[三章]桜の舞う戦場【Ⅴ話】
五話目。早いものですね。
救えるものは、手の届くものは、すべて救う。
その言葉を聞いて、胸の中で足りなかったピースがはまったような気がした。
救えるものも救わなかった私が。
救えたものも利用して殺した私が。
そんな私が言っていいものかは分からないけれど。
これから先、私は
救えるものは全部救っていこうと、心に決めた。
シェリーに言われたからじゃない。
私が思ったからそうするんだ。
私が心に決めたから、難しい道でもそうして生きていこうと決心した。
だって、救う決断も救わない選択肢もどちらも
迷ってるのが、一番かっこ悪いと思ったから。
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さて、第二回戦とは言ったものの人数が多い。
こちらの一撃で終わった先程の戦いとは違って、先の人物と同じ黒のローブを纏いうつろな表情でじりじりと近づいてくる戦闘員が六。遠方の高台からこちらを窺う気配が三。これで全部だとは思えないから、時間を掛ければきっと増援が来てしまうだろう。
「葵、僕は作戦通りヴァイス達呼びに行っちゃうから頑張って耐えてね。」
影から内亜が言う。
『大丈夫。任せて』
今なら自信をもってそう言える。
「へぇ、頼りにしちゃうよ?相棒。」
内亜が茶化す。
頭数は多くても、邪教の集団くらい恐れるに足らない。シェリーにはかすり傷一つ負わせない。言ったからにはやらないと。
内亜が夕焼けで伸びた街の影を伝って駆けてゆくのが分かった。
『シェリー、20分耐えるだけでいい。いける?』
「やる。」
食い気味にシェリーが答える。
内亜が残していった武器は“ジェミニ”と私が呼んでいる二丁の白と黒の拳銃。
威力は込めた魔力量に比例する。レジーナより威力への変換効率は低いけど、小回りが利く相棒。
相手は緩慢な動きでこちらの様子を窺っている。
(戦いに多少は慣れてそうな動き。だけど洗脳されてるだろうし本来よりも戦闘力は低いはず。知能も低下してたら怪我や仲間の死で止まったりもしなさそう。集団での戦闘は向こうの方が慣れてそうだからシェリーの動きに合わせよう。)
『シェリー、好きに戦って。カバーする。』
「OK、行くよ」
そう言って鞄から数本の注射器とメスを取り出す。
誰だそんなものを武器にしようと考えた奴は。
相手が反応するより速く注射器を投擲するシェリー。
針が首元に突き刺さり倒れ込む。
「今のは麻酔。人間なら一日たっぷり起きてこないはず。」
やはりというべきか倒れた味方を気にかけることなく、戦闘の始まりに気付いたらしい一人の狂信者がナイフを抜き放ち仕掛けてくる。
姿勢を落とし、ジェミニでその顎の下を最大威力で撃ち抜き、首から上を吹き飛ばす。
遠くから小さく発砲音が聞こえ、足元の地面を抉る。
スナイパーの射線に入ったようだ。
その音から消音器付きの軍用ライフルだろうとあたりをつけつつ、魔力のプリズム片で二射目を防ぐ。
展開したプリズム片が一撃で砕け散ったのを見て、相手の銃の威力を計算し直す。
シェリーがさらに近寄ってきたもう一人に向かって何かを突き出した。
弾けるような音をたて、狂信者が崩れ落ちる。
シェリーの手元にはスタンガンが握られていた。
『どれだけ護身用道具持たされてるの』
思わず口に出た。
「とりあえずヴァイスが準備しただけ。電圧を上げた改造スタンガンだって。」
彼は過保護なのか。
そう思っている間に、初めに麻酔で動きを止められた狂信者が動き出し、シェリーに襲い掛かるのを見て、シェリーの肩を台代わりに跳躍、そいつを蹴飛ばす。
『ごめん、』
形だけ謝っておく。シェリーは気にした様子もなく次に近い相手に注射器をまた投げつける。
今度はナイフで弾き飛ばされ、シェリーの舌打ちが聞こえる。
『洗脳されててもイタリアンマフィアって投擲物をナイフで防げるもの?』
「そんなことないよ!?」
と、いうことはこの人物は正気の時は相当な手練れだったんだろう。‥‥‥洗脳されてるの、もったいないなぁ。
じり、と狂信者の何人かが下がる。
近接戦では分が悪いと見たのだろうか。と、いうことは
タタンッ
『拳銃も使ってくるよね。』
懐に手を突っ込んだ二人の肩をジェミニで強めに撃ち砕く。
衝撃でふらつく狂信者達の眉間を最低限の魔力で更に撃ち抜く。
「これで四人無力化、蹴飛ばされたのが起き上がるよ」
残り人数を確認するシェリーの腕を引き、わざと体勢を崩させる。
「わぁ、っ?!」
声を上げるシェリ―がいた場所を正確にライフル弾が通り抜ける。
