[二部四章]”元”異形殺し
さて、さてさてさて。
三日ぶりの学校、というか一日しか登校していないのだけれど。
八代、怒ってるかなぁなんて思いながら学校へと向かうと、やはりというか理事長室前で八代が仁王立ちして私を待っていた。
「おはようさん。おそかったやないの。んで?どこ行ってたん?」
『‥‥‥‥‥‥‥ちょっと異形狩りに‥‥‥‥成り行きで。』
視線を逸らしつつそう言うと、八代はため息をついた。
「全く、次からはうちには言うてから行くんよ。」
案外優しい言葉に驚きつつ、私は頷く。
『‥‥‥‥そうだ、八代、妖刀って聞いたことない?どっかで、こう、噂話でいいからさ。』
そう言えば、と八代に聞いてみると、眉をひそめてからしばらく考えこんで、八代は答えた。
「噂話程度ならあるけどなぁ。なんにせようちはあんまししっかり聞いとらんからね、ほんの噂やけど。」
多分、というかほぼ確実に妖刀の事より異形についての事しか聞いてなかったんだろう。
けれど、妖刀など付喪神のようなものは、こういう噂話だけれど、というような話の中に本物が混ざっていることが多い。彼らは自らが認めた者にしか力を貸そうとしないから、自ら情報を出すことなんてほとんどない。
『いいよ、そんな話の方がよっぽど信憑性があるし。』
「‥‥‥ま、ええけど。どこかの‥‥‥‥場所は定かやないけど、電車でここから3時間ほど揺られたお山のどこかに妖刀なんちいうもんがあるとかいうう噂話は聞いたことあるわ。ま、うちはあんときは別の異形を追ってたからそんな詳しくは覚えとらんけどね。」
‥‥‥‥‥3時間か。微妙なところである。
ここからサーチをかけてもちょっと届かない。というか、そう言った代物は近くでのサーチじゃないと引っかからないように当人(?)が細工をしているものだから、こちらからのアプローチには限界がある。
と、言う訳で仕事を終わらせて妖刀探しに向かいたいところではあるのだけれど。
「‥‥‥‥‥‥どーせあんたのことやからすぐ行くちいうんやろ。ええよ。ちゃぁんと今回はうちに話してくれたし。」
話が早くて正直助かる。
『ごめん、仕事終わらせてから放課後出立する。多分、長くて三日で帰ってくると思うから気にしないで。』
「分かった分かった、三日な。それ超えるち言うんやったら連絡せぇよ。」
『分かった。ありがとうね、八代。‥‥‥ちゃんと、八代の件の事も調べてくるから、何か進展あったらすぐに言う。』
そう言うと、八代は瞳を細めて鋭い声で言った。
「うちの獲物、勝手にとったら許さんよ。」
私はその言葉に素直に頷く。
だって、人の復讐は人の復讐だ。力を貸すことはあっても、取り上げてしまうなんて無作法なことはしたくないしそもそもしない。だって八代のその後が怖いもの。
『大丈夫、ちゃんとっとく。』
そう言って理事長室の中へと足を踏み入れた私は思わず頭を抱えた。
書類が束になって机の上を占拠しているどころか床にまで散らばっている。一体全体どうしてこうなった。
「それな、新理事長なったらすぐやらなあかん仕事やいうとったで。さっさとやった方がええんと違う?」
ニコニコ微笑みながら私を見つめてくる八代。さてはこの惨状を知っていたからさっき優しかったのか。
『この悪魔‥‥‥‥‥』
「なんて?あかんなぁ、耳遠なってしまったみたいや、もっかい言うてみ?」
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ちゃんとやる‥‥‥‥』
「ええ子やねぇ。んなら気張りよ?じゃないと今日の放課後なんて間に合わんからねぇ。」
ケラケラと笑いながら八代は教室の方へと向かった。
‥‥‥‥‥さて、書類仕事は久々だけど本気でやらないと終わらない。
気合を入れるためにも床までつく長い髪を一つにまとめてさっさと作業に取り掛かる。
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、おかしいな』
時折、知らない生徒の入学や退学の情報が混ざっている。
この学校自体にも、何かしら異形による仕掛けが施されている可能性が高い。
よくよく書類を精査してみると、トータルで見て生徒の数は徐々に減っているようだった。
カモフラージュなのか、実際に転校している生徒もいるようだが、大半の入学生はダミー、入学生も何人か怪しい人物がいるので調べたいところではある。けれどこれは、あまり表沙汰にしない方がよさそうだ。
