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3-10 闇の魔術師は諦めない

 生徒会室に顔を出すと、クリスお兄様、ローズ様、アーサー殿下、ライオネル様にセドリック様と皆様勢揃いだ。


 特に会議は無かったはずだと首をひねれば、私を見たクリスお兄様がパッと顔を輝かせた。


「リーチェ!待っていたんだ」


 今までに無く邪気の無い笑みに、まるで昔のお兄様だとぼんやり感じる。


「全て思い出したお前のために、皆に集まってもらったんだ。証人が必要だろ?」


「証人、ですか?」


「ああ、結婚の証人だ」


 驚きに目を見開いて、周囲を見渡す。皆一様に訝しげな瞳でこちらを見ている。


「クリストファー様、初耳ですよ。話があると呼ばれたんです。リーチェ、全て思い出したとはどういうことです?」


「そうだね、それに生徒会室は原則、生徒会役員以外立ち入り禁止だ」


 ピリとひりついた空気に思わず後ずさる。よく私あんな態度をとれていたわね。口元に笑みを湛えたまま、まるで目は笑っていない。


「それは......」


「やめてくれ、アーサー。リーチェが萎縮してしまう」


「クリストファー様、不敬ですよ」


 不快気に眉を顰めたアーサー様を見て、ライオネル様が咎めるように声を荒げた。


「何故?もう隠す必要は無くなったんだ、いいだろう?」


「隠す?どういうこと?」


 不快感をより強めて、口元の笑みも消す。そうすると冷たい印象が浮き彫りになった。


「は?本当に知らされていないのか?」


「そこまでだ、クリストファー」


 私の後ろに立っていたニコラス先生が声を張る。

 不機嫌そうに口を曲げて、クリストファー様の前へ詰め寄った。


「随分と、悪いモノに手を出したな。不良少年」


 首を傾げると、長い白髪が絹糸のように揺れた。


「ニコラス先生......何故ここに」


「お前にかけられた禁術を解いてもらいに。こちらとしては、フローレンスとカエデに手を出さないなら傍観するつもりだったのだが。そういうわけにもいかないようだ」


「禁術!?まさか精神干渉の魔術はクリスの仕業なのか?」


 ニコラス先生の言葉に目を丸くして立ち上がるアーサー殿下を鼻で笑う。


「直接的には違うな。そんなに鈍くて大丈夫か?大国の皇帝の器は荷が重いだろう」


「処刑されても文句を言えないことを言ったと自覚しているな」


「ああ、皇太子に発するには、従兄弟としても許されない発言だったな。謝罪しよう」


「クリストファー!!」


 ニッと口角を上げて無理矢理笑みを作るクリスお兄様の表情は皮肉気で、荒げられたニコラス先生の声が発言に信憑性を持たせていた。


「は?従兄弟だと?イフグリード侯爵とは何の血縁も......ノースモンド公爵の隠し子?いや、あそこは嫡男が無いから派閥が違っても受け入れるはずだ」


 ブツブツと呟く殿下は、気が付いているのに気が付きたく無いように見える。


「ああ、この姿だからわかってもらえないんだな」


 そう言って、殿下よりも少し短い髪をかきあげ、瞳に手をかざした。王族特有の眩い金髪に、ローズ様と同じルビーのような高貴な色が私たちの目に映る。


「......先帝の?」


「ああ、クリスお兄様と呼んでくれてもかまわない」


 軽薄に、嘲笑うようにそう言う彼の表情は確かにその色彩が似合っていて。あの優しい日々の全てが幻だったのではないかと、都合の良い夢だったのだろうかと心が乱される。


「そんな馬鹿な、聞いていない」


「なぁ、まさか知らないとは思わなかった。信用されていないな」


 ふ、と笑うとどこかアーサー殿下に似ていて、たしかに強い血の繋がりを感じる。


「......だから、何だ?先帝の皇子とはいえ所詮、臣籍降下した身分。皇太子を気安く呼ぶ地位では無いよ」


 混乱する意識も、クリスお兄様からの安い挑発も、押さえつけて吐く正論は、流石皇太子殿下だ。


「俺もそう思っていたさ。リーチェが光の魔術師になるまでは」


 突如として出された私の名前に、一様に視線が向けられる。ライオネル様とセドリック様は心配そうな、ローズ様は探るような、アーサー殿下は疑うような目。


 何のことかわからない私は首を横に振ることしかできない。


「リーチェは俺の婚約者だった。俺だけのお姫様。大切に大切にしようとしていたのに」


 目にギラリと光が映る。瞳の色も相まって、燃えるような怒りを感じる。


「リーチェが光の魔術師だから結婚できないだと?王位継承権2位の存在が巨大な力を手に入れることを許容は出来ないと」


 漠然とした説明だけをなされた私とは違い、はっきりと理由を突きつけられた彼の衝撃は私以上だったことだろう。


 ある日突然、家族が皆処刑された。姿を変えられて、代替品としてだけのために生かされる日々。

 そんな日々の中で、あの時間は私にとってそうだったように、彼にとってもかけがえのないものだったのだろうか。


「ローズが早く子どもを産めば良い?違うな。例え俺の継承権がどれだけ下がろうとも、生きている限り皇帝はこの血を、生涯管理したがるだろう。では、俺はリーチェと結婚するためにどうすれば良いと思う?」


 ぐるりと周りを見渡して、その整った顔立ちをお上品に笑みの形に整える。そうして見せるとまるで西洋人形のように無機質で、ぶわりと鳥肌が立った。


「俺が皇帝になれば良い。そうだろ?」



 瞬間、ライオネル様が鏡の魔術でクリスお兄様の動きを封じる。


「殿下を暗殺しようとでも?させませんよ」


「ライオネル、リーチェの魅力に気がついたんだ、もう少し賢いかと思ったが」


 なんて事ないように動き出した彼を見て、そういえば魔術返しの術を自分にかけているのだったと思い至る。

 物理的な危険から身を守る魔術も跳ね返してしまうと、廃れた古の魔術。


「俺の目的は皇帝だと言ったんだ。アーサーなんぞ眼中にない」


 パチリと指を鳴らした途端、ぶわりと濃い闇が立ち上った。


「おいでリーチェ。俺はお前といるためなら何だってする。闇の魔術に心を売ってでも、お前と共に生きていきたい。お前とならどこまでだって行ける。一緒に、この国の頂点へいこう」


 手を差し出しながら、そう言ったクリスお兄様はどこか泣きそうで。お可哀想なお兄様。

 私が光の魔術の大きさに振り回されている間、没交渉になっていた間、どうすれば二人で一緒にいられるか考えてくれていたのだろうか。


 その結果が闇の魔術との契約ならば、なんて悲しいことだろう。


「ご一緒することはできませんわ、クリスお兄様。私はあなたと同じ景色を見ることは出来ません」


 私が向き合わなくては。手を引いてくれたあなたに、今度は私が。あの優しい日々に取り残されたあなたの手を引いてあげたい。


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