[三章]桜の舞う戦場【Ⅶ話】
七話目。ちょっと長いです
それは日本のとある神社で起きた。
そこの神主がショゴスを祀る教団に感化されて、巫女を生贄にしてショゴスの降臨を目論んだ、なんていう私たちにとってはよくある事件。
成り行きでイタリアから出張してきたマフィアの一人と手を組んで、その巫女さんを助け出した、という一件だったはず。
「それが、お母様?」
シェリーが問う。私は頷いて一枚の写真をカバンから取り出す。
そこには、生意気そうな青年と、儚げで、それでいて芯の強そうな少女が一本の桜の木の下で一緒に写っている写真だった。
桜の舞う様子が美しい、その時の情景を切り取ったかのような一枚。
『これが、シェリーのお母さん、桜花と、お父さんのロマーノ。さっき言った事件の後に撮った写真。』
あの時は大変だったな、と思う。
当時はまだ自分の力量が足りなかったから戦闘面では内亜に身体を貸すしかなかったし、関係のない人にまで被害が出そうになっていたから早めの解決が必要だったし。
今でもあの時のことを思い出すと頭が痛くなってくるような気がする、
「お母様が生贄になろうとしていたのを、葵たちはどうやって止めたの?」
シェリーがまるで冒険譚を聞くかのお様にわくわくとした表情で私の顔をのぞき込んでくる。
私はそれに対して目をそらすしかなかった。
『え、と、内亜が祭壇になりうる神社そのものを破壊して事件自体は終わり、だったんだけど。』
その後が大変だったのである。
神社の神主を正気にさせたはいいけど、神社は崩壊しているし、その場にマフィアの一員はいるし、けれど邪教や異形についての説明はできないからでっち上げの話で説得するのに苦労したものである。
最終的には桜花とロマーノを除く関係者全員の記憶を改ざんして、神社が老朽化していて崩壊してしまったということにしたのだったか。
『実際に桜花をその手で救い出したロマーノと神社の再建で手腕を発揮した桜花が惹かれ合って両想いになりました、って感じだったかな。』
「運命、ってやつだったのかな?」
『ある意味ね。まぁでも歓迎はされなかったよ、場所がいくらなんでも遠すぎるし桜花はめちゃくちゃ有能な巫女だったから。』
小首をかしげるシェリーに、ため息をつきながら私は解説をする。
「じゃあ、どうやって‥‥‥‥‥あ、」
『そ。二人で画策して愛の逃避行ってやつ?ロマーノの帰りの飛行機に桜花を乗せちゃったの。で、もうどうしようもないからって他の皆が折れて二人は結ばれた、ってわけ。』
本当にあの時は大変だったなーと天を仰ぎつつ、私はため息をつく。
懐かしい思い出だが、あれ以来他人に振り回されないかどうか必要以上に警戒するようになってしまった。
「えっと‥‥‥‥じゃあ、その話にヴァイスがどう関係あるの?」
シェリーが聞いてくる。
『ここまではシェリーの両親の昔話。本題はここからで、イタリアに来た桜花は外国に慣れるのに必死だったんだよね。次代の嫁ってことも決定しちゃってたし。』
良く愚痴を言っていた桜花の姿を思い出す。
自業自得だと何度返したことか。
『で、地理が分からず、他のファミリーの領地に間違って入り込んで、なんてことになったら最悪なことになるから、桜花は時折散歩してたんだよね。まぁ、当時はいまなんかよりずーっとスラムが広かったから治安も悪くてね、ロマーノが基本付き添ってたけど毎回っていうわけにもいかなくて、私が付き添ってた時もあったの。その時に行き倒れてたヴァイスを見つけたの。』
さっきの店のジェラートの批評をしながら歩いていると、桜花が突然に駆け出しだのには焦ったものだ。
追いついてみてみたら、少し傷を負った桜花とズタボロの少年がそこにはいて、なんとなく察しはついたけれどどうしたのかと問うたのだった。
そうしたら、状況説明どころか真っ先に桜花が
「葵、この子を治療して!呼吸がもう、このまま死なせたくない!」
なーんていうものだから慣れない治癒魔術を使ってその瀕死の少年を助けてしまったのだった。
『結局後で後悔もしたけどね。』
そう言うと、シェリーがまた不思議そうな顔をする。
そういえば、シェリーの顔は桜花によく似ているなぁなんてなんとなく思った。
桜色の綺麗な髪。先の方は少し白くなっていて、本当に桜の花のようだった。
巫女であった桜花は舞も覚えていて、天気がいい日なんかは街の子供たちの前で舞を披露していたりなんかもしたものだ。
「後悔?」
思い出に浸っていると、シェリーが聞いてくる。まぁ、予想通りの問いだ。
『当時のヴァイスはね、商品だったんだよね』
当時は今より盛んに人身売買などがファミリー間で行われていた。
現在では、そんなことはほとんど見られないけど。
虐待から何とか逃れたヴァイスがシリアージョファミリーの管轄内に逃げ込んだことで桜花に保護されたのだが‥‥‥
『そこんとこのファミリーが横暴でさ、自分とこのなんだから返せって言ってきたんだよね、殺しかけてたくせに私が治療したのを見て売れる商品になると踏んだみたい。』
「なんてファミリーなの?!そんなとこ潰してやる!」
『もうつぶれてるよ。その時に。』
「‥‥‥‥‥‥お母さま達?」
『大正解。ま、ヴァイスを返せって話だけならなんとでもなったのかもしれないんだけどね。』
ついと目をそらすとシェリーが何かを考えこんだように黙り込み、数分後、バッと顔を上げる。
「まさか?!」
『はい、そのまさか。ついでに自分のところの商品に手を出した桜花まで連れて行こうとしてねぇ。ロマーノが激怒しちゃったわけよ』
あの時のロマーノ若かったなーなんて当時の彼の表情を思い出す。
鬼のような表情をしていた。いや本当に。
「う、わぁ。えっと、それで?」
『そのファミリーは私が依頼を受けてきれいさっぱりとこの世から消えてなくなりましたとさ。宇宙空間に放り出されて生きてる人間がいたら面白いかもしれないけど。』
当時の連中の表情を思い出してしまい、笑ってしまいそうになる。
「葵、なんとなく思ってたけれど貴女と内亜さん、いいコンビだと思うわ。心の底から。」
何故だろうか。視線が痛い気がする。
『何で?』
「なんでもない。」
ついと、目をそらされた。なんとなく納得がいかない。
『ま、いいや。そういえばシェリー、教会にヴァイスと行ったことは?』
「ないけど、どうして?」
『なら、きっとここからは本人から話を聞いた方がいいと思う。ね、ヴァイス。』
シェリーが驚いたように扉の方を見る。
そこには、いつもより硬い表情をしたヴァイスが腕を組んで立っていた。
ちょっと‥‥‥‥?
一応一話2000文字目指してるんですけど毎回オーバーしますね。
精進します。