3-16 光の魔術師は絶望しない
しまった、と思った時には遅く、次に目を開けると自分の姿すら見えない暗闇の中だった。
一拍遅れて、闇の欠片に取り込まれたのだったと思い出す。
「サクラ様!」
声を上げてみるも、吸い込まれるように消えていく。指先に光を灯そうとするも光すらかき消されてしまう。
落ち着いて周りに意識を向ければ、まるきり静かと言う訳でも無く、そこかしこから声が聞こえた。
『何故私がこんな目にあわねばならぬ』
『あいつを滅ぼしてしまえば良いのだ』
『あんな卑しき者にその身分は不相応であろう』
『貴き身である私がその地位にいるのは当然のこと』
『許さない、許さない、許さない』
『ずるいわ。あなたばかりが愛される』
怨嗟の声は、低くざわめくように満ちていて、闇の魔術に囚われた人たちなのだろう。
救いは、聞こえる声にクリスお兄様の声が無いことだろうか。
はぁ、とついたつもりのため息すら、落ちることなく闇に吸い込まれた。
外ではどうなっているのだろうか。闇の魔術師はいなくなって、私のことも無かったことになっているのかしら。
光の魔術師がその身を呈して闇の魔術師を倒しました。めでたしめでたし。なんて、笑えないわ。
だけど、私のことが目障りだった皇太子殿下は私のために積極的に動かないだろう。私を認めてくれた他の人だってそうだ。サクラ様の記憶を使った私を認めていたにすぎなくて、今の私をどう思っているかなんて分からない。
先生は、サクラ様ならこんなヘマはしなかったのにと思っているかもしれないし、ライオネル様も呆れていることだろう。こんな私なら戻らない方がいいのかもしれない。
『場所の問題もあるのでしょうけど、貴女って本当は後ろ向きなのね』
サクラ様の記憶を通して、私はそういう人間なのだと思い込んでいた時はいくらでも前向きになれたと言うのに、ただのリーチェに戻ってしまえば、自信なんて持てる気もしない。サクラ様の驚いたような、呆れたような声についいじけた言葉が口をついて出た。
「自信を持てる理由がありませんもの」
光の魔術師としても、貴族令嬢としても、誇れる実績も、振る舞いも、人脈も無い。
このままこの暗闇で静かに生涯を終えるのがお似合いなのかもしれない。
『本当に?あなたは何も得ていないの?ユリナは?エドワードは?アレクだってそう。何も無いなんて彼らに不誠実では無いかしら』
サクラ様からの言葉に咄嗟に返す言葉が見つからない。ユリナもエド様もアレクだって私には勿体ないぐらいの友人だ。そう、今の私には不釣り合いな友人たち。
『エドワードとユリナには今のあなたになってから会ってないもの。そう思うのも仕方ないけれど、アレクは違うでしょう?』
リーチェはリーチェだと言ってくれた。魂の形は変わらない、と。
「だけど、迷いがありました」
即答した訳でない。少しの逡巡の後そう答えていた。私はそれに自分で思ったよりも傷ついていたのだ。随分と贅沢なことだ。卑屈で、自信なんて無いのに、貪欲に受け入れられることを求めてる。
『......エドワードとの会話を覚えている?』
エド様の精神干渉の魔術が解けた後のことだろうか。彼は、『アレクの言葉を信じて欲しい』と言っていた。
『自分の魅力や、自分への評価は信じられなくても、大切な友人の言葉なら信じられるんじゃない?』
サクラ様の言葉に、エド様の笑顔が思い返される。私との友情のために最後まで精神干渉の魔術から抗ってくれた友人。
「そう、ですね」
『これからよ。これからのあなたが関係を築いていくの。それにはまず、あなたが信じなきゃ』
サクラ様の言葉にハッと気がつく。
本当の私として彼らと向き合うために、まず私が彼らを信じなくてはいけない。
自分にばかり意識が向いていたことに気がついた。自分がどう見られているか、どう見られたいか、周りの評価ばかり気にしていた。
だけどそうじゃない。私と、リーチェと縁を結んでくれた人たちと関係を築きたいなら、まず私が彼らを信じなくてはいけなかったのだ。
そう気がつけば、一歩を踏み出すのは容易かった。
『アレク!アレク助けて!』
いつかの水の中でそうしたように、大切な友人へ助けを求める。いつだって私を助けるのはアレクが良い。それは紛れもなく私の我が儘だけど、私からアレクへの最大の信頼でもあるのだから。
そうしてひかりを伴って現れた金色の瞳は、今までみたどの宝石よりも綺麗で、差し伸べられた手に促されるまま、闇の中から脱出した。