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3-14 光の魔術師は惑わない

 閉じた瞼から涙がこぼれ落ちた刹那、温かな光に包まれる。


「馬鹿!ばかばか!」


 黒髪黒目の私よりも少しばかり年上に見える少女が、私の頬を両手で包み込んでいた。


「貴女のせいなんて一つもない」


 聞き覚えのある声に、闇に溶けて沈みそうになる意識が不意に引き戻される。体の半分は既に黒い液体に飲み込まれかけていたけれど、意識が戻ったことでかろうじて止まった。


 男は嫌そうに、しかし余裕を崩さない口調で私を責めることを止めない。


『そうか?リーチェがいなければあいつは絶望に沈むことは無かった』


「それは違う。リーチェがいたからあの瞬間まで、絶望に沈まなかったのよ」


『リーチェが光の魔術師だったせいであいつの幸せな日々は終わった』


「リーチェがいたから、辛い環境を幸せだと思えたのよ」


 ああ、サクラ様だと、その温かい声を聞いて思う。温かい光を感じる。ご自身の手が引き込まれそうになることも厭わず、私を抱きしめてくれる。


『お前も見ただろう?リーチェが婚約すると聞いてあいつはダニエルについていったんだ』


「違う、彼は確かについていったけれど、何度も正気に返った。それを繋ぎ止めたのはダニエルという男だわ」


『だけど、あいつは望んだぞ。リーチェとの未来を。皇帝の死を』


「それすら!!彼は進んで陣に魔力を流し込んでなどいない。まだ引き返す余地の大いにあった彼を無理矢理闇の魔力で取り込んだのは、お前でしょう」


 言われて思い出す。確かにクリスお兄様は力を求めてなどいなかった。闇の魔術に私のように取り込まれ、沈められて、価値観を変えられて。その先に出した結論なんて、クリスお兄様が出した結論だと言えるのだろうか。


 急に意識が明朗になる。体が軽くなる。纏わりついていた液体も重みも消え、私を抱きしめるサクラ様へしがみついた。


「サクラ様、ありがとうございます。私また、間違えるところでした」


 黒い瞳が特徴的な、この国の人間とは違う顔立ち。とても魅力的な光を放つ不思議な人。


「クリスお兄様は、どんな苦境でも、理不尽な目にあっても、恨んだりしなかった。与えられた環境で最善の行動を取られていた。そんな賢明な方を、狂気の復讐者にしてしまうところでした」


 ただ、巻き込まれただけだ。先帝の亡霊に。皇帝陛下の猜疑心に。時代と政治に巻き込まれて命を落とした彼に、危うく濡れ衣を着せるところだった。


『だけどあいつを殺したのはお前だ』


「違う。あの時お兄様は既に亡くなられていたわ」


 多分、闇の魔術師として落ちた時には既に。


『チッ、何なんだよ。古い光の魔術師。お前にとってはこの国もこの皇帝も関係ないだろ?何で邪魔するんだよ』


「私の大切な物に手を出したからよ」


『......嫌だ。嫌だ嫌だ。あの暗いところには戻りたくない。なぁ、リーチェ。クリスが皇帝に虐げられたことも、自由を取り上げられたことも本当じゃないか。俺とお前なら復讐できる。そうだろ?一緒にクリスの望みを叶えよう』


 怯えたような声色で、擦り寄るような猫撫で声でそう告げる。先ほどまでの余裕に満ちた、脅すような物言いと同じ声だとは思えない。


「クリスお兄様はそんなこと望まない。あなたに取り込まれ無ければ、お兄様なりの正解を見つけて、実力で自由になっていたはずよ。私と共に歩むことは難しくとも、外交官になることは不可能では無かった。お兄様にはその未来に辿り着くだけの実力があった」


 先程とは違う意味で頬に涙が伝う。悔しくて仕方がない。


「それを全て奪ったあなたが、お兄様を語らないで」


 サクラ様はああ言って下さったけれど、私に罪が無いとは思えない。それでも、クリスお兄様から全てを奪ったこの男がお兄様について語ることが我慢ならなかった。


『嫌だ、嫌だ嫌だ』


「リーチェ、手を」


 頷いて、サクラ様の手を取る。どうすれば良いのか自然と解る。

 何ということはない。多分光の魔術師でなくとも、ニコラス先生でも対処できる。要するに物量だ。


「「滅びよ」」


 私たちを中心に光が伸びて、闇を塗りつぶしていく。その端から闇が弾けて消える。

 最初は抗っていた闇も、圧倒的物量の前では意味を成さず。


『なんでだよ、求めたのはお前たち人間だ』


 少しずつ遠くなる声はまるでどこかに吸い込まれようとするようだ。


『俺の召喚のために捧げられた二人の命を無駄にするのか』


 かろうじて聞こえたその声に、不快感を高めて出力を更に上げる。


『くそ、一人で、行くものか!!』


 とうとう最後の声は私の耳に届くことはなく、小さな小さな欠片が宙に浮かびあがった。


 最後のトドメをさそうとその欠片へ近寄る。


 そうして、ぐるりと私の腕に巻きついて、引っ張られた。殆ど消えかけていた闇に油断していた私は、実際あっけなく、その闇に引き摺られた。どこか暗いところへと。



体調不良でしばらくお休みしておりました。

また復活いたします。

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