そう思いながら書類がようやく残り数枚になったころ。
理事長室をノックする音が聞こえた。
気配的に八代だろうと思い、魔術でちょいっと扉を開ける。
「あんたねぇ、うちやったからええけど、他の人間に見られてたらどうする気なん?うちは別にかばわへんよ。」
『その辺りは心得てる。というか、正直支給八代に調べてほしいことがあったから急いでたのもある。これ見てほしいんだけど。』
そう言って私はデータをまとめた書類を八代に手渡す。
「ほん?あんたがあの量さばいたうえでひとりでこれまとめたん?えらい仕事熱心やなぁ。」
そう言いつつ、書類をめくる内に表情が険しくなってゆく八代。黙って足で扉を閉じて(お行儀悪い‥‥‥)、私の元へ書類を突きつけると言った。
「ほんで?あんたはこれをうちにどないしろと?」
私は黙って魔術で書類を燃やすと、八代にだけ聞こえる声でちょっとした作戦を伝える。
すると、八代は面白そうに表情を歪めると、ご機嫌で微笑む。
「ほん、ほんほん。つまり、この件についてはうちが一任してええんね?あんたは口出しせんと、“うちのやり方”でやってええと。」
瞳を輝かせるような内容ではない。えれどもこれは正直、八代自身の力を測るにも最適な案件だと思った。奪われた大地を取り戻した彼女がどこまでできるのか、確認をしたかった部分もある。
『いいよ。ただし式神みたいなのはつけさせてもらうけどね。念のため、何かの拍子に呪詛が再発しないように。あとはまぁ、やらないとは分かっててもやりすぎないように。』
そう言うと、八代は拳を合わせてニヤリと不敵に笑った。
「ええよ。ついでにうちがあんたに負けてからどんだけ強なったかその式神?通して見ときや。」
私はちょっとやりすぎないか心配になりつつも頷いた。
きっと彼女なら分かるはず、というか分かってくれないと困る。これは妖刀の件の情報量も含んだ以来というかある種彼女にとってのご褒美のようなものだから。
『壊したら、そのものリストにあげておいてね。じゃないと直そうにも元の形忘れると困るし。』
そう伝えると、上機嫌で頷く八代。
何だろう。若狭との戦闘の時にも思ったけれど、やっぱり八代ってバトルジャンキーなんじゃないだろうか。
獰猛な笑みはきりっとした顔立ちにとても似合っていて思わずちょっと見惚れそうになってしまったけれど、私だって成果無しで帰ることは避けたい。
そろそろ帰り支度を始めるか、といったところで、コンコンと理事長室がノックされる。
気配的に文人のようだ。
『入っていいよ』
そう伝えると、遠慮がちに文人が部屋の中へと入ってきた。
八代の事を見ると、ぺこりと挨拶をする。
八代は文人の事をじっと見つめて、私の方を向くと言った。
「気のせいか分からんけど。この生徒、まさか異形の血でも持っとるんやない?」
『うん、正解。まだ悪い方に染まらないように少しずつ魔力について教えてるからそこは安心して。』
「‥‥‥‥えっと?葵、この人は‥‥‥‥」
戸惑う文人に、私は説明と紹介をする。
『不知火八代、新しい教師で、元異形殺し。今は学校やその近辺の見回りを手伝ってもらってるよ。大丈夫、文人がおかしなことしなかったら無害だから。』
そう言うと、八代がにっこりと微笑んで言う。
「せやね、わるぅい方向に行ってしもたら教えてな?うちがかるぅく嬲り殺してやるわ。」
「え、怖‥‥‥‥え、めっちゃ怖‥‥‥」
ドン引きする文人は放置して、私は八代に忠告する。
『見間違えたは通用しないからね。』
「わかりよぉ。いまのは可愛がっただけ、なぁ?小僧。」
「え?は、はい‥‥?」
困惑する文人に、私は声をかける。
『とりあえず。私たちが学校を開けている間は八代が学校を見てくれているから安心って覚えて。』
「うん、分かった。で、葵、いつ出発するの?」
明日の朝、と普通に答えそうになって一瞬やめる。
何だろう。一緒に暮らしていることを言っちゃダメな気がする。
とりあえず、今日はその場でお開き、帰りに八代に忠告だけしっかりするだけにとどめておいた。
『じゃあ、後よろしくね。もしも生徒たち見つかったらすぐに近くの病院に連絡して。』
「そっちも気張りぃよ?あんたとやりあうんも楽しみにとるんやから。」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥最後の言葉は聞かなかったことにしよう。