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8.野を越え山越え



 アベルが父親から受け継いだオルブライト公爵領は、王の側近に就いてしまう当主に代わり、代々妻になる者が経営を担っている。

 あくまで代行という形だが、オルブライトに嫁ぐ令嬢は嫌がりもせず嬉々としてその務めを果たし、領の発展に貢献していた。

 そもそもオルブライトに嫁ぎたがる令嬢が皆勉学や教養に貪欲で、行動力も実行力も兼ね備えた切れ者が多く、お茶や慎ましやな女性が好まれる貴族としては嫌忌されがちな者が大半だった。

 しかし当主になる者はそんな妻を大いに好み愛するので、結果的に家の中も領も良い方に進んでいる。それがオルブライト家の特徴だった。


 そんなオルブライト領の公爵邸に向けて、野山を騎獣に跨がり爆走する一人の女性がいた。


「領地までもう少し…頼んだわよ、ガーゼ!!」


 馬のような姿をしていながら、馬の倍の速度で木々の間をすり抜けて行く騎獣の威力に、余裕の笑みを浮かべる女──アベルの妻であり、現オルブライト公爵夫人、イヴァンジェリン・オルブライトが、休息もそこそこに走り続ける愛獣の背を撫でた。


「お任せください奥様!」


 凛とした声で答えたのは騎獣本人。

 オルブライト家の騎獣には人語を話す魔獣がおり、ガーゼもその中の一頭で、イヴァンジェリン専用の騎獣だった。


「しかし、王家も酷いものですね。こうなる事はわかっていた筈なのに、何もしてこなかったのですから」


 ヴァイオレットお嬢様が可哀想です、と、声を落とすガーゼも、アベルの使い魔から現状を聞いていた。

 ガーゼにとってヴァイオレットは子のような存在だ。いつも背に乗った時は頬擦りをしてくる愛しい子が、婚約者からも相手にされず、家にも帰れず王宮に留められている事実に、聞いた瞬間胸を痛めた。


「そうね。でも、酷いのは王家全体ではなく、国王と王妃ね。あの二人が間違えたから訪れた結果ですもの……クリフトフ殿下も、ある意味では被害者だわ。ヴァイオレットに対しての仕打ちは許さないけど」


 イヴァンジェリンの返しに、ガーゼは数秒の後に「そうですね」と答えた。

 現国王は身内に甘かった。自身が先代から相手にされなかったのもあり、その反動が己の子……特に甘えて来るクリフトフに注がれてしまった。王妃も国王と等しく話にならない。


「もっと早くにどうにか出来ていれば良かったのですがね……」

「仕方ないわ。お義父様が早々に現国王の下を辞した時点で何もしなかった彼らの落ち度だもの。それより、今大事なのはヴァイオレットのドレスよ!ドレス!!」


 小川を飛び越える浮遊感に「ヒャッホウ!」と叫ぶ声を聞きながら、ガーゼは「それなのですが」とイヴァンジェリンに尋ねた。


「使い魔たちにデザイン等の詳細を領地の邸に送らせて届いているでしょう? 家の者たちも既に動いていると思いますし、もう少しゆっくり向かわれても大丈夫だと思いますが……」

「それは無理よ! 確かに、ドレスの材料もデザインもサイズも、全部指示して直ぐに準備する事は出来るけど、変更点だとか細かな調整は現物を見ないと駄目だもの。しかも今回は無茶もいいところの製作期間一ヶ月よ!? お針子中心に関わる方々へのお礼も考えなくてはいけないし、アベルに任された以上、手を抜く事は私が許さないわ」


 主の言葉に改めて感心する。

 公爵夫人として、領主代行としてのし掛かる困難もものともせず、自身の目で見て肌で感じる感性を貫く様は称賛に値した。


 だが……彼女の張り切る理由がそれだけでない事も、ガーゼは十分理解していた。


「だってうちの可愛いヴァイオレットが着るのよ!? 他国の王族の前でも恥ずかしくないものにしなくちゃ! それにジェラルド殿下が支払うってほぼプレゼントのようなものじゃない!? 殿下と並んでお似合いに見えるようにするには直に見て確認しなきゃ完璧に出来ないわ!」


──あ~……やっぱり、そうですよねぇ


 アベル同様、ヴァイオレット大好きな主のはしゃぎっぷりに、ガーゼは呆れたように溜め息を吐いた。

 公爵領の繁栄や夫人としてという意識は、義妹の前では粉々になってしまうのはいつもの事で、今回も、可哀想と憤慨しているのではなく「ヴァイオレットにジェラルド殿下とお似合いのドレスが作れる!! ヒャッホー!!」なのである。


「当日までに間に合えば良いですねぇ」


 ここまで気合いを入れているのに間に合わなかった時のイヴァンジェリンを想像して身をふるわせると、「何言ってるの。違うわよ」と得意気な声が降ってきた。


「『間に合えば良い』じゃないのよ。『絶対間に合わせる』のよ」


 強気の瞳は、見えてきた領の街を見据えていた。


読んで下さりありがとうございます。

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