そのまま魔力で体を強化してシェリーを物陰に投げとばす。
「ちょ、」
抗議するシェリーの声を一旦無視してスナイパーに向けて狙いをつけてプリズムを生成する。
(ジェミニじゃ射程が届かない。)
魔力だけで放ったプリズムはスナイパーの眉間を撃ち抜き、血しぶきが舞うのが微かに見えた。
『スナイパー一人除去。何人残ってる?』
シェリーと同じ物陰に入り込みながら確認する。
「動いてるのが二人、気絶したのが一人。遠くの敵は私には分からない。」
『スナイパーは二。けどここまでは撃てない場所。射線変えられる前に全員やっつけちゃおう』
そう言ってシェリーの体力や傷を確認する。
物陰に投げ飛ばした時に服が汚れた程度だ。
「了解、でも弾は?」
『魔弾だから制限なし。そっちは?』
シェリーはカバンを漁りつつ答える。
「スタンガンがあと一回、注射器は一つ、メスが二本。」
シェリーの攻撃は人間離れした狂信者共を殺しきるようなものではない。
でも、動きを止めた敵に私がとどめを刺すには充分だろう。
『それだけあればまだ戦えるね。いけそう?』
「怖くないと言ったら噓になるけど、大丈夫。」
震えがないことを確認して私は頷いた。
『遠くから撃ってくるスナイパーは抑えるから、近接は任せる。』
そう言いながらナイフ代わりの鋭いプリズム片を造り出す。
『使える?』
「綺麗。勝手が違うけど大丈夫だと思うよ」
さらっと褒められた。
これで武器の数は足りそうだ、
じりじりと距離を詰めてくる三人に対してこちらもじりじりと後退する。
バシュッ
と、想定外の出来事が起きた。
辺り一面にスモークが焚かれる。
毒ガスではなかったが視界が完全に覆われる。
『シェリー!』
見失った守るべき少女へ呼びかける。
「あおい、」
声がした方を見ると、今のスモークに乗じて隠れていた何者かがシェリーの腕を掴み、連れ去ろうとしていた。さっきまでの洗脳された戦闘員はこんな婉曲なことはしてこない。こいつがこの場のリーダーか。
『頭下げて!』
咄嗟に指示を出すとシェリーは素直に従いしゃがみ込む。
誘拐犯が焦ったかのように立ち上がらせようとするがもう遅い。
『これでもッ食らえ!』
投擲したプリズム片が誘拐犯の顔面に突き刺さる。
痛みでシェリーを手放す誘拐犯。続けてジェミニをナイフの形に変えて喉元を掻き切る。
赤い血を噴き上げながらその人物が倒れる。
シェリ―はまだ煙の晴れない中、見失わないように私の傍による。
「ごめん、ありがとう」
『礼は後、ちょっと想定外だからさっさと終わらす。ここに隠れてて。』
小声でシェリーに言って物陰に隠れさせると、私はプリズムを足場に一気に周囲の建物より高く空へ跳び上がる。
『そこ、とそこ‼』
ぽかんと空中を見上げるスナイパー、私は別々の場所にいた二人に向かって落下しながら生成したプリズム片で脳天を撃ち抜く。
空中で軌道を変え、片方のスナイパーがいた場所へ降り立つ。死体が握りしめるデジタルスコープ付きのライフルに残弾があることを確認して、拝借する。
(量産型だからやっぱり親玉はそこそこの組織なんだろうな。)
そのまま、地上で私達を見失った残りの戦闘員の脳天をライフルで撃ち抜く。
シェリーの元へ戻るころにはスモークは晴れていて、物陰から出てきたシェリーが驚いた顔をした。
「一体どうやって、」
『師匠に戦場に一人放りこまれたことがあるから。』
答えにならない答えを返す。ちなみに本当のことで、一度ネフィウスには内亜と一緒に戦場に放り込まれたことがある。(さすがに内亜の力有りなのであれは蹂躙というか、今とは気色が違うけれど。)
「はぇ、?」
呆けたような声を出すシェリー。想像もつかないのだろう。
いや、ついたら逆におかしい。
『とりあえず、ミッション達成、かな。生き残りがいないのが残念だけど。』
「あ、それなら一人。」
『お?』
思わず声が出た。
「スタンガン、改造されてるけど一応死なない程度ってヴァイスが。」
戦闘を振り返り、えいやっとシェリーが突き出したスタンガンでやられた奴の事を思い出す。
『シェリーお手柄、じゃあ縛っておこう。』
シェリーの持っていたロープで生け捕りにできた誘拐犯を身動きの取れない状態にする。
「‥‥‥‥‥‥葵、ありがとう。」
シェリーが礼を言う。
『ううん、伏兵の事頭から抜けてた私が悪いから。手当はいる?』
首を横に振られる。
ひとまず、任務達成といっていいだろう。
私達は応援が来るまで休憩をとることにした。
戦闘描写は慣れませんが、葵さんがきれいに動いてくれるので楽です。さて、合流後にどうなるか、更新を楽しみにお待ちください。