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37.幸福と羞恥と……

※拗らせた人視点です。



 紫の花が敷き詰められた園庭で、ジェラルドはお茶に誘ったヴァイオレットが訪れるのを待っていた。

 そわそわと落ち着きのない様は、周囲に控えている従者たちには大変微笑ましいもので、主の遠回りになったが無事巡って来た幸せを、眼福とばかりに目に焼き付けている。


(アベルたちには申し訳ないな……)


 名ばかりだった国王をその座から引き摺り下ろすのがスムーズに進んだのは良かったものの、彼らの父親が隠していたのは、不正だけでなく後回しにして手付かずになっていた仕事の数々だった。


『早々に退位するように仕掛ければ良かったね』


 何処と無く物騒な言い方をしたのは、末の弟であるシリル。

『危ないからそんな事を言ってはいけない』と宥めたが、ジェラルド自身、そう思ってしまう程の仕事量で、昨夜クリフトフが退室した後は寝る間も惜しんで執務をこなしていた。

 本来なら、今もデスクに齧りついて書類を捌いている筈だったが、アベルが休憩しようとしていたシリルを連れて来て、『二人で片付けてるから行っておいで』と送り出してくれたのだった。

 なんとも頼りがいのある側近であり兄貴分だとアベルに感動しつつ、逆にいつも巻き込まれるシリルには申し訳無さが募る。しかも今日はユリシーズが不在なのだ。仕事量は尋常ではない。

 今度二人に何か礼を……と考えていたジェラルドだったが、従者の声にふと視線を向ければ、待ち焦がれていた人が、園庭に入って来たところだった。


(ヴァイオレット……)


 愛しい人の登場に胸が高鳴る。

 深紅の髪は遠目でも艶やかで、それに反して青い瞳は妙に幼さを残し、そのアンバランスが、彼女がまだ成長途中な事を物語っていた。


「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」


 崩れる事のない見事なカーテシーをして、ヴァイオレットは頭を垂れた。

 淑女として成長した姿が、ジェラルドには眩しく見えた。


「いや、俺の方こそ、来てもらえて感謝する」


 嬉しいと、言えない自分が恨めしい。

 どうしてこうも素直に口から歓喜の言葉が出てこないのかと、自身の事でありながらジェラルドは内心頭を抱えた。


「……私も、嬉しいです」


 そう言って、頬を染めて微笑むヴァイオレットに、別の意味で頭を抱えた。


──伝わっていた


 幼少の頃から、ヴァイオレットはジェラルドの本心を正確に捉え、その心へ答えていた。

 もう随分長い間離れてしまっていたが、変わらず本心を拾い上げてくれる彼女に、口下手な彼は嬉しさのあまり悶えに悶えた。


「……アップルティーを準備している」


 君の好きなものを揃えている。

 素直にならない口は依然として遠回しの言い方しかしない。


「私の好きなものを準備して下さったのですね?……ありがとう、ございます」


 それでも、こうして隠れた想いを掬い上げてくれる。そんな彼女が、尊くて愛しい。


「では、参ろうか」

「はい」


 差し出した手に、華奢な手がそっと重なる。

 十年間夢見ていた瞬間が、ジェラルドの心を満たし、潤わせた。

 園庭の一角にあるガゼボに、幸せを噛み締める様にゆっくりとエスコートして行く。

 十年間の自分に、今とても幸せだから頑張れと伝えたくなった。


 だが次の瞬間、その考えを改める事となった。


(……何だこれは)


 ガゼボの下に配膳されたデザートや、空のままのカップはお茶会で見るものと変わりはない。

 問題なのは、椅子を含めたそれらの位置だった。


(……近すぎないか?)


 二人が座る筈の椅子は対面ではなく隣同士で、食器やデザート等もそれに従って置かれている。

 ちらり、と執事のバーナードを見れば、皺の深い垂れた目がウインクを飛ばして来た。しかも周囲の従者も悪気のない顔をしている……確信犯だ。


「……取り敢えず、席に着こうか」


 椅子を引いて、ヴァイオレットに促す。

 ジェラルドの羞恥との格闘が始まった。



読んで下さりありがとうございます。

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