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3-11 闇の魔術師は帰れない

 困ったように眉を寄せて、聞き分けのない少女にそうするように、頭に手を置いた。その手が異様に冷たい。


「金髪は好きじゃないか?アーサーのことも怖がっていたもんな。フローレンス伯爵のような茶髪が好みか?」


 言葉も表情もどこまでも優しいクリスお兄様。

 だというのに垂れ流される濃厚な闇の気配に、意識が侵食されそうになる。


「触るな」


 そっと、背中に触れる温かな感触の後に少し離れた場所に移動していた。アレクのテレポートだ。


「?誰にものを言っている」


 私のいた場所にはアレクが、クリスお兄様と相対している。


「反逆者に言っている」


 挑発するように顎を上げて、そう言い放ったアレクは明らかに怒っていて、あの日、ローズ様のために私に怒った時のように空気がひりつく。


 クリスお兄様の目が瞳孔まで開いて、広げられた手はアレクに向いた。


「俺は死ぬほどお前が嫌いだが、リーチェが悲しむから殺す気は無かった。が、気が変わった」


 広がった闇の気配が集約し、黒い煙のように揺らめいてアレクに襲いかかる。


「多分、お前が一番邪魔だ」


「光栄だ」


 鼻で笑いながら、黒い煙からテレポートで逃れる。魔術返しの魔術がかかっている以上、攻撃したところで無駄だろう。

 隙を見てウィルが彼に触れ、魔術返しの魔術を無効化してもらう必要がある。


 だというのに。


「隙がありませんね」


 常に煙に覆われた彼は、確かにたどり着く前に闇の魔術に当てられてしまいそうで踏み出せない。

 いくら闇の魔術師とはいえ、あんなにも濃い闇の魔術の中で、生身の人間が立っていられるものなのだろうか。光の魔術でさえこの身を蝕んだというのに。


「そもそも、闇の魔術は物語を紡ぐことで未来に干渉するものではないのですが?」


 どうしてあんな物を自在に操っているのだ。


「リーチェが光線を出せるのと同じことですよ」


 しかし、私のこれは多大な魔力が光の魔術という名称に引きずられてこの形態をとっているにすぎない。儀式で力を手に入れたクリスお兄様が私と同等の魔力を有するものだろうか。


『クリストファー自体の元の魔力量が多いこともあるけれど、あれは闇の魔術を手に入れたというよりは、器にされたという方が近いかしら』


 ふいに、疑問に答える形でサクラ様が語りかける。


『彼の中に闇の魔術の欠片が入り込んでいるように見えるわ。だから魔力量も人並み以上に多いし、闇の魔術の扱いにも長けているのね』


 あんな膨大な魔力を封印したサクラ様の凄さを今更ながらに目の当たりにする。


 とはいえウィルが無効化しなければ動きようが無い。アレクが時間を稼いでいるがまるで隙が出来そうに無い。

 

「クリスお兄様、お願いです!おやめください!」


「それはこの男のためだろ?浮気はいただけないな」


 ニコリと微笑みを見せながら、汗ひとつかかずに煙を操り続ける彼に対して、既にアレクは息が上がり始めている。不利な戦いだ。長くは続けられない。


 ふ、と膝から力が抜けるのを見た瞬間、気がついたら手を伸ばしていた。


「リーチェ!!!!」


 ライオネル様とウィルの声が聞こえたと同時にお腹に強い衝撃と、遅れて熱さが襲ってきた。


 視界の端に呆然と私を見るアレクが映る。殆ど無意識だった。気がついたら、自分とアレクの場所を入れ替えていた。


「は?」


 真正面に立つクリスお兄様の表情が抜け落ちる。常の軽薄さも形を潜め、どこか泣き出しそうな顔をしていた。


「......なんでだよ、リーチェ。そんなにその男が大切か?」


 ドクドクと血が流れる。再生の魔術をかけたくとも刺さったままの黒い煙がそれを許さない。私ここで死ぬのかしら。この泣きそうな人を暗闇に残したまま。


「私はただクリスお兄様に人を殺してほしく無いのです」


 その言葉に、光の消えた瞳が見開かれる。アレクのために動いた。だけど同じぐらい、クリスお兄様に人を殺してほしく無くて動いた。


 痛みで目が霞む。とにかく寒い。なのにお腹は熱くて、だけどここで意識を飛ばしてしまえばもう駄目だと予感する。


「ね、クリスお兄様。フローレンス領に帰りましょう。苦しい道をわざわざ選ぶ必要なんて無いでしょう?優しいお兄様、私と一緒に」


 痛みを堪えて手を伸ばす。


「受け入れて......くれるかな」


 ストンと憑き物が落ちたかのような表情で、膝をつくクリスお兄様が差し出した手を両手で握りしめた。


「ええ。ええ、皆喜びますわ」


 お腹から煙が消える。クリスお兄様が纏っていた闇の気配も薄まる。

 その刹那、気配を消して迫っていたウィルの手がクリスお兄様に伸びた。


「駄目!ウィルやめて!」


 なんでそんなことを言ったのかは自分でもわからない。あるいは予知が無意識に発動した結果なのだろうか。

 しかし、ウィルの手は止まらなかったし、クリスお兄様の額に触れた瞬間ぶわりと部屋が闇に包まれた。


 次いで、急速に収束する。小さな丸い球体となって私とクリスお兄様の間に浮かび上がった。


 ふらりと倒れたクリスお兄様を抱えて、徐々に減るその体積に戸惑う。


「ごめんな、リーチェ。ただ守りたかっただけなのに」


 黒い光の粒がお兄様から浮かび上がって、その量が増えるたびに腕の中が軽くなる。


「嫌、嫌です。お兄様。私やっと思い出したのに、やっと正気に戻ったのに」


「惜しいな。これからもっと綺麗になるリーチェを見られないなんて」


 穏やかに微笑むクリスお兄様は私の知るお兄様のままで、やはり今までの振る舞いは闇の魔術のせいだったのだと知る。


「だけど他の人を選ぶリーチェを見ずに済んで良かったのかな」


「そんなこと言わないで、お兄様。私の結婚式にはお兄様も参加してくれるのでしょう?」


「ふ、リーチェは酷なことを言う」


 可笑しそうに笑って、瞳からは涙を流して。こんなにも人らしいのにどうして。


「どうして再生魔術が効かないのです?」


 自分ごと、何度も何度も再生魔術をかけている。とうに魔術返しの魔術は無効化されているのに、何故。私はすっかりお腹の傷が消えているのだ、発動していないわけがない。


「お兄様が消えてしまうわ」


 サクラ様の声がひどく冷静に頭の中に響いた。


『闇の魔術に器を渡したときには既に肉体が生命機能を停止していたのでしょうね』


 それじゃあ再生魔術では助けられない。嘘よ、嘘でしょう?


「愛してる。リーチェの腕の中で死ねる俺は幸せだ」


 ふわりと最後に一際大きな光となって、お兄様がこの世にいた痕跡が跡形なく消えた。

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