[三章] 桜の舞う戦場【Ⅷ話】
「性格が悪いですよ。葵様。」
少し硬い表情で、ヴァイスが私にじとりと視線を向けてくる。
『何年来の付き合いよ。別にいいでしょう、君が人間じゃないことくらいシェリーもわかってたみたいだし。』
シェリーがその言葉を聞いてびくりと反応する。どうやら図星のようだ。
「‥‥‥‥まぁ、いいでしょう。
貴女も同行なさってくださいよ?」
ヴァイスが言う。私は頷いてシェリーの手を引っ張った。
『ほら、早く教会行くよ。』
「え、え??」
戸惑うシェリーに、複雑そうな表情を向けるヴァイス。
二人の重たい足取りとは関係なく軽やかに近くの教会へと向かう。
「葵、確かにヴァイスは教会へ行きたがらないけれど、ヴァイスが異形であることと教会に何か関係があるの?」
『それは、』
私が説明しようとすると、スッとシェリーの手をヴァイスが取って言う。
「それは俺自身の口から説明させてください。」
目を丸くしつつ頷くシェリー。
そのまま教会の入口へ立つと、私は空へ向かって大きめの声を上げる。
『内亜、教会入るからねー』
きょとんとするシェリーをよそに、私が教会へと一歩入り込む。
その瞬間、私に変化が訪れた。
私の髪は透き通るような白に、瞳は血のような紅い色へと変化した。
「‥‥‥‥‥‥、え?」
『とまぁ、教会に入ると影響を受けて異形は見た目が変化するものもいるの。私とかね。』
原理は分からないのだが、私は教会や聖域に入ると髪と目の色が変化する。
他に異常はないのだけれど、内亜曰く
「俺なしの葵はそういう存在なんじゃないの?」
とのことだ。
しかし、今回の本題は私ではない。
シェリーの視線は自然とヴァイスの方へ向かう。
ヴァイスは意を決したように教会へと足を踏み入れる。
すると、ヴァイスにも髪と瞳の色の変化が起きた。
髪の色は白へ近い翡翠色に。
瞳の色は、
「私の髪の色と、一緒‥‥‥‥?」
そう。瞳の色は、まるで桜の花びらのように淡いピンク色へと変化した。
そして、ヴァイスの変化はそれだけではなかった。
「これが、俺の正体です。」
そう言って背中を向けるヴァイス。
シェリーは先程よりも大きく目を見開いた。
「てんしの、はね?」
こくりとヴァイスが頷く。
ヴァイスの背中には片方にだけ純白の翼が生えていた。
素性のせいもあって、初めて出会った時にヴァイスをシリアージョファミリーに入れるのには少々苦労した記憶がある。
「今までこんなのが傍にいたのは黄みが悪いですよね。それに、俺は貴女をずっと騙してこの姿を隠し通していました。どんな罰でも受けます。」
そう言って神妙な顔をするヴァイス。当のシェリーはというと
ヴァイスの翼の美しさに目を奪われていた。
「え、綺麗だし、なんでそんな処刑待ちみたいな顔するの?」
「え、と、ですから、俺はお嬢に隠し事をしていたわけで」
「そんな綺麗な色隠してたの勿体無いなぁとは思うけどそれが何?」
「え、っと?」
「そんなことで追い出したりするわけないしそもそもヴァイスはお母様から最も信頼できる部下って教えられてるから特に疑惑も無かったし、もっと大きな隠し事してるのかと思ったらこんなくだらないことでうじうじしてたわけ?」
「あの」
「騙してるうちに入らないでしょ、こんなの。‥‥‥あ、でもなんでそんな明るい色なのにヴァイス、黒なんていうコードネームなの?」
「おじょ」
『はい、ストップ、その辺りは夜にでも語れば?このままじゃ日が暮れるどころか今落ちてる日が昇っちゃう。』
途中で中断の言葉を挟む。主の反応の軽さに驚くヴァイスと何やら考え事をしているシェリー。
このままではあと一つ残っている情報の説明ができない。
『で、内亜が犬猿の仲な理由なんだけど』
「僕ってばさ、ほら、あくまでニャルラトホテプだからぁ」
突然扉の方からした声に反射的にプリズムを短剣状に造り出し全力で投擲した。
「えっ」
私が内亜に殺気を向けたことでシェリーが困惑の色を浮かべる。
『‥‥‥‥‥‥うん、そこの馬鹿が言った通り、ヴァイスは天使で』
「内亜様は、あくまで‥‥‥‥悪魔で??」
理解が速くて助かる。
私は頷くと、教会の外、内亜に近寄って、また先の短刀を振りかざそうとしたが先に影の中に逃げ込まれた。
「『チッ』」
私とヴァイスの舌打ちが被る。
『内亜は悪魔で、ニャルラトホテプ。そりゃ天使のヴァイスとは相性がいいわけないよね。』
「はぁ‥‥‥‥‥‥‥納得した‥‥‥‥‥。」
ふうとため息をつくシェリー。
皆が疲れ、嘆息する中のんきな声が影の中からした。
「ねーね、もう遅いしいろいろ危ないんじゃないのぉ?帰ろうよ、て・ん・し・さ・ん☆」
「葵様すぐさまそいつを引きずり出してくださいませんか俺我慢の限界ですちょっと消滅、いえ浄化しつくしてやりますから」
「それ昔やろうとして失敗して泣いちゃったやーつぅ?無理無理~だぁーって片翼になっちゃってるし僕は前よりも強くなってるしんだからぁ。」
影からひょっこりと顔を出して煽る内亜。
そして
「‥‥‥‥無理したら本当に堕天するよ」
そう、急に真面目そうに声のトーンを落として言う内亜。
本当に、人の説明の邪魔ばかりしてくる。
シェリーの方を見ると、驚愕の表情のまま固まっていた。
『さて、本当に帰るよ。今言ってても仕方ないことなんだから。』
パン、と手を打ってシェリーを正気に戻し、ヴァイスの怒りを鎮める。
『解析が終わった。明日からまた忙しくなるよ。』
話をしながら解析をしていた燃えカス。
その結論を話すにも時間が必要だ。
どう説明しようかと考えつつ、帰り道を辿るのだった。