[三章]桜の舞う戦場【Ⅰ話】
一話目。少女同士の邂逅。
得体のしれない相手との連絡を終えて、張り詰めた緊張が解けてしまい、私は執務室の高級そうな椅子に脱力してもたれかかる。
最近、私が管理している地域の住民が何人も行方不明になっている。
初めはどこかのファミリーか、それ以下の組織による人身売買のための拉致事件だと思っていたけれど、調査をしていると、調査に出向いた構成員まで連絡がつかなくなってしまい、これはただ事ではないと感じた。そんな中、構成員の内の一人がよく分からないねばねばとした物質を持ち帰ってきた。その物体を見たヴァイスは、何か心当たりでもあるのか、自分たちだけでは対処できるものではないから、緊急連絡先を使う提案がされた。
緊急連絡先としてお父様‥‥‥‥先代ボスとお母様から聞いていた番号に連絡すると、電話に出たのは幼げな少女の声の持ち主だった。
ちょっと驚いたけど、状況を説明すると、彼女はすぐに街に来てくれるということだった。
招いたお客をを迎えるための飛行機を手配しようとヴァイスに声をかける。
ヴァイスは黒髪黒目で黒いスーツを身に纏い、黒い帽子を目深に被った、まるで影のようにいつでもそばにいる私の側近兼護衛だ。
先代が成人した頃からうちに仕えてくれている。だから、年齢は50をとっくに過ぎているはずなんだけれど、とてもそうは思えないほど若く見える。
「必要ありません、お嬢。」
ヴァイスが言う。
いつも厳格なヴァイスの声が不機嫌そうに聞こえて、私に何か不手際があったんじゃないかと不安になる。
『もしかして、既にあちらで手配し始めてしまったかな。』
「いえ、そうではなく‥‥‥‥。いや、そうですね、あの方はこちらが手配せずともすぐにこちらに来られる方ですので。お嬢に何か不手際があったとかそう言った事情では決してありません。」
一瞬言いよどんだが、ヴァイスは言う。
ヴァイスが言うならきっとそうなんだろうと思い、手癖で自分の桜色の髪を弄んでいた手を止めて姿勢を正す。
『今からの手配なら到着は何日になるかな。ヴァイス、おもてなしの用意をお願い。あと、ライムとシダレにも部屋の手配を頼んでおいて。あちらは何人なのかな。』
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥お嬢、非常に言いづらいのですが。」
ヴァイスが帽子の鍔をつまんで少し顔を隠す。恥じらいや後ろめたいことがある時の仕草だ。
何か瑕疵でもあったのだろうか?そう思い、安心していいよとヴァイスの頭を撫でようと背伸びをすると(まだ彼には身長がだいぶ届かない。)
「もういる。」
突然聞こえてきた少女の声にびっくりしてヴァイスの後ろに隠れてしまった。
小さい時からの癖だ。
声のする方を恐る恐る見てみると、天使のような少女と悪魔のような青年がいた。閉まっていたはずの窓の方に。
「はじめまして、シェリー。私は天音 葵。こちらは相棒の内亜。内亜の事は私の影だと思っていていいよ。」
私の失態なんか目に留まらなかったかのように彼女は流暢なイタリア語でそう挨拶をする。
こちらとしても助かるので、私も何事もなかったかのようにヴァイスの前に出る。
『初めまして、イタリア語が上手ね、葵。歓迎するよ。』
母から教わったお辞儀をしながら挨拶を返す。
日本からやってきた相手には礼儀というものをしっかりしなければならないと聞いていたからだ。
「へぇ、今代はこんなちびっこなんだ?シェリーちゃん、葵との話を聞いていたけれど、君は面白い人間だね。その年でここまでしっかりしてるとか、両親の教育が良かったのかな。」
内亜と呼ばれた男性が私に挨拶する。なんだか皮肉を言われた気がする。
真面目で誠実なヴァイスから、彼に対するあからさまな嫌悪を感じた。
『えぇ、先代からファミリーを任されたボスですもの。侮ってもらっては困るわ。Mr,内亜?』
そう返すと、彼は満足そうに笑った後、葵という少女の影に文字の通り溶け込むように消えた。
『今消えた彼の存在に、あまりにも早すぎる到着。それが、先代が貴女を頼れといった理由かな、?』
思わず疑問が口に出る。
彼女は特に気にしなかったようで、肩をすくめた。
