながら呟く。
それは、つい先日のこと。
会話の内容が内容だった事と、俺自身が疲れ切っていたから気づかなかった事。
葵との、喫茶店での会話の最中の違和感。
昔から、完璧超人みたいな雰囲気を醸し出していた葵。
その時も、いつもと変わらない…そう思っていたのだが。
(何か、大切なものがかけ落ちていっている気が…)
勘違いだとは思う。だって自分は異形課として活動して人外と接触することはあっても、それらについての詳しい事情やら魔力云々やらには詳しくはない。
あの時葵がぽろっと溢した愚痴。
「感情が、一時的に欠けちゃってね。それで身体や魔力が不安定になっちゃってるみたい。…ちょっと危ないんだってさ。」
そう語る葵のなんとも言えない表情を思い出す。
……おかしくはないだろうか。
いや。実際のところどうなのかは俺にはわからない。
が、しかし。
“感情”というのはさまざまな生物が持ち合わせていたりいなかったりするものだが、感情を持たないという多くの異形の混ざった葵が“たかが感情”が欠けたくらいで存在感が不安定になるのだろうか。
『いや、それよりも…』
これは、本当にただの憶測でしかないが。
葵の異常が“感情が欠けた事”ではなく、別のものが影響していたとしたら。
確かに感情以外の、葵を葵たらしめてきた記憶等が欠けた事による存在感の減少などはあるかもしれない。
けれど。違う。違うのだ。
あの時感じた感覚はもっと……
『根本的な、部分の崩壊』
溢れた言葉は思ったよりも納得できるものだった。
もし、だ。
もしも、葵が欠け始めているものが……そう、異形達を異形たらしめる“魔力”。
その部分に異常があるとしたら。
……ここまで考えて、俺はもう一口コーヒーを啜り、眉間を軽く揉む。
(いや。そんな根本的、そして致命的な欠けが存在するのなら、あいつやあいつの仲間が気がつかない訳がない。)
そう言い聞かせて残りのコーヒーを飲み干す。
『宮叉さん。アンタなら何か分かるんだろうか。』
ふ、と溢れた弱音のような音。
どうしても、分からないことが出てきてしまうと彼の事を思い出してしまう。
『本当、どこに居るんだよ、アンタは……』
机に肘を付き、額を手に乗せて考える。
あの人なら、こんな時どうするだろうか。
そう考えるのはやめた筈なのに。
なのに、どうしても時折湧き出てきてしまう。
特に最近は、風月という有能な部下がいる為、こういう風に1人喫茶店でコーヒーを嗜む時間もできたし、胃薬からもだいぶ解放された。
(葵には、感謝してるんだがな。)
いつも何処かで助けを求める誰かを救うために奔走して、それを自己満足と告げるあの小さな少女を思い出す。
自分にとって、先輩のようで、どこか妹のような存在。
(幸せに、なって欲しい。)
切にそう願う。
異形課の黒衣も白葉もあいつの事は可愛がっているし、俺自身も、宮叉さんの件含め、いつも助けられていると感じる。
『今度会ったら、聞いてみるか。』
ただの素人考えだろうが、周りの意見は無いよりマシだろう。
そう考えをまとめて、荷物を持ち、会計を済ませて異形課へと帰る。