[三部一章]異形課への加入者
新人の手腕は如何に
『して‥‥‥‥お前の名は花鳥 風月。であってるか?』
枕を持って登場した時には一瞬驚いたが、気を取り直して確認を取る。
「はい。今日、急に移動するように言われたんで正直何したらいいのかわかんないっすけど。」
そう言われて、ふむ、と一瞬考えてから、適当な量の書類を手渡す。
『早速で悪いんだが、今日はこの量の書類を頼みたい。‥‥‥‥基本的に何もなければ書類仕事、その仕事の最中、異形に関連するようなおかしな情報が混ざっていた場合はその情報を精査、もし異形関連なら自分達の足で調べるか、一般人に被害がないかの確認と、一般人への情報統制、と言ったところが主な業務だ。』
そう伝えると、ふわ、と欠伸をしてからこくりと頷く風月。
「そういえば、聞いてると思うっすけど自分、活動限界二時間なんで、他に仕事があったらパパッと済ませたいんっすけど。仕事終わったら寝てて大丈夫っすか。」
『仕事さえきちんとこなしてくれるのであれば問題はない。この二人のようにサボりまくる場合は叱責するかもしれんが、その活動時間とやらは大方、常人よりもその時間内でこなせる仕事量が多いからこそ署内に入ってから小言は言われただろうが、解雇されなかったのだろう?』
そう問うと、こくりと頷く風月。それならば問題ない、それどころか大分思っていたよりもまともな人材が来てくれたようでうれしい限りだ。
ふと気になって、風月に質問をしてみる。
『そういえば。お前はその二時間でどの程度の量の仕事を終わらせられる?それによっては俺の負担がどうなるか変わるところなんだが。』
すると、俺の机の上の書類の山を示して欠伸をしながら、風月は言った。
「それくらいの量ならすぐに片づけられますよ。本気出せば。」
‥‥‥‥‥‥これは、あれか。活動時間が短い代わりに異常なほどの能力を持つといった感じだろうか。
『であれば、先に渡した量より少し多めに渡しても構わないだろうか。』
そういうと、こくりと頷いた後に風月は小首をかしげる。
「‥‥‥その、あんたは休まなくっていいんすか?俺はどっちにしろ終わったら寝ますけど、あんたはそう言う訳にはいかないでしょう。」
正直痛いところを突かれた。
『そうしたいのは山々なんだがな‥‥‥俺が休んだらどうなるか分かるだろ。‥‥‥‥俺だってできる事なら休みたいさ。』
最後の方の言葉は、愚痴のようになって小声になってしまったけれど。仕方ない。責任のある立場になってしまったからにはその責務を果たさないといけないのだから。
「少しは寝たらどうっすか。あんたの事情は知らないけど、傍から見て根詰めすぎっす。もうちょっと俺の配分増やしてくれていいっすよ。どっちにせよ時間内で終わる量なら多少量が変わろうが労力は変わらないんで。」
そう言われて、ふと昔の上司を思い出す。
‥‥‥‥あの人も、傍から見たら大分色々な仕事を抱えていた。‥‥‥‥俺にはそうは見えないように立ち回っていたことが、今になってよく分かるくらいには。
つい、込み上げてくるものがあった。けれどそれをぐっと押し殺して、風月へと向き直る。
『すまんな。‥‥‥‥‥それなら、お前のできる量を頼む。俺はその残りが終わり次第眠ることにしよう。‥‥‥‥‥‥何か返せるものがあると良いんだが‥‥‥そうだ。』
ふといいことを思いついた。
自分も使っている、この異形課へと割り当てられる予算。
他の課よりも多く、しかし使う者は少ないその予算は、どうやら葵の貯金から出ている部分もあるようで、俺たちへの労いの意味もあるそうだ。だから俺はコーヒー豆や紅茶に少々多めの金額をかけているのだが。‥‥‥‥こいつが喜ぶかどうかは分からないが、提案してみる価値はあるなと思った。
『そうだな。風月。ここの課には、他の課にはないほどの予算があってだな。それも、仕事量の多さと業務の特殊さ故なのだが‥‥‥‥お前さえよければ、その予算の一部を使って寝具を購入するのはどうだろうか。お前ほど仕事をしてくれるのなら、最高級の寝具をそろえても文句は言われないだろう。』
そう言った瞬間、白葉がガタリと大きな音を立てて立ち上がる。
「はぁ?!緋炎さんが予算好きに使っていいって言った!!!!なぁ?!聞いたか黒依!?」
「緋炎どうしたの?体調崩した?もしかして胃がついに無くなる時が来たかしら。」
黒依もそろって言いたい放題だ。だがしかし。
『お前らのように普段からサボっている人物よりは仕事ができる人物へと経費は使われるべきだと思わないか。』
そう言って風月の方を向いてどうだろうかと確認をすると。
「あ、じゃあ最上枕と布団一式!!お願いしますね!!!!!!」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥今までで一番感情を見せた気がするのは気のせいではないだろう。
『よし、任された。寝具のランクについては俺はあまり詳しくないので、後で欲しいブランドの物でも書いて俺に提出すると良い。すぐに手配しよう。』
「よssssssssssssssssっしゃ!!!」
そう言った瞬間すさまじい速度でタスクをこなし始める風月。
‥‥‥‥‥これはいい新人が来た。後で葵に礼を言わなくては。
そう思いながら、俺はいつも通り‥‥‥よりも少々良い豆でコーヒーを淹れ始める。
これからが楽しみだ。
多分今までもこれからもこの風月さんの喜び方を見るのは最初で最後だと思うレベルで感情豊かな一面見せてきました。
さてさて、明日は何か起きるかもしれないです。