幕間⑨おれい、したかったから。
救われた者、の続きになります。
ぼくの名前は、イヴァン。
それ以外は、覚えていない。
何だか大切なことがたくさんあった気がするけれど、何にも思い出せないんだ。
でも、痛くて、熱くって、苦しかったことは覚えている。
そんななか、暖かい誰かのぬくもりと、おひさまみたいな臭いがしたのを覚えている。
「葵ちゃんが、君を助けてくれたんだよ。良かったね。‥‥ところで名前は?」
おひさまの臭いがするあの子じゃないけど、雰囲気の感じた女の人に聞かれて、つい母国語で名乗ってしまう。
けれど、彼女はくすくす笑って、
「分からないなら仕方ないわね。この屋敷にいる人は、みんな君の言葉理解してくれるから、ちゃんとお話ししていいんだよ。」
そう、母国語で返してくれた。
『僕は、いけないことしちゃったのに。あおい?を、傷つけちゃったのに。』
自然と涙が零れてくる。‥‥‥‥‥‥もう、涙は熱くない。
すると、あおい、おひさまの臭いのする彼女に似た女の人はまた笑った。
「葵ちゃんなら、もうすぐ目を覚ますだろうから会いに行ってあげたら?大丈夫。何にも傷は残らないようにしたから。」
いったい、どういう事だろう。
そう思って見上げると、また女の人はくすくす笑う。
「私は、天音 未希。葵ちゃん。君を助けてくれた女の子の、おねえちゃんだよ。」
おねえちゃん。‥‥‥‥血縁だから、こんなにも似ているんだろうか。
でも、それにしては臭いがちょっと違う気がする。
「ん?どうしたの?変なにおいでもする?」
『あおい、は、おひさまの臭いがしたから。みきは、においが同じじゃないから‥‥‥』
あぁ、そういう事。と、未希は呟いてからにっこりと微笑む。
「大丈夫。半分くらいは血がつながってるから。私が怖いなら、葵ちゃんの様子を見て会いに行く?」
そう問われて、首を横にぶんぶんと振る。
みきの臭いは、ちょっと消毒液の臭いがするくらい。でも基本的なにおいはあんまり変わらないから、そんなに気にしないでほしいと思った。
安心する臭いなのに変わりはないから。
『大、丈夫。葵が起きてから、行く。』
そう言うと、未希は微笑んで頭を撫でてくる。
‥‥‥‥‥心地よい。
『んぅ。』
おもわずすり、とすりついてしまい、ハッとなって離れようとすると、くすくすとまた未希は笑った。
「ふふ。大丈夫だよ。撫でられるの、好き?」
少し考えてから、こくりと頷く。すると、未希はまた笑って今度は頭をわしゃわしゃっと撫でてきた。
「葵ちゃんにも、撫でてもらえると思うから。ふふ。文人君はちょっと嫉妬しそうだけど‥‥‥良いんじゃないかな。君は、葵ちゃんと一緒にいたい?」
そう問われて、ちょっと戸惑う。
『傷つけちゃったのに、一緒にいて良いの?』
そう問うと、未希は凄く優しく微笑んだ。
「うん。良いよ。そう、葵ちゃんは絶対言ってくれる。」
そう言ってまた髪を撫でられる。
‥‥‥‥‥‥‥本当に、そうならいいな。
そう思って、暫くけんこうしんだん?を受けてから解放されて、葵のところへと連れていかれる。
結果から言うと、葵は僕の事を全く怒らなかったし、何だったら一緒にくっついていたらおひさまの臭いで眠たくなって一緒に眠ってしまったくらいだった。
(あれだけ、痛い思い、したはずなのに。)
葵と初めて出会った時の記憶が朧気に蘇る。
鮮血と共に倒れる葵が、自分に向けていたのは、敵意じゃなかった。
(何か返したい、な。)
そう思って、屋敷の中をうろつくと、葵そっくりの女の子を見つけた。
‥‥‥‥‥葵に似た子、多くない?ちょっとだけそう思いつつ、話をすると、彼女も葵にひどいことをしてしまったのに助けられて、恩返しがしたいと言っていた。
『‥‥‥‥‥いっしょ、だね。』
ふたりで少し話した結果、葵に何かしてあげられることは無いだろうかと探すことになった。
そして、のわある、というちょっと笑顔が怖い人に会って、おかし?を作ることになった。
「マスターは何でも甘いものなら好む傾向にありますので、まずは簡単なクッキーから作ることに致しましょう。」
そう言われて、ティナも、僕も、必死になって生地をこねる。
「だめですよ。クッキーの記事はこねすぎるとおいしくなくなってしまうんです。」
それじゃいけない。そうおもって、のわあるの言う通りにくっきーを作る。
焼く時になって、ちょっとだけおーぶん、の熱が怖かったけれど、ちゃんと、ゆっくり、崩さないように二人でくっきーを焼く。
「ねぇ、イヴァン。葵、喜んでくれるといいね。」
『うん。‥‥‥‥‥あ。』
甘い香りが漂ってきた。いい匂いだ。
「えぇ。二人ともお上手でしたよ。ふふ、もうすぐ焼きあがりますからね‥‥‥‥楽しみですか?」
そうのわあるにきかれて二人で頷く。
「それは、何よりです。」
のわあるは微笑んで、焼きあがったくっきーを出す。
のわあるが作ったくっきーは、すごくきれいで、きらきらしていた。
でも、僕とティナが作ったくっきーは、すこし形が崩れてしまっていて。
「うぅ‥‥‥‥言われたとおりにやったはずなんだけどな。」
『むずかしい。』
そう言って二人して落胆した。けれど。
「大丈夫です。マスターは必ず喜んでくださるでしょう。ほら。」
そう言ってのわあるが示した方を見ると、瞳をキラキラさせた葵がいた。
『あおい!』
「何々~?なんかいいにおいする。‥‥‥あれ?イヴァンと、ティナ?どうしたの?‥‥‥‥‥あっ、クッキーだ!!」
とてとてと葵が近寄ってきてびっくりする。
『葵、これ、本当は、ありがとうって思って作ったんだけど‥‥‥‥‥形、きれいにできなかった。』
「私も‥‥‥ごめんね‥‥‥‥」
ふたりしてちょっとだけ落ち込んでいると、葵は熱いはずの鉄板からひょいひょいっとそれぞれ一枚ずつクッキーを取って口の中へと放り込む。
「『あ。』」
ふたりの声が重なる中、もぐもぐと口を動かした後に、葵は瞳をキラキラさせて、僕らを見る。
「おいしい~!!!!!!!ね、もっと食べて良い???」
こくこくと頷くと、葵は幸せそうに僕らが作った歪なくっきーを頬張る。
「マスター。折角ですので、お茶の準備をいたします。‥‥‥‥それまでに食べてしまわないように。」
「はぁい。」
そう言って、一瞬でおちゃかい?の準備がされる。
葵はこうちゃ、を飲みながら、僕ら二人に向かって言った。
「二人とも、ありがとうね!!」
『‥‥‥‥‥!!』
その笑顔を見ることができただけで、よかった、と思う。
ティナの方を見ると、僕と同じような顔をしていた。
うん。これで、ちょっとだけ‥‥‥恩返し、ができたらいいと思う。
「では、お二方もどうぞ。」
そう言って差し出されたのわあるのキラキラくっきーは凄くおいしかった。
『ティナ、やったね。』
「うん!二人とも頑張ったよね!」
ふわふわとした空気。
こんなのは初めてだったけれど。
たまには、いいなって思った。
あー、久しぶりに三千文字行きましたねぇ。‥‥‥‥‥大丈夫、問題ないはずです。