[三章]桜の舞う戦場【Ⅵ話】
六話です。
まだ半分行けてません
次の日からおとり作戦は中止になってしまった。
というのもなぜか原因は私にあるとか。
現在その説明を求めているところである。
「奴らのアジトらしき場所が分かりました。」
ヴァイスが私と目を合わせずに言う。
『じゃあ何で攻め込まないの?』
私は問う。アジトが分かったら制圧すればいいんじゃないか。
「不可能になったからです」
ヴァイスが続ける。
私は小首をかしげた。
『不可能?どうして?』
ヴァイスは私の顔を見て溜息をつく。失礼な。
「お心当たりはないと」
『うん。』
当然即答である。
何か私がやらかしたことがあっただろうか。
「そのアジトが丸ごとつぶれて何も分からなくなってしまったからです。」
『へぇ』
その残骸から何かわからなかったのだろうか。
『資料とかは残ってなかったの?』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥燃え尽きてまして何もわかりません、一応ここにありますけれど。」
何かを堪えているかのようなヴァイスを見て不思議に思う。
「葵、これ」
内亜が現れ、レジーナを渡してくる。
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あ。』
どうやら、久々すぎて威力を間違えたらしい。
先程までのヴァイスの堪えていたものはこれだったのか。
「建物は瓦礫の山と化し、残っていた資料は全て燃え尽きかけていました。まるで対戦車用ライフルでもぶち込まれたようかのようですね。」
にこりと微笑むヴァイスの顔が怖い。
シェリーの方を見ると、ついっと目をそらされた。
「復元とかは難しいレベルだねこれ、でも何を召喚しようとしたのくらいは解析できるよ、今夜中に。ね?葵。」
内亜が私の肩にポンと手を置く。
つまりはそういうことだろう。
『‥‥‥やっておくよ、うん。レジーナの久々の威力確認もできたし』
みんなからの視線が痛い。
私は悪くない、悪いのはあんな快感を与えてくれるレジーナの重たさと銃声がいけない。
「葵、俺手伝わないからね」
あくまでニャルラトホテプの内亜はやはり助けてはくれないようであった。
ニヤついた笑みを浮かべたまま、内亜はするりと私の影の中から出てくる。
「散歩、行ってくるねぇ」
内亜はするりと影の翼を広げ、空へと飛び立つ。
「くれぐれも町の人間に手出しをせぬように。内亜様。」
先程よりもどこか刺々しいヴァイスの忠告を聞き流し、内亜はそのまま開いた窓から飛び立って行った。
『ヴァイス、前から内亜と仲悪いよね。』
ほんのりと気になってヴァイスへと問う。
ヴァイスは表情の読めないまま帽子の先っぽをつまんで目を背けた気がした。
「まぁ、否定する要素はありませんが。」
なんとなく。なんとなーくだがこの二人には因縁のような何かがある気がするのだ。
じーっと下からヴァイスの顔をのぞき込もうとすると、シェリーもそれに混ざってくる。
「『‥‥‥‥‥』」
耐えきれなくなったらしいヴァイスが、くるりとこちらに背を向ける。
ぎりぎり表情は見えなかった。
「あの方に直接聞けばいいでしょう。」
ヴァイスはそれ以上話したくなさそうだったが、シェリーが何の気なしに言う。
「私は聞けないからなぁ‥‥‥後で彼のところにお邪魔してもいい?葵。」
それを聞いた瞬間ヴァイスが焦ったようにシェリーの肩を掴む。
「お嬢、絶対にあんな存在に近寄ってはいけません!貴女が穢れます!」
鬼気迫る表情を見て私もシェリーも驚いた表情を隠せないでいる。
数秒後、ハッとしたヴァイスがシェリーから手を放した。
「す、みません。すこし、風に当たってきます。」
そう言ってどこかへと向かうヴァイス。
部屋にはシェリーと私だけが残された。
「あんなヴァイス初めて見た。」
シェリーがぽつりと言う。
少し物悲しそうだ。
『私も初めて見たかも、って‥‥‥‥‥あ、思い出した。』
私はあることを思い出して少しだけシェリーにそれを話そうか迷う。
しかし、口に出してしまったのが聞こえてしまったのか、既にシェリーは私から話を聞く気満々のようだった。
『え、っと。私が先代と知り合いだったのは知ってるよね。』
こくりとシェリーが頷く。
「お母様も、お父様も、葵のことを非常に信頼していたから。話を聞いた時からずっと気になってはいたのだけど‥‥‥不躾な質問かもしれないと思ったから聞かないでいたの。
聞いても、いい?」
不安げに言う彼女は先程より少し幼げで、年相応の少女に見えた。
そりゃ、シェリーくらいの少女は誰だって親に甘えたい盛りなのだろうということは私にでもわかる。(私にはそんな相手がいないから、そう思うことがあるかと聞かれれば答えはNOなわけだけれど。)
私はその辺の椅子に腰かけて、燃え尽きかけている資料の一枚を読み解こうとしながら話し始めた。
『ヴァイスが人間じゃないことは、シェリーは知ってる?』
その言葉にピクリと反応を示すシェリー。
「知らなかった。‥‥‥‥けど、」
『なんとなく察してはいた、と。』
シェリーは頷く。
「なんていうか、ヴァイスはとってもきれい‥‥‥‥えっと、綺麗すぎるときがあるかなって、そう思う時があって。」
シェリーはきっと勘の鋭い子なのだろう。
そう思いつつ、私は話を続ける。
『確かに私達異形は、綺麗すぎるか醜すぎるか分かりやすいことが多いもんね。
えっとね、まず、最初は忘れていたんだけど、ヴァイスの年齢は聞いたことある?』
海からやってくる連中や今回のミ=ゴなんかが醜すぎるタイプ、内亜は言わずもがな見た目で人間を惑わすタイプだ。
シェリーは少し考えてから答える。
「25は超えているとだけ。」
ふむ、と頷いてから私は口を開く。
『2、30年前くらいだったかな、私が前回イタリアに来たときは。
その時にいたヴァイスは、丁度シェリーくらいの少年だったよ。』
そう。先日顔を合わせた時には忘れていたが、先程のやり取りで思い出した。
ヴァイスには昔も出会って、しかも言葉を交わしてもいる。
「‥‥‥‥‥え、と?てことは、いま」
『40年は生きていることになるね。』
そう。私が先代と話をしたのはそう遠い昔ではない。けれどそれは私達異形の時間感覚であって、人からしたら寿命の半分の長さの話になる。
「‥‥‥‥‥‥‥」
知らなかったのだろう。きっと。
でもそれはおいそれと話せることでもないと分かっているからこそ、彼女はその意味を飲み込もうと努力している。
健気で、素直で、本当に良い子だ。
『これ以上の話、聞く?』
私は彼女に聞いてみる。
彼女は、こくりと頷いた。
『じゃあ、少しだけ昔話をしようか。』
あの短い春の出来事を。
今でも思い出すと脳裏には桜の花びらが舞う。
これは、きっと話を聞く彼女自身への試練でもあるだろうから。
さて、葵さんの話す昔話。どんな物語になるんでしょうね。