「さぁ。‥‥‥‥まわりくどいのは嫌い、何があったか簡潔にお願い。」
少しばかりぶっきらぼうな返答だけれど、こちらとしても早く解決するに越したことは無いので、彼女の言葉はありがたく思う。
とりあえず、現状の市場で起きている事件についての説明をする。
『この街で行方不明者が出ているの。
調べに出したうちの構成員も何人か消えているわ。
被害者は今のところ100人くらい。誰も痕跡すら見つかってない。
たまたま現場を見た構成員がいるようなんだけれど、帰ってきてから様子がおかしくって、話が何も聞き出せないでいるの。
犯行現場と思われる場所からおかしな痕跡を見つけたんだけれど、それを見たヴァイスが、人ならざるモノにかかわる事件だろうって。』
そう言ってヴァイスに証拠品を出させる。
ビニールに入ったそれは緑色でねばついている。スライムのような物体だ。
『この物質を研究所に頼んで検査にかけても、未確認物体としかでてこなかった。
これを見たうえで何かわかるかしら。』
葵はそれをじっと見つめる。
本当にこの少女(私も少女だけど。)が、今街に迫っている脅威に立ち向かうための力があるのか、見極めたいと思った。
葵はじっとその物質を見つめると、すぐに言った。
「実行犯は雑魚だね。被害者が生きている可能性は高い。ただ、人間として存在しているであろうことはないと考えて。」
彼女にとっては良く知る物体のようで手慣れたようにそれを受け取るとゴミを捨てるかのように影の中に落とす。
彼女の影から声がした。
「葵!こんなもの俺のとこに投げ入れないでよ!ミ=ゴでしょ、分かってるから!これも触れたらどうなるか分かっててやったよねぇ今!」
‥‥‥‥‥どうやら危険な物質らしい。
彼女に説明を求めるように視線を向けると、無表情のまま彼女は言った。
「これは神話生物、“ミ=ゴ”ユゴスからの来訪者が使用する装甲。ただし、これは非常に粘り気が強くてそう簡単には剥がせない。どうやって採取したの?」
それにこたえるため、私はドアの方へ声をかける。
『ライム達、お願い。』
そう言うと三人の人物が部屋に入ってきた。
一人はライムグリーンの髪で黒いスーツ姿の中性的な人物で、一人は赤いメッシュの入った髪色の、ゴシック調の格好をした女性。
それともう一人は、片手に包帯を巻いた、スーツ姿の構成員のうちの一人だ。
『採取したのはこの三人。
より詳しく言えば、この包帯が採取痕、ってところね』
それだけで葵は状況を理解したらしい。
構成員の青年の包帯を引っぺがすと(無慈悲にも労わる様子は無い。)、じっくりと傷跡を観察する。
皮膚や皮下組織が剥がれ落ちて悲惨な状態の傷を見ても何も動じないのはさすがというべきか。
「そう、これは治らないものだと思って過ごした方がいい。
時間がたてば乾いて触っても何も感じなくなるけれど、こっちの手は利き手?使えなくなると思っていい。」
そう言ってどこからともなく新しい包帯を取り出し慣れた手つきで巻き始める。
『やけに手馴れてるね』
思わず口に出すと、隠すほどでもないのか教えてくれた。
「散々自分で試した。私は特殊だから治ったけどそれでも時間がかかる。さっき言ったようにこれは装甲、鎧みたいなものだから不用意に触ったりして付着したらそのままで過ごした方が安全かもしれない。匂いとかすごいけど。」
驚くような内容の話がポンポン飛び出してくる。
『私はつけたくないなぁ‥‥‥』
思わず心の中が口に出てしまった。
「私も。」
私は目を瞬かせる。
もしかして、彼女は無表情なだけで非常に親しみやすいのではないだろうか、なんて思ってしまった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥何」
これは何となくわかった。私の思いが表情に出てしまったのか不機嫌にさせてしまったんだと思う。
『ごめん。』
すぐに謝ると、彼女は顔をそむけた。
「さてお嬢、これからのこちらの動きについて話をしましょう。」
ヴァイスの声で背筋が伸びる思いがした。これからどうするか、その話をしないと。
さて、神話生物の名前が出てきました。みんな大好きゴミのミゴさんです。
でも案外るるぶ上では強いので、皆さんTRPG上で遭遇した時には気を付けてくださいね。